モーソーJR北街道のヤボー:羊蹄区間:「函館線最混雑区間」に見た明治鉄道技術のサエと限界1/2 | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

皆様、本日は、小樽・倶知安廻り「羊蹄」号にご乗車いただきありがとうございます。


本日、この列車の運転士、苗穂運転所・煮雪、車掌は札幌車掌所、私 鉢呂と
笈田(おいた)、3号車アテンダントは荻生田(おぎゅうた)が札幌までご案内させて
いただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。


さて、早速ではございますが、上幌向の駅が近づいて参りました。


こちら、岩見沢温泉ご利用のお客様お降り下さいませ。
駅前に温泉送迎用バスと、お宿に昼食のお手配がしてございます。
またここでお仕事がありやむを得ず、週末お休みが取れないお客様にも
岩見沢「とりめし」の折をご用意致しましたので、お持ち帰り頂ければと存じます。
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<図ー9>「羊蹄」岩見沢ー小樽間ルート


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上幌向を出ますと10分ほどで江別に到着いたします。
江別の御説明に入る前に皆様にご案内しておいた方がよいかと思いますことが二つほど・・・


上幌向をすぎますと、二つ先に「豊幌」駅があります
ここには、岩見沢ー小樽間で唯一跨線橋がありません。
通過してまいります特急は1時間1-2本でありますが、110-120km/hrを出しております。


豊幌駅設置は昭和31(1956)年でした。
その頃はまだのんびりとした時代で、ディーゼル列車は停車、汽車列車は通過程度の違いほど
しかなく、日中の急行列車は3往復ありましたが、いずれもC57牽引(●1)で、
札幌ー岩見沢間無停車で60分ほどかかっておりました。
今は各駅停車でも電車であれば41-53分で到達いたします。


各駅停車と申しましても、電車は、走りやすい駅間距離の長い箇所であれば、115-120km/hrで
走っております。
半世紀経ちますと、コレだけ変わるものと、カンドーもヒトシオ、フタシオでございますが、
安全対策には、ぜひ、跨線橋の早期の設置をお願いしたいものであります。

また、その豊幌の次が江別ですが、その間に「新夕張川橋梁」があります。
上下線とも523mと同じ長さに発表されておりますが、下り線の方が多少長いのでありましょうか?
道内橋梁延長3位で、これから渡る上り線が4位であります。


そして2位は、根室本線・十勝川橋梁(幕別<帯広の東方約14km>ー利別、744m)、
1位は石狩川橋梁(学園都市線(あいの里公園ー石狩太美、1059m)であります(●2)。
.

この新夕張川橋梁、河川敷が広く、河岸段丘状であり、そこに施された護岸工事もしっかりなされ、
大雨にも強く、そこに立ち、見上げれば
ローアングルからの鉄道写真が撮り放題というロケーションであります。
川幅は橋梁幅の2%程10mくらいでありましょうか。

強いて欠点をあげると、この下流で、すぐ石狩川と合流しますので、石狩湾から石狩川本流を
偏西風などが遡って参りますので、大いなる風の通り道となることも少なくありません。
ですから、最大風速時のもっとも厳しい速度制限45km/hrを受けますと、橋とその前後部分で、
10分程度の遅延が生ずるのであります。



それから、この近辺の川に関する天災の話題でございますが、御記憶の方おられましょーか。
楽しいご旅行の途中でこのような、惨状をご紹介いたしますのもはばかられますが・・・


昭和56(1981)年台風12号が強い勢力を保ったまま北街道に上陸、大雨をもたらせました。
温帯低気圧になった後も、樺太の北緯50度線付近に居座り、前線を垂直に真南に伸ばして
おりましたところ、同じように勢力が衰えないまま北街道に上陸した台風15号は、
12号の通った跡をほぼ正確にトレース。
とりわけ石狩平野の中心部に降雨による多大な被害を及ぼし、ついに、石狩川堤防が決壊。
江別ー岩見沢間の鉄路を半年間という長きにわたって休止に追い込んだのでありました(●3)。


さて、この新夕張川橋梁を渡り切りますと、次の停車駅、江別は間近でございます。
お宿の南幌温泉までは、江別から定期バスが出ておりますが、今回は貸し切り便の御用意が
できております。


お昼は今話題の、少し旬は過ぎましたが「南幌キャベツの天丼」を準備中でございます。
お客様到着と同時に揚げてまいります。
御期待下さい。


なお「南幌町」は、以前は「みなみほろむい村」と申しておりまして、次の次の札幌よりの駅、
野幌ー南幌ー栗山ー新夕張と結んでおりました、北炭・夕張鉄道の基幹駅としても発展
いたしました
町の名前も、「南幌みなみほろ⇒なんぽろ」と変わっていった珍しい経歴の持ち主です。


