★幕末の秀才・象山先生を祀った神社で観光地でもある★
場所・ 長野県長野市松代町1502
電話・ 026−278−2461 10〜15時のみ HPあり
創建・ 昭和13年(1938)
竣工・ 昭和13年(1938)
構造・ 木造平屋建て 石造明神系鳥居
祭神・ 佐久間象山
社務所・ あり
最終訪問・ 2021.11
*国・登録有形文化財
長野市の松代町の中心部にある大きな神社で、観光地にもなっています![]()
大正2年の象山先生死去・50年を契機に神社創立の案が進められ、地元を始め、県や全学校、信濃教育会、全関係者などの協力により、昭和6年に許可され、昭和13年に創建されました![]()

教育県の長野県、信濃教育会などがあったり、頭の良い象山先生の神社を作ってそのご利益にあやかろうとか、松代にも藩の学校があったり、別所温泉にも昔の学校があったり、
かつての学僧がいた別所温泉のお寺
県の各市町村にも洋館の学校があり、松本の開智学校が国宝になったりと「教育県」なエピソードがいくつもある県らしいですよね![]()
歴史としてはまだ100年に満たない神社なので、新しくきれいで明るい神社です![]()
旦那的には「造りが靖国神社ぽいね」とのことで、やはり同じ時代に作られた神社だけに、雰囲気が似ているのかも(だいぶ初期に行ったので靖国は記事はなし)![]()
社頭 象山先生の石像も 鳥居がゴールドで派手
とても広い神社で、歴史の古い松代、元は何があった場所なのでしょうか![]()
見どころは、鳥居が大きく立派でインパクトがあり、象山先生の石像があったり、本殿が国の登録有形文化財だったり![]()
参道
この象山先生も、渋温泉が大好きで創業400年の「ひしや寅蔵」さんに宿泊されて、露天を勝手に作ったとか(池の水を抜いて湯を張ったとか、当時は露天の発想はない)、
境内 秋の様子
斬新な発想のある方で、当時の頭の固い江戸幕府には相手にされず、地元の信濃に左遷され、なかなかご苦労されたようです(時代を先取りしすぎた天才か)![]()
境内には銅像も

しかし、象山先生のいう通りに後からなり、早すぎた天才という感じの方だったそうです![]()
幕末の思想家、という肩書で紹介されていますが、当時の松代藩士ですね![]()
そんな方でも渋温泉が好きで、とか庶民的なエピソードが良いですよね![]()
「高義亭」 復元だそう
志賀高原の父ともいわれ、今の志賀高原を開いて調査したのは彼で、のちの志賀高原の発展の基礎を作りました![]()
(志賀高原の温泉宿は沓野温泉の方が経営して成功してるとか)
社務所
この前に行った、山ノ内町の天川神社で祭典を開いたことでも知られるそうです(後ほどUP)![]()
拝殿 昭和13年(1938)

当日は天気の良い日曜日でしたが、運よく貸切状態で、もう七五三のシーズンも終わり、年末との間の静かな時期に行けて良かったです![]()
本殿
ここも初詣などでにぎわうのでしょうね![]()
受験生なんかは、御利益のために冬はたくさん来られるのでしょうね![]()
松代といえばここも温泉好きに人気
松代町の観光の一環にもいかがでしょうか![]()
私が松代に来たのはこれで5回目、2009年5月から、武家屋敷だの温泉だの旧松代駅だの城跡だの、真田家の家などを見に来て、「もう1回で済ませてくれない、何度も勘弁して」と言われています('◇')ゞ
松代温泉といえばみんな大好きなここですよね
そういって旦那も、こちらが地元の友人と松代温泉に行ったりして、自分でも来ているのですが![]()
神社・幕末・観光好きの方にもオススメです♪
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