前回からの続きです
てか、今回思いの外、木屋町通りに石碑が多かったので、地図を描いてまとめてみました
アナログ人間なんで手描きです(笑)
描いてるときは、なんだか夏休みの課題をしてるみたいでした爆笑
数字が少々分かりにくいと思いますので、アップして見て頂ければ幸いです(..)

前にも貼った同じとこらの旧地図

1、療病院址
2、二之船入跡
3、佐久間象山・大村益次郎遭難之碑
4、桂小五郎幾松寓居趾
5、兵部大輔大村益次郎公遺址
6、御鎮座旧跡

7、一之船入
8、角倉氏邸址
9、角倉了以別邸跡


11、又吉泉記
12、伊藤博文と前田又吉・胸像

13、桂小五郎像
14、長州屋敷址
15、明治天皇行幸所勧業場阯

16、夏目漱石の句碑
17、加賀藩邸跡
18、佐久間象山寓居址

19、武山瑞山先生寓居之跡
20、ちりめん洋服発祥の地
21、吉村寅太郎寓居址
22、さきぞう発祥の地

23、桂小五郎寓居跡
24、徳川時代対馬宗氏屋敷跡
25、四之船入址
26、佐久間象山・大村益次郎遭難之碑
27、昭和初期の三条小橋(駒札)
28、高瀬川 生洲(駒札)

29、池田屋騒動之址
30、昔の木屋町三条(駒札)

31、豊臣秀次公之墓
32、豊臣秀次公一族終焉之地 旧三条河原跡
33、橋本左内訪問之地 岩瀬忠震宿所跡

34、五之舟入址
35、坂本龍馬寓居之趾
坂本龍馬は交通(船)の便のいいとこを常宿にしてるのが分かります


37、彦根藩邸跡
38、お龍独身時代寓居跡・此付近中井弘幕末期寓居跡
39、六之舟入址
40、七之舟入址
41、土佐藩邸跡

42、日本映画発祥の地(駒札)
43、八之舟入址
44、本間精一郎遭難之地
45、井筒屋継承の地・田村佐起三生誕の地
46、本間精一郎遭難地(駒札)
47、さきぞう創業の地
48、九之舟入址


木屋町通りは、二条通りから七条通りに至る全長約2.2キロの通り
西木屋町通りは、三条通りの一筋南から七条通りに至る全長約2.1キロ
木屋町通りは高瀬川とは切っても切れない関係で発展しました
その高瀬川は慶長16(1611)年から18年かけて角倉了以によって開通しました
二条通りから伏見港までの全長10キロ余り
総工費は七万五千両、現在だと約百五十億円にも相当するということですびっくり
当初は樵木(こりき)町通りと通称される
江戸中期に現在の名前に
西木屋町通りがあるのは、江戸時代は木屋町通りは真っ直ぐ通ってなく、一旦西木屋町通り(当時は西岸通り)を通っていた名残ということです
明治28(1895)年には記事にも書いてたように、電車も開通しました
よく止まったそうですけどね(笑)
(京都の大路小路参照)

ここまでは石碑巡りと化していましたが(笑)、次回からは久しぶり(珍しく)寺社数珠繋ぎとなりますニヤリ
新京極通りには、京都新京極御朱印めぐりという近年出来た霊場?があります
自然それを巡る感じです爆笑
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