本来であれば【国宝】の記事より先に…以前交流させて頂いた皆様へご挨拶するところ、テレコになってしまったご無体を、どうかお許し下さい![]()
ずっとブログを書くのも…皆様のブログにお邪魔する事からも遠のいてた歳月
この数年で良し悪し問わず…様々な予想外の出来事が、起きたかたも少なくないと推察します
世界各国ではまるで現実とは思えないような事態が生じ…私自身もこうして生き延び、再びこの場所に戻れたのが、本当に夢のようです
コロナが蔓延し…日本のみならず世界中で、沢山の方がお亡くなりになった事、おめでたい筈の元旦の日を襲った、能登の大地震、毎年どこかの地域で発生する、異常気象による甚大な被害、そして終息の見えない戦争で、住む場所を失った人々
病や災害、紛争で命を落とされたかた…謹んでお悔やみ申し上げると供に、鎮魂の祈りを捧げたいと思います
そしてこれからの未来…皆様が平穏無事であります事を、心から願って止みません
ゆっくりではありますが…皆様のところにまた寄らせて頂き、じっくり記事を拝見させて頂ければと思います、今後ともどうぞよろしくお願いします
ここからの綴りは私事として…忘れずに残しておきたい記録なので、スルーして頂いて構いません
情けない嘆きがおおかたを占めてますので…どうかお時間と心にゆとりあるかた、ゆる〜っとぬる〜〜っと、読み進んで頂ければ幸いです
我が家のじじい(主人)は数年…透析生活を送ってましたが、4年ほど前に私がドナーとなり、腎臓移植しました
コロナ事情で移植の予定が大幅に延びてしまい…やっと手術の日程が組めるという時になって、今度は私自身の持病が安定せず、ドナーの条件を満たす数値に達するまで時間を要し、その間にじじいが感染症から肺炎になり、命が危うくなった事もありました
感染症を繰り返すじじいは体力低下が著しく…移植までの道程は本当に綱渡りのようで、なんとか手術まで辿り着く事が出来たのも、病院の先生とそれをサポートする、医療スタッフの皆様の熱意に他ならないと、感謝の思いで一杯です
コロナ渦中の時…義母が予期せぬ病に倒れ、わずか数カ月の闘病の末、息を引き取りました
当時じじいはまだ透析の身…それでも義母の見舞いへ、週末には片道6時間かけ通い続けました
じじいは「悔いはない」と言ってましたが…本当はもっともっと、義母の最期に寄り添っていたかったと思います
じじいは長男なので…喪主をつとめなければならず、自宅近くの病院で透析を受ける為、往復12時間の道程を運転し、家族の助けを借りながら、少しの仮眠でなんとか乗り切り、不甲斐ない喪主ではありましたが、なんとか大役を務める事が出来ました![]()
親孝行したいと…ご恩返しと思っていた矢先の突然過ぎる別れに、心が壊れそうでした![]()
その僅か2日後…我が家のにゃん次男
が突然亡くなり、私は茫然自失
慌ただしい日々だったとはいえ…我が家のにゃん次男
の体調異変を見過ごし、僅か8年で虹の橋を渡らせてしまったのは、私の罪に他なりません
そうとわかっていながら…贖罪の思いと大切なひとを失った喪失感で、生きて行く気力も萎えてしまう
それでもドナー(腎臓提供者)としての役目と…コロナで先の見通しが危うくなった勤務先で、気を緩められない状況が、私の『生』にしがみつく理由になったのだと思います
その約1年後…義母より先に病に侵されていた義姉が亡くなり、その頃には腎臓移植を終えていたじじいでしたが、コロナ終息目前という政府の見解で、感染症対策が甘くなった事もあり、術後間もないじじいは大げさでなく『死』を覚悟で、コロナ感染のリスクを背負い、義姉の通夜告別式に参列しました
バツ1、年上、持病あり…私のような者を受けいれ、優しく接してくれた義母と義姉
震災の凄まじい状況を生き抜いて…これからは沢山の幸せが待っている筈だった
