心を込めて吉田拓郎の唄。 | スーパーももちゃんはミスうちゅうかん。

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サザンファンの介護職員のおバカ&まじめ話満載のブログです。
オリックスの糸井嘉男選手と同じ誕生日なのでこのタイトルになりました。令和2年5月12日よりHNを元に戻しました。

23日の夜遊びで夜遊びの30周年とTFMの55周年(私と同い年だ。)のイベントで桑田佳祐さん発案で「九段下フォークフェスティバル25」を10月に日本武道館で開催すると発表された。


ちなみにこの日は某ドラッグストアの駐車場に入ろうとしたら自転車が数メートルで接近してきてあわや接触事故という怖い思いをして眠れない状態でした。(皆様気を付けてください。)


23日の放送がフォークソングの特集だったのにも関わらず、ネタがないので投稿しませんでした。


しかし、30日放送がパート2なのでネタがいくつか思い浮かんだ。


その1・今の中津川で行われた全日本フォークジャンボリーがなかったらロッキンやサマソニのようなフェスは生まれなかった話。


その2・県岐商の近くにある中学の校歌を作ったのが南こうせつ夫妻。(こうせつさんの奥様の行代さんが前身の中学の卒業生。)


その3・おばの家が内装業をしていた関係で、長良川沿いのホテルのディナーショーのチケットを買うように頼まれ、亡き母と観に行ったのが南こうせつさんで、ディナーショーで「神田川」と「妹」を聴いた話。


その4・80年代はフォークソングがダサかった話。


その5・何故「吉田拓郎の唄」を桑田さんが作ったのかという話。


その4の話じゃないけど、アルバム「Kamakura」リリース時私は中3で周りはチェッカーズと吉川晃司さんとCCBで盛りあがっていたし、大江千里さんは十人十色の人で、松田聖子さんが結婚休養で、中森明菜さんの一人勝ち状態で、亡き中山美穂さんがデビューしたのもこの頃でフォークソングはダサいの部類に入っていた。


その「Kamakura」に収録されていたのが「吉田拓郎の唄」で拓郎さんを批判する曲なので桑田さん大なり小なりバッシングがあったのも事実。


それも「お前の描いた詩は俺を不良くさせた」っていうから…。


桑田さん拓郎さん嫌いなのかなあって思いました。


何故なら奥様でもある原由子さんが拓郎さん推しで、拓郎さんが結婚すると知ったとき大ショックを受け、その経験から自分が桑田さんと結婚するときにファンを傷つけないよう気をつかったというエピソードがあるからです。


調べたらこの曲が生まれた背景が拓郎さんが40歳(亡き母と同じ昭和21年4月生まれ)で引退するという報道が流れていて、拓郎さんの影響を受けた桑田さんなりの過激なメッセージソングとも言われています。


このアルバムレコーディング当時に原さんの妊娠が解り、自宅マンションのベッドの上で歌ったのが「鎌倉物語」です。→原さんの歌は私のカラオケの十八番です。


「Kamakura」は中学生の小遣いでは買えず、お年玉で買いたかったけど、岡田有希子さんの「十月の人魚」を買い、社会人になって自由になるお金があったのにも関わらず、買えたのはリリース13年後の紙ジャケ再発売でした。


今回のイベントのゲストは原さんと斎藤誠さん(亡きおじいちゃん似)は絶対に出ると思いますが、泉谷しげる(乱入と言う名のサプライズと大暴れはお約束)さんやこうせつさんにも出て欲しいです。


でも一番出て欲しいのは拓郎さんです。来年で傘寿を迎えますが3年前にラストアルバムをリリース後ほぼ引退状態です。


ありがとうの意味も込めて「吉田拓郎の唄」を桑田佳祐さんに拓郎さんの前で歌っていただきたいです。