冒頭で安全保障と集団的自衛権の解釈を述べておられました。
この辺は意見が別れるところなのでドーコー言うつもりはありません。
また、この方、「自衛隊入隊者は始めから国民の犠牲になることを前提に入隊してきておりますから」
まーちょっと大げさですけど、中にはそーゆーヤマトダマシーのカタマりのよーな人だっているよね…またいなきゃ困るよネ
問題はその次でさ、「なんせ、訓練中の殉職者が1500人もいるんですから」
それって関係なくネ?
昭和25(1950)年の自衛隊の前身の「警察予備隊」発足以来64年間で年平均23.4人、月2人はおなくなりになっておられるってことでしょ?
そりゃ実弾訓練のよーな危険きわまりない演習もありましょー。不測の事態がおこってやむを得ず命を落とすことだってないとも限りません。
しかし普通(歩兵)科連隊定数が約1000/1100人程度ですから、警察予備隊創設から「普通科連隊:1個半」に相当する隊員さんが訓練だけで
落命しているのです。
本当に全員に訓練中から殉職する覚悟とまではいかなくとも、
予感めいた運命には逆らえず、といった気持ちになっている---わけはナイヨネ
もーすこし安全性高く訓練は出来ないのでしょうか?
砲弾の炸薬量をへらすとか…
ところで、こういった談話を拝見?拝聴ぢゃないよね・・・するにつけ、
元北部方面陸自本部の幹部殿とやらのお考えが、
「死して屍拾うもの無し・・・(番組違うと思うし、わかる世代の人いないと思うよ)・・・
所詮新人は、戦う以前からでも使い捨てか?・・・旧軍が機械力のなさを「少数精鋭」「奇襲・夜襲」と
いった言葉を使ってきたばかりか、織田VS今川戦を「桶狭間(or 田楽ハザマ)と狭い土地に今川軍が、
休憩するのを待った織田勢の手柄と嘯いたり(実際の地形は小高い開けた丘)して、
下級者をマインド・コントロールしてきてはばからなかったように・・・
そういった意図的な考えが透けて見えてきて恐ろしくなりました(奇襲の成功率は、日本軍の場合、一の谷から
昭和20年小笠原最終戦までの成功率は0.02%で、もちろん時代が下るにつれ成功率は下がる一方でした)。
「ノモンハン・・・ガダルカナル・・・インパール・・・騰越とうえつ・・・はまだ形を変えて生き続けているのだと・・・」
入隊のときから犠牲になってください、なんて思っている国民なんて、ごくごくごくごくわずかだと思いますよ、
犠牲者はいかなる場合だって1人でも少ない方がいいに決まっているでしょ!!
ところであなた!月二人殉職者が出る職場に勤めたいとお考えですか?
ぷーしーがダウンしたため、予定を変更してケータイから
「陸自と私…おみくじと私」
を記事にいたしました(一部をPCで帰宅後加筆しました)。
初めてケータイから記事送りますけど、メッチャ疲れますね…