2011年にはいってすぐ社内であまりよろしくないニュースが続きました。
震災後にあっけなくそれは的中しクライアントを失う予告を受けました。
当社は、その後の方向性にむけて舵取りがはじまりました。
 
そうはいっても私が勤めていた会社は・・・
今でもそうだけれど、当時から全国に営業所を構え、それなりに種まきをしここまで来たのです。
そのクライアントを失うことで経営が傾くとか、経営が悪化するところまでにはいくわけもなく。
 
どこかで私は、
うちは大丈夫。
この社長は大丈夫。
とたかをくくり能天気な毎日をすごしていたっけ。
 
「福山営業所は縮小かな~。もしかしたら、社長がまた仕事とってくるかな~。」
と勝手に楽~に、妄想してた。
どこかでまだ実感が湧かないところもあったのは確か。
社長以外は誰も危機感を感じてなかった。
 
 
あるとき、さよならしなければいけない現場のアルバイトたちと食事に言ったとき、
「今度は何の仕事しようか」
とか、
「飲食店しかないのかな」
という言葉が飛び交い、はじめて現実は何が起きているのかということに気づく。
そして、何より私が驚いたのは、
 
まだまだ未来ある若者が、夢がたくさん描ける若者が、
いっそのこと、~したい!!
よしっ!!次は~にチャレンジしよう!!
という言葉でなく・・・、
~しかない
というようなネガティブな発言になってしまっていること。
その中でも特に驚いたのは、飲食店しかないという言葉ポーン
 
 
飲食店って・・・、
とっても夢あるお仕事。
憧れのお仕事。
だと思ってた。
 
いつか自分のお店を持ちたい。
いつか誰もが「美味しい」と言ってくれるお店を持ちたい。
みたいなのじゃないの!?ニヤニヤ
 
 
私の勤めていた会社は、ビルメンテナンス業(お掃除業界)。
いわば3Kといわれる世界。
 
商業施設の管理だったり、ホテルのベッドメイキングだったりのお仕事です。
そんなお仕事に従事している若者が飲食店「しか」という発言になるなんて、少し信じられなかった。
 
 
それでもその日唯一ポジティブだった言葉を私は拾った!?!笑い泣き
 
「僕バーテンダーやってみたいんっすよ」
 
おぉ。そうか、そうか。バーテンダーかー。
たったその一言が後光のごとく光輝き、私は胸がきゅんきゅんしたちゅー
 
ありがと、ありがとう。良かった、良かったぁ。
夢があるんだね、夢がっ!!(←今から考えるとかなりのこじつけ、思い込み、暴走(笑))
 
 
余りに、暗い時代の中を生きなければいけない、余りにネガティブ思考だらけの若者たち。
私はその言葉を必死で拾い上げ、自分を納得させたかったのかもしれない(笑)
 
 
それでも、本音は「可哀想」だなぁと。
私たちはバブルがはじけた時代に育てられた年齢。
それでも友人同士で集まると、あぁでもない、こうでもないと夢を語り、何が出来るかを語ったものだけれど、今の若者は夢を語ることさえ許されない、夢をみることさえ発想出来ない時代に生きているのかも。
それを思うと可哀想しか思い浮かばなかった。
 
 
 
そこから、私は社長にこの話をしながら、ふと、
「じゃあ夢なんてかなえてあげちゃいます?」(←夢になってるしっ。やってみたいって軽~く、いってるだけなのにっ(笑))
なんてことを軽く言ってみる。
 
「一人でも雇用の受け皿になれるならいいよ」
 
え?そうなの?えぇー!?
 
って、この二言で決定。。。
 
ニヤニヤ や、やるしかないのね。
 
 
たくさん、引っ張っておいてこんな結末ですみません。
入口は本当に単純でした。
 
かる~い私の発言に、かる~くオーケーを出した社長....( ´;゚;∀;゚;)
まぁ、なにはともあれ。
辞めようとする、そうするしかないアルバイトの雇用の受け皿のために、よくわかんないけど小さなバーを立ちあげることになったのです。
 
 
この時はまだまだわくわくした想いと、あぁここから楽しい未来が待っているかも♡
と、辞めさせなくてすんだアルバイトをみながら、どこかで良いことをしてる自分に酔ってたりなんかした。
そこからはじまる苦行は長い長い旅になるなんて、その時のわたしは知るよしもなく(笑)