小学5年生の時
母が鬱状態の時布団に仰臥するようになって以降
自分も15,6歳ころからだと思うが
”人に会いたくない””学校に行きたくない”感情が
湧くようになっていた。
でも本当は休みたいのに休むことができず
家で寝ている母を羨ましく思いながら学校に行っていた。
20歳で就職してからも
恐らく自分の気持ちが落ちている時に
同じように寝ている母が羨ましくてたまらなかった。
10代の頃
その母を見ていて
”母のようになってはいけない”
”母のようになったらわたしを助けてくれる人はいない”と思い
”絶対あってはならないルール”として
心に刻まれてきた。
当時父は借金を繰り返していて
”頼れるのは自分とお金”って思って
周囲の子より早くから就活を始めて職を得て。
高校時代から気分が落ちる時期があって。
自分はおかしいんじゃないか?って不安を抱えて。
相談する人もいなくて図書館で心理学の本を読んだりして。
就職後も心の波は続いて。
さんざん悩んで大学病院の診療科を受診して。
あの時の先生の『つらかったね』の一言はとてもうれしかった。
けれど結局その後も”波”は変わらず。
他の病院で抗うつ剤をもらって
約15年くらい辛いときの服用は続いた。
躁うつ病の人と一緒に暮らすのは簡単なことじゃない。
鬱の時も大変だけれど
それ以上に困るのが躁状態の時。
食事中だろうが
トイレやふろで髪を洗っている最中だろうが
夜中に相手が寝ていようが
興奮してつかみかかってくる。
それが突然やってくるのだ。
だから自分の”普通の生活”を守るため
”普通の心”を保つため
「絶対出さない!」
「出ていくなら籍を抜いていけ!」と言われたので
保証人のないままアパートを借りて
持てるだけの荷物で別々の生活を始めた。
そして
”仕事”は”自分の人生を守るための必然のもの”となり
”心がすり減っても簡単にやめられないもの”になった。