こんにちは、亜希です
前のブログで
夫と仲良くなった今
私が不満に思うことは
夫の自慢話と時々強引なところ!
(しいて言えば)
自慢話が不快な理由について
書きました
今回は「強引なところ」を
意識の視点からお話します
皆さまに質問なのですが
夫(妻)を見ていて
何でそんなこともできないの?
何でそんなこともわからないの?
と思うことはありませんか
見ればわかるでしょ!
普通はそんなことしないのに!
あり得ない!!
みたいな感じ…
なんで、そんなふうに思うかと言うと
みんな自分のなかのルールや基準をもとに
自分だけでなく
すべてのものを見ているからです
普通そんなことしないでしょ!!
と思う《普通》は
もしかしたら
大多数が同じ意見かもしれないけど
あくまでも
自分にとっての《普通》なんですね
私の《普通》を基準に見たら
あり得ないし意味がわからない
更にそこに
《そんなこと》もわからないってことは
嫌われてる?
興味がない?
愛されてない?
などの捉え方のクセが
積み重なってすれ違いがおこります
そもそも《そんなこと》
かどうかも人によって違います
例えば
長年、働いている人には
そんなことかもしれなくても
今日から働く人には
初めてで慣れなくて大変な作業ですよね
だから、事実だけを見たら
私とあなたの《普通》が違うだけ
かもしれません
そうすると
普段から頑張っている人って
《普通》にしている基準が厳しかったり
レベルが高かったりします
自分が頑張るし、何でもやるから
やらない人とか、要領悪い人とか
ムカついたり、イラついたりします
普段から人のためにやってあげている
こんなに頑張っていると思っているから
反対に
相手も自分のためにやってくれるし
自分のために頑張ってくれるのが当たり前
と無意識に思っています
だから、ちょっと強引になります
普段から育児も家事もやって
夫の外出も見逃しているんだから
(もう私が先にこれだけしてるから)
私の言い分くらい当然聞くよね?
みたいな圧がのります
言わなくても内心は
これくらいの気持ちじゃないでしょうか
普段から育児も家事もやって
夫の外出も許容している
頑張っていると思うし
すごいなって思います
でも、本来はどんな背景があっても
どう返事するかは相手が決めること
背景を考慮するかも
その人が考えること
「だから私の言う事聞くよね?」
はまた別の話なのですね
もし、やりたくてやっていて
「与えている」エネルギーだったら
リターンは別に欲しくないはずで
「だから私の言う事聞くよね?」
と思うことになるのは
私があなたのために
嫌でも我慢して頑張ってるんだから
あなたもこれくらい私のために
頑張れるよね?できるよね?
みたいな気持ちだと思うのです
そして…
「そこに愛はあるんか?」
みたいな流れに内心なると思います
もし、そうだとしたら
目を向けるのは
こんなにやっているのに
そんなことにも協力してくれない夫
ではなくて
こんなに頑張った上に
さらに心をすり減らしている自分で
相手に自分の気持ちを通したいくらい
無理をして動きすぎて
言いたいことを我慢して
自分の本心を無視していませんか?
そう思うのは
過去の私がそうだったからです
それを夫もたまにやってきます
私に「どうする?」って聞かずに
私が一緒に協力する前提で
「やるからね」って言います
本人は自分が頑張っているから
これくらいは譲れない、これは許されるはず
断られないと思ってるし
当然許してもらえると思う
本人が頑張っているのは重々分かっているし
感謝していることもたくさんあります
でも、その頑張りと私の都合や気持ちが
=になるとは限らないし
それと相手を大事に思う気持ちは
全然別のものです
いや、相談されてないし
答えてないんだけど、と思いつつ
自分が嫌だったり
仕方ないなぁと思えなかったりしたら
断ります
やりたくないのにやったって
よい結果にはならなくて
「やっぱりやらなきゃよかった」
「夫のせいでやる羽目になった」
そんな結果になる可能性が高いからです
相手が渋々引き受けてくれた結果
任せなければよかった
となる場合は
必ず自分の中に見直せる部分があります
それは、自分の捉え方など
無意識の部分が作用して
自分が自分に見せている現実だからです




