自分では、どうにもできなかったと思える出来事です。
それについて書きますね。
昨年の10月、嬉しいことがあって、それを覚えておきたくて思わず買ってしまったグレープフルーツの木。
その木は、2月にはサプライズをプレゼントしてくれました。
キリギリスが、部屋で孵化した!
全部で8匹のキリギリスを飼うことになりました。
(ここでの学びは書こうと思っていて書いていないので、また機会をみて書きますね)
そして、6月になってのサプライズは、

これ、何かわかりますか?
私は、最初見た時には、「蛾の幼虫???」と思ったのですが。

緑色に変化して、アゲハチョウの幼虫だとわかりました。
もう一匹、まだ黒い幼虫もいました。
毎朝見るのが楽しみで、楽しみで。
ちょいちょいとつっついても、動じる様子はなく、かわいらしいの。
思ったほど葉っぱは食べていないと思っていたら、

1日で3枚半食べた!と嬉しくなって写真撮ったり。
いつさなぎになるのか、本当に楽しみにしていたんです。
蝶は、変容の象徴。
この幼虫が、どんな風に蝶になるのか、間近で見れるチャンス!
そして、ここから、アゲハチョウが巣立っていくなんて、なんて素敵なんだろう!って。
でもね、
これが、最後の写真になりました。
朝見たら、2匹ともいませんでした。
まだ、緑色になっていなかった幼虫も、食欲旺盛になって、さなぎになるのももうすぐの幼虫も。
そして、なんとなく、残骸が残されていました。
「ショック」としか言いようがなかったです。
どんなに探しても、もういない。
何度も何度も探したけれど、やっぱりいませんでした。
ショックで空白の頭の中で考えたことは、
「私の何がこれを創り出したのか」
ということでした。
思い当たることがありました。
私はずっと、「鳥に食べられちゃったらどうしよう」と恐れていました。
サナギになり、蝶になるのを望むよりも、ずっとずっとその恐れの方が大きかったことに気づきました。
私の恐れが、この結果を創ったのだ。
まだ、受け入れることはできないけれど、そうだということはわかります。
生きてきた中でも、こういうショックなことはいくらでもあります。
その全てが、実は自分がどこかで考えていたことだったりすることに、心当たりはありませんか?
よく、引き寄せの法則とか、シンクロニシティとか言われていることは、いいことだけのことと思っていましたが、実はそうではないと知った時、私はビックリしたのと同時に、今までの自分を不幸にしてきたことが、自分で創り出したものだったんだと、どこかで腑に落ちた感覚になりました。
信じたくない気持ちはあるけれど、
私たちは、なんでも創造できる生き物なのです。
だから、自分が何を考えているのか、ちゃんと注意を向けていないといけませんね。
アゲハの幼虫が教えてくれたことは、
恐れからではなく、喜びで生きなさい
ということでした。
まだ、喪失感があります。
ちゃんとちゃんと感じて、私の中で成仏させたいと思います。
最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。