平成7年の納涼千里天国。 | スーパーももちゃんはミスうちゅうかん。

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サザンファンの介護職員のおバカ&まじめ話満載のブログです。
オリックスの糸井嘉男選手と同じ誕生日なのでこのタイトルになりました。令和2年5月12日よりHNを元に戻しました。

30年前に大江千里さんの納涼千里天国が行われたZOZOマリンスタジアムが老朽化で取り壊され、GLAYが伝説の20万人ライブ(それも私の誕生日)を行った駐車場に新しいスタジアムを建設するということでXに思い出話を書いたが、この話をブログにまとめました。


当時仲の良かった友達がその年の秋に結婚し、親がライブを行くことを辞めさせたいのと行き遅れることに神経質になっていたので見合いをするように圧力をかけてきた。そういったこともあって4年連続で行った納涼千里天国もこれで最後になるのではという覚悟で横浜と東京とディズニーランドに行きました。


東京から重い荷物持って京葉線で幕張に行くのは大変でした。幸い幕張のホテル(高かった)に泊まることは出来ましたが、帰り食べるところがありませんでした。


今だから話せますが、ライブでエキサイトしすぎて周囲の人に迷惑をかけてしまったのも事実です。こうなったのも遠征出来るのは最後ということで感情が爆発したのかもしれません。


翌日に浅草を観光し、帰りの新幹線でサザンのホタルカリフォルニアの模様がでかく掲載されたスポーツ新聞を読みながら複雑な気持ちで名古屋経由で岐阜に戻り、結婚で友達が遠いところに行ったのと、お見合いストレスと職場に自分の居場所がないショックで体調を崩して7年働いた某大手菓子メーカーを辞めました。


それも就職氷河期のあおりで転職するのが難しい時代の話です。ライブのほうも懲りずに行っていて、見合いの日とライブの日が同じで親と揉めたこともありました。


千葉マリンの翌年の納涼千里天国はハワイ開催で、スタジアムからいきなり海外開催というのに言葉を失い、退職金も使い果たしていたのでお金の工面も出来ずにライブは断念しました。


4月で1月から勤めた職場を体調不良で辞めたのもサザンのバンテリンドームナゴヤ公演で連休を取り、仕事に行ったもの「ここに自分の居場所はない」と感じてしまったことも大きいです。


30年前と同じことの繰り返しですが、幸い介護職の転職エージェントから電話があって紹介の話がありましたが、体調がきちんと治った後でとお断りしました。7月に千里さんと八神純子さんのライブが名古屋であるけど、それまでに仕事が見つかるかどうか…。


2年前にブログで書いたようにお金と仕事と家族と友達を犠牲にしてまで推し活はやらないほうがいい。あの後で友達なくしましたから。


このポスト後に無事に仕事が見つかり、再就職手当も出ました。


30年前に「横浜の野外ライブで桑田(佳祐)さんがお尻出した話がメインになっているんだ?」と新幹線の中でぶつぶつ言っている私に「翌年サザンのライブナゴヤ球場で見れるよ。」「12年後に桑田さんをアリーナ1列目で今のレインボーホール(現日本ガイシホール)で見れるよ。」と言いたい。


それ以上に「見合い相手にダサい男と田舎が多いのは相手がいないから」と言いたい。


バンドブームの頃に25歳で結婚しないと行き遅れることを気にした親が娘の追っかけを辞めさせたいために見合いの話を持ってきたら田舎でダサい男だったというのもありました。


現実に地方になると田舎で長男で親と同居で介護もしなければいけない旦那ガチャがあるという話も聞きました。


Xにもポストしたけど、横浜スタジアムで納涼千里天国があると思いこんだファンが横浜の教会で結婚式を挙げて、式の後にライブに行こうとしたら会場が千葉なので予定が狂ったという投稿が千里さんのファンクラブの会報に書かれていました。


実は会報も結婚したときに捨ててしまいました。


故西城秀樹さんの出演で盛り上がったサザンのライブに対し、納涼千里天国は泉谷しげるさんの乱入という名のサプライズで異常に盛り上がりました。


テレビでしか見れない泉谷さんの乱入が衝撃的だったのか、サザンのライブが物足りないように感じたのかもしれません。


7月31日に55歳になったけど、学校に馴染めず自由がなかった反動のはけ口が推し活だったのかもしれません。現在推し活は市民権を得ましたが、あの頃は「こんなことするなら結婚しろ」という時代でした。


強いて言えば元気とお金のあるうちに横浜アリーナ行きたいです。