節目にあたる年という事で…各地で反戦イベント、テレビ特番、映画や舞台でも、戦争を題材にした作品が多く取り上げられています
私は今回…大好きな女優の奈緒さんが主演というので『WAR BRIDE アメリカと日本の架け橋 桂子·ハーン』の舞台を鑑賞してきました
ネタバレありですが…詳細は深掘りせず、ササ〜っ
と読んで流す程度に、留めて頂ければ嬉しいです
桂子さんの軌跡を追うのは…戦後生まれの戦争ジャーナリスト
最初は企画に乗り気でなかった彼も…桂子さんに直接お会いし、彼女がこれまで辿った道程の取材を進めて行くに連れ、『桂子-ハーン』という生き方に、どんどん引き込まれて行くのでした
桂子さんのご両親は桂子さんが産まれる前から…未来を担う我が子には、男女問わず国際社会で活躍出来るよう、キチンとした教育を受けさせると決めていました
そして1930年…元気な女の子、桂子さんが誕生します
時は第二次世界大戦真っ只中…それでもご両親は桂子さんをキリスト教系の学校に通わせ、敵国の公用語である英語を学ばせました
その学校には日本に帰化した、アメリカ人のシスターがいました…桂子さんは敬愛するシスターから『全てのひとを愛しなさい』との学びを受けます
その言葉は桂子さんの心に深く刻まれたのでした
戦争は増々悪化…桂子さんは疎開先である戸塚の家の庭に、数々の花の種を植え、咲くのを楽しみにしていました


当時は食べるものが非常に乏しく…配給が無い日も当たり前な時代、近所では庭に畑を作らず、作物を育てない桂子さんを、快く思わないかたもいたそうです
それでも桂子さんは…こんな時だからこそ、心が満たされる事も大切だからと、せっせと水やりに励むのでした
桂子さんはご両親から深い愛情を受け…辛く悲しい時こそ笑いを
という、父のポジティブ誠心を教訓に、強く逞しく優しい女性に育ちました
1945年…桂子さんが慰安していた横浜で、大規模な空襲があったのです
幸いにも桂子さんは命を取り留めましたが…同じように慰安していた少女が亡くなり、桂子さんはその少女の亡骸が納められているタンス横の机で、一夜過ごしたそうです
無差別に命を奪う戦争…一面焼け野原になった横浜の町をみて、桂子さんは心から戦争を憎みました
日本の敗戦で終戦をむかえた後…桂子さんは英語のスキルを生かし、進駐軍の座間キャンプで働く事になります
そこで出会ったのが…後に運命の人となるフランクさんでした![]()
美しく聡明な桂子さんは当時、若い外国兵に大層人気があり…言い寄ってくる兵士もいたのですが、毅然とした態度でかわし、ひたむきに仕事に取り組んでいました
ある日…桂子さんに好意を寄せていた青年兵が、桂子さんにしつこく付き纏い、桂子さんの腕を無理やり掴もうとします
それを見ていた大勢の日本人は…騒ぎに巻き込まれるのを恐れ、あからさまに無視を決め込んだのです
窮地の桂子さんを助けてくれたのはフランクさんでした
彼の行為に感謝した桂子さん…フランクさんの勇気に尊敬の念が芽生えるのです
町を案内して欲しいというフランクさんの申し出を受け…桂子さんと妹の美幸さん、2人はフランクさんと一緒に、横浜の町を散策しました
その後はフランクさんと2人で日本各地を巡り…桂子さんをモデルに、フランクさんは沢山の写真を撮り続けます
尊敬から友情…その思いが愛に変わっていく、それは自然の流れかも知れません
けれど当時の日本は…アメリカ人と歩いているだけで、白い目が向けられる時代
それでもフランクさんとの結婚を決意した桂子さん
許しを請うため訪れた実家で…フランクさんは「必ず桂子さんを幸せにします」と誓うのですが、桂子さんの母は、アメリカに行ってしまえばもう2度と会えないかも知れない、日本人である桂子さんは差別に苦しむ事になるだろうと、大反対するのです
幸い父は桂子さんとフランクさんの真摯な思いに理解を示し…2人を祝福します
桂子さんの父は若い頃…大国アメリカに憧れを抱き、いつか訪れてみたいと思っていたそうです
桂子さんとフランクさんの幸せを願い…自身の夢を娘に託し、かつての敵国であった国に、桂子さんが旅立つ事を許した父
愛する家族から遠く離れ…頼れるのはフランクさんひとりというアメリカに、桂子さんを嫁がせるというのは、家族全員相当の躊躇と葛藤があっての決断だったと思います
2人の固い決意に未来は明るく開けると信じ…見送ってくれた家族