義母が亡くなる少し前から…じじいと義父の関係は険悪になってました
頑固一徹…昭和世代お手本のような義父は、息子の助言などには聞く耳を持たず
そのうち義父は家族から孤立するようになり…じじいもいつしか、距離を置くようになりました
時々私に電話してくる義父…本当はさみしいのを堪え、過ごしているのが手に取るようにわかりながら、じじいとの間を取り持ち、距離を縮める事が出来なかった
そんな義父も義姉が亡くなって1年後…義母を追うように呆気なく、逝ってしまったのです![]()
義父が亡くなった日…じじいは帯状疱疹を患い、数日前から入院中で、自身も生命の危機にありました
本来じじいが喪主を務めるところ…義父の通夜葬儀に参列する事すら出来なかったのです
義父と最後まで溝が埋まらなかったじじい…旅立ちを見届ける事もままならない状態を、どんなに情けなく感じてた事か![]()
今もそしてこの先もずっと…その悔いを引きずり、生きて行くのだと思います![]()

じじいの体調が安定してないなか…今度は私が入院
腎臓移植が終わった後も…気が抜けない我が家
実姉の事でも色々あり…姉の性格等々を考慮し、じじいと何度も話し合い、良かれと思ったアドバイスが逆に、姉を深く追い詰め「もう生きていたくない、希望が持てない」と塞ぎ込んでしまう程、苦しめる事になってしまったのです
大切な姉の気持ちを、私は本当に真剣に考えていたのか…今になって思い返せば、後先考えずに行動し、結果として姉や周りに迷惑をかけながら、事を進めてしまったのかも❓️と、その疑問が付き纏い、私はこのまま平然と生きていて良いのか❓️自責の念で心が疲弊していました
じじいは感染症、私は輸血を要する程の胃潰瘍…お互い何度も繰り返し、ここ数年はどちらかが必ず入院といった状態でした
年齢的な事もあるのですが…身内だけでなく、大切に思うかたとの別れ
じじいは体力的な問題で勤めていた会社を退職…先の見えない不安と虚しさ![]()
バタバタと慌ただしく過ごしていた時期…私が交流を怠った事で、友人と長年育んできた縁が切れてしまったり
極めつけは昨年末の交通事故…私は腕を骨折し手術、術後のリハビリには今も通ってます
持病が進み障がい者になった私に…追い打ちをかけるような予期せぬ試練
『どうにでもなれ』とヤケクソ
になりながら…これからどう生きれば良いのか❓️漠然とでも構わない
何かしら指針が見えればと、ふと思い立ち、占いに立ち寄る事にしました
その時の事はまたいつか…お話し出来たらと思います
元々が虚弱なじじいは…移植後にも感染症による高熱を繰り返し、何度も命の危機を乗り越え、現在に至るといった感じです
年々弱っていくじじいを身近でみていて思う事は…いつどうなるか
先の事を考え、怯えて過ごすより、今を楽しみながら、自分らしく思うままに生きる
普通の日々の中の…ささやかな幸せを噛み締め、他愛ない事に共感し過ごせたら、それは例えようない極上の人生ですよね
別の病ではあるけれど…じじいも私も障がい者
痛みをわかり合えるひとがそばに居てくれるというのは…ある意味とてもラッキーかも知れません
ネガティブ思考はもう終わり…ここから決意表明
とにかく…どんな事が起きても流れにまかせ、諦めるのではなく、自己肯定感を高く持ち、自分の思いを実現させる努力だけは怠らない
どんな1日にしたいかで…1週間、1か月、1年後の未来がより良好に変わると信じよう
散文意味不明な話しを…長々とすみませんでした
お兄ちゃん
も虹の橋の上で元気でいるかな
動画をお借りしました
天使の歌声に癒されます…感動は国を越える
こちらの曲はいかがでしょうか
動画をお借りしました
もはや砂漠❓️ってくらいの酷暑が続いてます…熱中症に気を付けて、無理なくお過ごし下さい![]()