一旦石炭産業の不振から、夕張鉄道が廃線になると、純農村地帯のこの町にも過疎が押し寄せ、
一時人口はそれまでの最盛期の80%程の5500人まで減りますが、


最近は札幌市のベッドタウンとして一転人口増加。
9000人ほどにもなりましたが、現在は、落ち着き8000人台の半ばといったところでしょうか。


例の平成の大合併の折、南幌、「たるまえ」号が走る、室蘭本線上の「栗山町」と「由仁町」、
南幌の南の「長沼」の4町で合併、新しい市ができる予定でしたが、「長沼町」には陸自の
長距離ミサイルの基地があるため、いつでもお上からソデノシ・・・イロイロ
事情があったのでしょーか?


合併協議から抜け、長沼町亡き後、今は、残った近隣3町の飛び地の自治体による、
「ひらがなで・東さっぽろ市ができるか?」といったところが焦点となっております。

そして江別下車の付録として
<野幌の「煉化もち」をおつけたしましたので、3時におなかすきそうな方、
また、夜のお楽しみに取っておきたい方。
プランを練ってお土産を持ち歩くところも、旅の醍醐味かと思われます。


このお菓子、普段は、札幌・野幌・江別のSUKEKIYO・・・?KIYOSK・・・??ほか高速中央道
SAなどに置いてございますが、
本日はとくに
「山サ煉化餅本舗の方にご同乗いただきまして、札幌までわずか20分ほどではございますが、
いま、「煉化もち」を召し上がってみたいとお考えのお客様、

車内の方も3号車の方にご用意しております
コーヒー、紅茶、または日本茶とお餅2個で、本日、煉化餅本舗さんのご好意で
ナント30円でのご提供です。

「煉化もち」は元々明治34(1901)年、久保兵太郎発案、佐野利吉創業の江別銘菓であります。
久保氏は当時北街道炭鉱鉄道(現在函館線の野幌レンガ工場を経営、煉瓦の製法過程から
煉化もちを考案しました(「もち」の部分は会社名が漢字、商品名がひらがなです)。


は食べられないが「化けると」たべらるだろう、と「煉化もち」になったとか・・・


大昔は立ち売りさんもいました・・・
昭和60(1985)年会社廃業により商品が一旦消滅しましたが、平成5(1993)年奇跡の復活を遂げました。
最近では、この野幌駅、江別市域では経済活動など堅調で、江別市内の駅として一番乗りで
高架駅として再スタートとなりました、平成23(2011)年11月。
また、江別と野幌の間にできた比較的新しい駅「高砂」が市役所の目の前にあるため、
江別駅は乗降人員は「高砂」に少し移り、多少損をしているのかもしれません。
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ここまでの参考図書

●1:昭和31年11月現在、札幌ー岩見沢間には「まりも」「大雪」「あかしや(平仮名)」の
3本の蒸気牽引急行がありました。
その月、東海道線全線電化がなり、急行のC62牽引が始まりましたが、
それまでは、函館ー長万部:D51、長万部ー小樽:D51重連、小樽以北:C57が担当していました。
「昭和の鉄道<30年代>車輌近代化の夜明け」、p40、
JTBの交通ムックJTBパブリッシング2010年10月1日

2:日本鉄道慮王地図帳 1号 北海道 今尾恵介 監修 新潮旅ムック 新潮社 平成20年5月10日
●3:私の「黒羽君成」名義の記事です(2012.6.10 up)。私が経験した災害<前編>:
56台風の爪痕【昭和56年の台風による鉄道被害と札幌市内状況】
http://www.tsuchibuta.com/hokkaido/kk/20120607/20120607.html
お時間あれば御一読いただければ幸いかと・・・

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あとわずかで江別到着でございます。お出口右側。
これから、まだまだお仕事に向かわれる方、連絡列車のご案内です。
札幌まで、野幌ー大麻ー白石ととまってまいります区間快速いしかりライナー手稲行き、11:45.
札幌まで各駅に停車をしてまいります普通列車ご利用のお客様、恐れ入りますが、
区間快速が出ましたあと、11:49の小樽行きまでお待ちください。


江別でございます。
江別を出ますと、15分で札幌に着きます。
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<図-11>函館線・苗穂/白石付近ー大麻までの土壌と路盤の関係

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江別到着前、新夕張川橋梁が天候・風の影響を受けると申しましたが、江別・札幌間では地盤が悪く、
大麻から白石・と苗穂の中間に至るまで直線コースより、やや南方を迂回しております。
直線では31kmで行ける所、迂回ですと余分に5km費やしております。


