「今度いつ帰ってくる」

と祖父(東京在住96歳)に

電話で尋ねてもらなくなり

(詳細は昨日の記事 をご参照ください)

多少ひねくれ気味

私ではありますが、

それが祖父の

優しさからくる行為だと

気づかぬほどに

愚かではない三十路の春。


まあしかし

祖父のこういう気遣いは

どこまで本気で

どこから冗談なのか

判断が難しいときがあり。


先日の電話では何を思ったか

「いいか!

食べ物が不味くても・・・

エゲレスの食べ物が、

という話じゃないぞ、とにかくだ、

食べ物が不味くても、

それはその国の味というものだから!

だから文句を言ってはいけない!」


・・・祖父よ、ついこの間まで

「エゲレスはなあ、

うまい食べ物がない国

だからなあ・・・お前も可哀想に」

とか飽きもせず

おっしゃっていらしたのは

私ではなく貴方のくせに!


というか、これは

祖父の新手の冗談なのかしら。


この間は妙にしみじみとした口調で

「俺がいなくなったあと、

お前のことを喜んでくれるのなんて

お前の夫だけだ、大事にしろ」

と諭されたのですが

・・・そりゃ私はかなり

人望の薄い人間ではありますが

そういう断言もどうかと思うの!


だいたい『喜んでくれる』って

それってどういう意味ですか!

いえ、言葉の意味はわかりますけど!


憤慨する私の隣で

『大事にされろ』と名指しされた

わが夫(英国人)は

「いや、でも本当に僕は

君のオジーサマのことを尊敬しますよ。

それだけ体が弱っていらして

なおその精神の鋭さを維持なさるのって

常人には不可能なことだと思うんです」


さてそんな祖父は先日

「もう俺は、これ以上は無理だと思う。

それはまあ仕方のないことなのだが、

その前に一度ちゃんと

俺はお寺の本堂でお参りをしたい」

と言い出しまして。


わが両親は速やかに

特別移動車両のようなものを手配し

祖父とともに本堂へ

祖父はそこでじっくりと

お経を上げたらしいです。


その翌日。祖父は静かに

「・・・そろそろだな。

子供たち(わが叔父と叔母)を

呼んでくれるか」


「気力が落ちられたときが

そのときです。

現在の状態で生きていらっしゃることが

すでに信じられないことなんですから」

との以前からのお医者の言葉もあり、

叔父も叔母もすぐに

祖父の枕元に集まりました。


祖父は静かに周囲を見回し、

目を閉じ、目を開き、

再び周囲を見回し・・・約2時間後

「・・・すまん、どうも今日は

お迎えが来ないみたいだ」


私はね!


この話を聞いて

笑うべきか泣くべきなのか

もはや自分では

判断がつかないんです、

先立つ愛情が重すぎて!


夫はしきりに

「すごい、本当にすごい、

そんな話、僕はこれまで

聞いたことがないです。

君のオジーサマには憧れます、

僕もそんな超人になりたい!

とか隣で興奮しておりますが、
なってもらっても困るんです!


ちなみに祖父は

こんなお茶目な真似をしておきながら

私の電話に対応するときは

「俺は元気だ、問題ない!」

と朗らかに声を振り絞ってくださいます。


私も負けてはいられないのです。



最後のお迎えネタは

不謹慎が過ぎるかとも思ったのですが

・・・ここまでくると

もう不謹慎とかそういうレベルを

超えた笑いと感動があるな、と判断


ご気分を害した方がいらしたらすみません


とりあえず私は祖父の言葉に従い

夫を大事にしておこうと思います


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