前回からの続きです
(令和元年9月28日のことになります)

木屋町をちょっと南下すると道沿いにこの駒札がありました
 京都の五花街の一つ、花街先斗町の中心的な施設とし、現在も京都の春秋を彩る「鴨川をどり」「水明会」が催される先斗町歌舞練場は、昭和2(1927)年に、武田五一を設計顧問として、「劇場の名手」といわれた木村得三郎(大林組)設計によって、鉄筋コンクリート造で建築された。
 大正14(1925)年11月に起工し、昭和改元後間もない昭和2(1927)年3月に竣工した。昭和8(1933)年に舞台・観覧席を木造から鉄筋コンクリート造に改造され、昭和28(1953)年に観覧席を浅敷から椅子式に変更し、それに伴って鴨川側に増築した。
 先斗町通りと鴨川の間の敷地に建ち、平面の輪郭は南北に長い長方形をなす。間口は120尺、南側側面が91尺である。地上四階(一部三階)、地下一階、当初の規模は、建坪約296坪、延べ坪約1201坪。建設費は約百万円と伝える。和と洋、歴史性と新奇性とを巧みに混在させ、屋根は南側四音階部分は寄棟、北側三階部分は切り妻造りとする。瓦は緑色の油薬を施した陶瓦で、本瓦葺きを直線化した独特の形状である。西を正面とし、一階は北半分を観覧席が占め、南端に主出入り口を開いて奥のホワイエを経て観覧席へ至る。外装はスクラッチタイルのほか、黄龍石、陶板などが用いられいる。内部にもタイルやプラスターによって細密に装飾され、また、舞台の天井格間、重壁は宝相華文など○?彩色された。しかし、戦時中に汚損したこともあって、これらのほとんどが戦後の改造で失われた。
(文面のまま、一部年号は注釈入り、彩色の前の文字だけ分からず)
ちなみに先斗町が花街として認可されたのは文化10(1813)年ということです
(春夏秋冬京都四季めぐり参照)

その駒札がある道の先を見ると建物が見えたので行ってみました

先斗町歌舞練場
住所・京都市中京区先斗町通三条下ル橋下町
鴨川をどりは、明治5(1872)年に創演
明治の一時期や第二次世界大戦で中断された時期もありました
戦後すぐに再開
昭和26(1951)年から平成10(1998)年までは、春・秋と年二回の公演が行われ、その公演回数は182回(2019年現在)を数え、京の五花街のなかでも最多公演回数を誇る
(HPより)

前の通りはかなり狭いものでした


上を見上げると鬼瓦?
アップ

HPによると、これは中国の蘭陵王(らんりょうおう)の舞台面を型取った鬼瓦で、先斗町の繁栄を祈念して守り神として据えてあるということです
蘭陵王という人物は、中国・北斉の皇族であった高長恭(こうちょうきょう)のこと
雅楽の曲目ともなっている
蘭陵王は眉目秀麗だったため、戦に際して敵を威圧するため龍を模した仮面を被って勝利したとされる。その仮面の姿が鬼瓦に表現されているということでした
(京都の洋館参照)

木屋町通りへ戻り、散策は続きます
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