私の言葉で周りの人の人生が変わる
私の人を信じるチカラが
その人の人生を変えるチカラになる

心理カウンセラー/パーソナルスタイリスト
数秘カラー®︎プレゼンター

あなたの素敵を引き出す
ハッピーコーディネーター なかやくみです


お友達とのランチの前に立ち寄った
三越のクリスマスツリー
綺麗だった

人との付き合いが怖かった私。


なによりも
家族からの言葉が私の心のしこりになった。

だからあなたには
友達が出来ないのよ

これね。
ずーっと引きづり続けたなぁ。

5年前のマスターコースで
泣きながらカミングアウトしたの
思い出すわ笑い泣き


友達がいないことはよくないこと。
1人はダメ。

みたいな、思い込みが作られた。

それと一緒に
お友達は作るものだと信じ込んだのも
このあたりからだと思う。


中学2年あたりは平和であった。
クラス替えがあり、
席替えをきっかけに嫌味を言う人たちと
クラスは別々になってね。


気軽に話せるお友達がいるグループで
自分を含めて5人のグループだった
一年を過ごして
お友達の家に集まって
クリスマスパーティーをしたり
楽しかった思い出がある。


そんな平和も一年で終わった。
なぜなら、、、
附属の高校に進学しないと決まった
グループ内の友達2人が三年に進級する
前の三月末で転校してしまったの。
通っていた女子校は附属校に進学しないなら
中学卒業前に転校するような暗黙のルールのような
状況があったから。

自分を含めて5人グループだったうちの
気軽に話せる友達2人がいなくなり
中学三年に進学して
クラスは持ち上がりでクラス替えもない。


転校した2人がいたから
成り立っていた友達5人グループ。


そんな状況で残ったグループは
私以外の2人はそれぞれ他の人たちの
グループに入っていて
気がついたら
私はひとりになった。


今考えれば当たり前で
自分の居心地の良い人と楽しくいられる
場所にうつっただけ。


私はその居場所を見つけられなかった、、


どうしたらいいのか分からずに
昼休みの教室でひとりで
机につっぷしてたことがあったな。


その時に声をかけてくれた
クラスメートには
素直になれずに何も話せなかったから
状況は何も変わらなかった。



ひとりでいる不安と怖さから
逃れたい一心で
助けてほしくて
相談したかったのに、、


母から言われた言葉が心のしこりに
なっていた私は

面と向かって
母に今の自分の状況を話すことができず
手紙に書いて
そーっと両親の部屋に置いた。



勇気を出して
助けてって伝えた手紙の事を
数十年経ったマスタコース受講中に
母に聞いたら
何も覚えていなかったのは
ショックだったなぁ。


あの時の母は手紙を読んで
どんな気持ちだったのだろう。


なかなか返事がこなかった覚えがあるから
どうしたらいいか
母も悩んだのかも知れない。


手紙を読んだ後の
母からのアドバイスは、、、

「どこか自分で入れるグループはないの?」
「声かけて入れてもらえばいいんじゃない?」

こんなニュアンスだった。

ようは勇気出して
声かけて
どこかのグループに入りなさいってこと。

友達を頑張って作れってことだった。


今の私なら無理しないで
そのままで良いよ。

学生時代はあっという間に終わるから、、
って言うのにな。

学校に行かなくても良いよとも
言うだろうなぁ。

当時は学校に行きたくないなんて
言える状況でも
世の中の風潮でなかったから
仕方ないんだけどね。


あの時の私は
母のアドバイス通りに
頑張って昼休みのお弁当を食べる時に
ある3人グループに声かけてみたのだった。


だがしかし。
その頑張りはさらなる嫌な思い出に
繋がっていくのだった。。


中学の思い出は楽しいことが
あまり記憶にない。
卒業アルバムは今も見たくないなぁ(笑)

続きはまた。。
アルバム見たくない理由も書きます。
たぶん…

モカソフト美味しゅうございました。
プルーンを久しぶりに食べた


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