ここは、先にお知らせしたとおり、明治13(1880)年、官営鉄道によって敷設された区間でありましたが、
他の函館線の部分と比較して、泥炭が南方まで占めていて、先の区間をV字のようにして、地盤が
しっかりしております扇状地、あるいは台地の北端まで下げなければならなかったのでしょう。
あまり北側を直線に近く走り抜けますと、平坦ですが、重量列車(この当時は主に石狩・空知炭田の
石炭を小樽の外港「手宮」に運ぶ列車)通過に、当時の技術ですと、夏の泥濘ー冬の氷結が
繰り返されるという悪条件一つ加わるだけでも、枕木交換の間隔が異常に短くなります。

このような土地に、後世、宗谷線で誕生、道内に広がった「深川林地(●4)」のような泥炭地に
強い防雪林(兼灌漑システム)がこの時代からあれば、函館線の迂回もなかったと思われます。

かといって、南すぎますと、月寒・野幌の丘陵のアップダウンが、特に急行列車の速度向上の
妨げになったと思います。(●5)


結局、道内の優等列車が、「優等列車らしい所要時間」で走り始めるには、昭和31(1956)年11月の
C62機関車導入まで解決されることはありませんでした。

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<表ー1>昭和31(1956)年、C62導入前の北街道の急行列車の牽引機(●5)

☆函館ー長万部:D51、長万部ー小樽:D51重連、小樽以北:C57が担当

□C57
運転整備重量   115.5トン
火格子面積    2.53平方m
蒸気圧     16.0kg/平方cm
動輪周出力        1040馬力
動輪直径      1750mm
最高速度        100km/hr

□D51
運転整備重量     123トン
火格子面積    3.27平方m
蒸気圧     15.0kg/平方cm
動輪周出力        1280馬力
動輪直径      1400mm
最高速度         85km/hr

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□C62
運転整備重量     145トン
火格子面積    3.85平方m
蒸気圧     16.0kg/平方cm
動輪周出力        1620馬力
動輪直径      1750mm
最高速度        100km/hr


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ここまでの参考資料

●4:「土木学会ホームページ 選奨遺産一覧>宗谷線剣淵・士別間 鉄道防雪林の解説シート」様
(=深川林地)
http://committees.jsce.or.jp/heritage/node/358
●5:「JR・海外車輌データ集」様 http://www2.pf-x.net/~just-r/data/jr/jr-top.html
 蒸気機関車データ その1 C57 http://www2.pf-x.net/~just-r/data/jr/SL1.html
              その2 D51 C62  http://www2.pf-x.net/~just-r/data/jr/SL2.html
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<ただの愚痴です>
また、列車のスピードを決定するには、機関車の牽引力(引張力)と時間当たりの最高動輪回転数で
決まります・・・え~、駄目ですねこれでは。
日本製の機関車は、狭軌である上に、軌道構造が、上位の甲線辺りが少なく、機関車軸重を
ホドホドにしたため、粘着性能がいまいちでした。


一方、昭和初期から欧米での蒸気機関車の最高速度時主動輪回転数は最低レベルで
320RPM(rotation per minute)でしたが、日本の機関車は300の壁を破ることはできませんでした。
アノ!南満洲鉄道の「大成功」といわれた「パシな」も結局300RPMを少し越えたあたりで違和音が
出てきて、亜細亜号は300RPMで運転され、「内地特急の拡大版」といわれるにとどまりました。


でわ、実際に、ホントに公称の速度があっているかどうかケーサンしてみましょー。


◇C57の直径1750mm=1.75mX円周率3.14=5.495m・・・円周は6mもあるんですね!
それではこれが300回まわると
5.495X300=1648.5m=1.68485km/分⇒時速を計算します:1.68485X60=98.910km/hr
まあ100km/hrというのは嘘ではなさそうです。


◇ではD51では?直径1400mm=1.4mX3.14=動輪周4.396m、4.396X300=分速1318.8m⇒
1318.8x60=79.128km/hr
85km/hrに少し足りないでしょうか?
ぢゃ、逆に、85km/hrを得るには何回転の主動輪の回転が必要かケーサンしてみましょう。
時速85km/hr=85000m/60分=1416.666m/分⇒この数字を上記動輪周(4.396m)で割ると・・・
意外なことに322.3RPM・・・機種によっては320回転/分も成功していたのでしょうか?