その大きな愛に…涙、涙、でした
アメリカに渡った桂子さん…フランクさんの両親は桂子さんを歓迎してくれたのですが、異国での生活では差別を、避けることは出来ませんでした
フランクさんは日本にいた頃と変わらない愛で、桂子さんを包み…桂子さんは持ち前の明るさで、懸命に周りから受け入れて貰えるよう務めていました
市民権取得試験を受けた桂子さん…試験管から突きつけられた、残酷な質問に絶句します
『アメリカと日本が再び争う事になったら、あなたはアメリカ人として戦えますか❓️』
桂子さんは声を振り絞り…イエス
と応えたのでした
まだ戦争の記憶が生々しい頃…日本には愛する家族がいる
イエス…その一言にどれ程罪悪感を抱き、苦しんだか
市民権を取得した記念すべき日…打ちひしがれる桂子さんを、精一杯励ますフランクさん
その時フランクさんは…毎日節約し桂子さんに内緒で、やっと購入したライカ製のカメラを手にしていました
「そんな高い買い物を
」と怒る桂子さんに「このカメラを日本のお父さんに贈りたくて」と言い…桂子さんの姿を写真におさめるのでした
フランクさんは日本で暮らす家族も、忘れる事なく愛している…その思いに、涙、涙、でした
それは大切な息子…エリックさんが自ら命を絶った事
エリックさんはとても繊細で…ずっと自身のアイデンティティに疑問を持ち続け、深く悩んでいたのでした
時は70年代…アメリカと日本のハーフというだけで、好奇の目に晒され、云われなき差別を受けたでしょう
自分の居場所はどこにあるのか…暗中模索の中、道を見出す事が出来ず、次第に心が病んで行ったのです
精神疾患の治療で入院していた病院から、自宅に電話をかけ…「明日のニューイヤーイブのパーティーに、参加しようと思う」と伝えて来た彼に、桂子さんは「そのパーティーは大勢の人が集まるので、あなたには辛いと思う。家族だけで祝う翌々日のニューイヤーパーティーに来て欲しい」とこたえてしまったのです
それがエリックさんと交わした最期の言葉でした
桂子さんはなぜあの時、彼の気持ちを汲みとれなかったのか、その事をずっと悔い…嘆き暮らす毎日
見かねたフランクさんは…己の悲しみを押し殺し桂子さんの前で、おどけてみせたのでした
全ては桂子さんを思っての行動でしたが…桂子さんに「そんな気分ではない、もっとあの子を愛していたら、あの子は今も生きていた」と、フランクさんに怒号し、号泣するのでした
フランクさんはそれでも桂子さんに…自身の思いをぶつけたのです「悲しい時こそ笑おう、あの子の為にも」と
愛する息子の死を乗り越える…それは到底無理な事、なにより家族を大切に思って来た2人にとって、果てしなく大きな壁だった筈です
お互いを支え合い、悔悟の思いから目を背けず生きる2人の絆に…涙、涙、でした

※画像をお借りしました
桂子さんが暮らすライマ市に…姉妹都市計画が発足されました
アメリカに来た直後…桂子さんは「アメリカと日本の架け橋になりたい」と自身の夢を、フランクさんに語っていたのです
市長から相談を受けたフランクさんは…そのプロジェクトに、桂子さんも参加させて欲しいと頼みます
以前よりライマ市でのボランティア活動…日本文化の普及に尽力していた桂子さん
市長はその申し出を快諾…桂子さんは正式に姉妹都市計画の要請を受け、長い年月をかけて丁寧に構築し、その結果ライマ市と日本の播磨市は、姉妹都市となりました
これまでの功績が認められ…アメリカで数々の名誉を受ける事になった桂子さん桂子さんは年老いた日本の父を…はるばる自身が暮らすライマ市まで、呼び寄せた事がありました
桂子さんが父にどうしても見せたかった景色…それは広大な大自然を真っ赤に染める、美しい夕日でした
桂子さんが父にどうしても見せたかった景色…それは広大な大自然を真っ赤に染める、美しい夕日でした
その景色に震える程の感動を覚えた父は…少年のような無邪気さで、一心不乱にフランクさんからプレゼントされた、ライカ
のシャッターを切ります
父がずっと抱いていた…長年の夢は叶ったのでした
老いて病にかかったフランクさんは…桂子さんの負担を考慮し、ホームで暮らす事にしました
足げく通う桂子さんでしたが…それでもフランクさんは、離れて過ごすさみしさを、強く感じていたのです
部屋の壁いっぱいに桂子さんの写真を飾りたい…そう懇願するのでした