まーD51は日本で最大輌数、1115台作られた機関車ですからねー・・・


◇◇よく日本は「南アフリカ連邦と狭軌鉄道のトップレベル争いをしている」という話をお聞きに
なったことがあるかもしれません。
それはただ、狭軌鉄道としては、南ア連邦、日本、アルプスの山岳鉄道の一部にレベルの高い
システムがあるカモ?というだけの話でして、ほかの、国々の狭軌鉄道は、怒られるかもしれませんが
一部見るに堪えないような状態です。

ですから、新幹線はともかく1067mm軌道は、欧米の標準軌から可成り水をあけられた、南ア連邦、
そこからされに水をあけられて日本とユーわけです。
確かに、狭軌鉄道では世界2位の存在ですが1位との差はあまりにも大きいのです。


暗い話をしていてもショーがないので「柳もち」の話をします。
あ、もーひとつあったネ。


岩見沢は「旅に疲れた僧が<湯浴み>」したところから、定山渓は「定山和尚が中山峠の峠越えの
疲れをいやしたから」
って、ね~、和人向けの名前にしちゃって、それ以前に、現地の人が浸かっている
はずだし、さらに前には動物たちがけがを治しに来ているかもしれませんでしょ??

そこで、岩見沢⇒エゾモモンガ沢、定山渓⇒ヒグマ谷
・・・やっぱりわざとらしーか?鹿教湯だってあるのに・・・

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ただいま通過しました駅、札幌の3つ前厚別駅でございます。
皆様のみぎ手前JR貨物札幌駅であります。
DF200が比較的輌数がまとまって止まっておりますので、ご興味のある方は、カメラの御用意をどうぞ。


あと7分程度で札幌到着でございます。

札幌でお降りのお客様、まずは「柳もち」をお持ち下さいませ。
札幌駅で明治39(1906)年から売られているロングセラーであります。
もち米を十勝の越編んで作りました一口サイズの「あんころもち」で10こ600円でございますが、
羊蹄に乗ってきたと言って頂ければ200円でお売りすることになっております。
札幌以遠においでになる方も3号車にご用意してありますのでいらして下さい。

もともとこの「柳もち」、御先祖様は鎌倉時代までさかのぼるのだそうですが、最近の話ですと、
北陸本線が金沢まで到達した明治31(1898)年、「安宅某」が駅頭で「柳もち」を売り始め、
金沢駅弁1号となりました。札幌の柳もちの御先祖は金沢にありました。

札幌での駅売りは明治37人から開始されましたが、金沢の御先祖様は後継者に恵まれず
平成5(1993)年に95年の幕を下ろしました(●6)。

●6:「柳もちものがたり~100年年縁起」様 
http://www.ekiben-sapporo.net/mochi/yanagimochi.htm


また札幌あるいは近郊でご宿泊ご予定の方、定山渓温泉他南区方向へ1台などといったように
バスをご用意いたしております。
また駅周辺から●山・中島公園など5km圏内の御宿泊施設をご利用の方、駅前にジャンボタクシーを
御用意させていただきました。恐れ入りますが御相談の上、数人の方で御同乗頂ければ
幸いかと存じます。


また引き続き札幌で下車される方にご連絡申し上げます。
昼食用に札幌駅駅弁、また駅地下名店街お食事券1000円相当が付いてございますのでご利用下さい。
また、お仕事、とおっしゃる方、その券の裏面が、札幌発の1000円分のJR鉄道・市内バス・地下鉄
共通乗車券となっております。
JRだけですと、函館線の蘭島、学園都市線・石狩金沢、千歳線・美々まで、航空機ご利用のお客様、
新千歳空港は70円の追加でおいでになれます。

札幌でのお出口、左側、4番線につきます。5分ほど停車いたします。

お乗り次のご案内を申し上げます。
小樽方面、琴似、手稲と止まり、手稲から各駅に止まってまいります、いしかりライナー小樽行き
12時丁度、1番線。
手稲まで各駅ご利用のお客様、12:05ほしみゆき各駅停車ご利用ください:2番線
コークーキ御利用のお客様、新千歳空港行き、エアポート114号11:55分6番線
千歳までの各駅停車を御利用の方、7番線から11:57分

苫小牧・長万部方面、特急スーパー北斗10号函館行き12:13分
この列車が出た4番線でお待ち下さい

12:00あいの里公園行き9番線。またそれより遠く北海道医療大学までおこしの方、
12:40までお待ちください。8番線の発車です。
また、市営地下鉄南北線ご利用の方、西改札口を、東豊とうほう線ご利用の方、東改札口を
御利用下さい


札幌到着でございます。

発車は11:53です。
喫煙所はホーム東側、進行方向と反対側、岩見沢方の端にあります。発車11:53です。
よろしくお願い申し上げます。

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モーソーJR北街道のヤボー:羊蹄区間:「函館線最混雑区間」に見た明治鉄道技術のサエと限界1/2

  了


段々くどくなってきているな・・・どーしたらいーべ・・・

次は多分2/2  をやります