「君はいつでも美しい」桂子さんに今も変わらぬ思いを告げるフランクさん…年を重ねて尚、深まる2人の愛に、感銘を受けました
若きジャーナリストは桂子さんに尋ねます…あなたはなに人ですか❓️
その問いに桂子さんは「私は日本をこよなく愛するアメリカ人です」とこたえるのです
日本で生まれ愛する人と異国に渡り…その地で受け入れ認められ、私という人間をアメリカが誇りに思って貰える存在になる
その信念で生きて来たと話す桂子さん
彼はそんな桂子さんの言葉を受け…自分が見て来た悲惨な体験を打ち明けるのです
子供達の無邪気な笑顔を写真におさめた直後…つい先程その場で遊んでいた子供達が爆撃により、一瞬にして全てが消えて行く様を目の当たりにし、それからカメラのシャッターを切る事が出来なくなったと
子供達の笑顔を残したいと思ったのは…紛れもなく貴方の愛
愛はどんな武器よりも強いと…桂子さんは彼に伝えました
桂子さんは…私の写真を撮って欲しいと頼みます
少し躊躇した後…彼は桂子さんの姿を、写真におさめるのでした
日本人女性としての誇りと、愛を貫く強い決意を抱き…海を渡った桂子さん
異国の地で根を下ろし…花を咲かせた『戦争花嫁』
彼女達のひたむきで懸命な奮励があったからこそ…日本人の勤勉で謙虚な姿勢が世界から称賛され、今の発展に繋がったのだと思います
桂子さんは現在も…ライマ市で暮らしています
舞台で桂子さんを演じるにあたり…奈緒さんは彼女の家を訪ね、直接話しをおうかがいしたそうです
動画をお借りしました
主役の奈緒さん…もう桂子さんとしか思えない
全て超越した圧倒的な存在感…非凡な才能をフルに発揮し、舞台に立っている姿だけで、凄まじいオーラを発してました
ウエンツさんはバラエティの印象が強かったのですが…誠実で一途なフランクさんの内面を、見事に演じてました
奈緒さん演じる桂子さんとの絆が深まって行く過程で…桂子さんに然りげ無く寄り添う姿、スマートな仕草はとても自然で、さすがウエンツさん
素晴らしいと思いました
山口馬木也さん…『剣客商売』の大二郎では見事な殺陣を披露する俳優さんですが、最近アマプラでみた『侍タイムスリッパー』がツボって、すっかり馬木也ワールドにハマってしまった私
主に桂子さんの父役を演じてましたが…実は全部で4人の役柄をこなしてました
安定感のある多彩な演技には…本当に驚きです
ハーンご夫妻とストーリーテーラーであるジャーナリスト…それ以外は全ての役者が、何人もの役を演じ、美術も小物も最小限、細やかな演出と役者の力量だけで構成された舞台
実在の人物を題材にした…とてもデリケートなストーリーは、深いリスペクトをもって、事実を忠実に再現した事で、より強く心に響くメッセージを携えた、魂のこもった作品に仕上がっていました
この舞台のテーマは『真実の愛』ですが…戦争で犠牲になった多くの方への、慰霊でもあると感じました
私の稚拙な文章ではとても表現しきれない…愛に溢れた心揺さぶる舞台です
機会があれば是非…劇場に足を運んで、鑑賞されてみてはいかがでしょうか
戦争は戦地に出向いた兵士の命だけではなく…その地で生きるひとの生活や命を奪い、全て焼き尽くし、次世代の人々の身体にも、深刻なダメージを与えるのです
核の脅威だけでなく…今は殺人兵器の開発が進み、AIやドローン、ロボット兵士、サイバー攻撃、人力を使わずとも、戦争が容易に行えるのです
憎しみの連鎖…それを止める術は無いのでしょうか
シスターの教え『全てのひとを愛せ』の実践は到底難しくても…隣人を理解する努力は出来る筈
子供が七夕の短冊に『ウクライナとロシアの戦争が早く終わりますように』と書いていた画像を見て…申し訳ないような、情けなくやるせない気持ちになりました
未来を生きる子供達の心に、深い傷を残してはならない…それが私達大人に課せられた、最大の使命だと思うのです
撮り忘れたお肉料理もあったので…かなりの量を、お腹いっぱいになるまで食べまくりました
好きなものを好きなだけ…なんて幸せなのでしょう
こちらの曲はいかがでしょうか
動画をお借りしました
全ては自由と喜びのため
永遠に続くものはなにもない
誰もが世界を支配したがっている
平和への祈りを捧げる…争いのない平穏な日々が日常になり、この言葉が世界中から、忘れ去られる日が来る未来を信じて










