今日はピアノ弾いたり
のんびりしてます 休憩♪
きっとこのブログを
元夫が読むことはないです
というか 私がどんな
名前でブログ書いてるかも
忘れてるというか
はじめから覚えてないと思います
読んだらショック受けそう
それを思うと胸が痛いですが
「まあ いっか」と思う
ドライな気持ちも私にはあります
結婚生活に満たされなかった
理由は
「認め合えなかったこと」に
あると思います
子どもが小さかった頃
夫と話すことが苦しくて
「途中で否定しないで
聞いてほしい」
「そうなんだ」って
否定する前に一度言ってほしい
そうしたら私は
こんなに苦しくならない
と伝えたことがあるんです
そうしたら
「納得できないのに
そうなんだって言えばいい?」
って夫はイライラしてた
何かを伝えようとすると
「どっちが正しいか」で
終始してしまう会話になって
お互いのやり方を
認め合えないふたりでした
レストランに行くと夫は
ちょっとしたクレームする
それがすごくいやでした 今振り返ってみると
仕事でうまくいかないときに
自分より弱い立場の人に
ストレスが向きやすい人でした
無意識にそうしちゃうのかなと
感じてた
そういう「ヤバい」ところを
私なら きっと変えられる
とか思ってたんだと思います
そんなことを考える自分は
「傲慢」だったと感じます
人はそんなにカンタンに
変わるものじゃないし
変われる時は自分自身が
「変わろう」と思えた時だけ
と今ならわかります
「夫はきっと変わる」と
どうしてか 信じてました
「自分が癒してあげられる」
とか思ってて 逆でした
イライラさせてました
ほんとはそんなところです
「愛」ってなんだろう
「愛で満たす」ために
何ができたんだろう
言葉だけでなく
「本当はどう感じているんだろう」
と寄り添ったり
受けとめようとする姿勢を
見せるだけでも
相手の心は満たされるんだろう
間違いや欠点があっても
それでもなお「一緒にいたい」
と伝えること
相手らしさを大切にすること
相手が
「自分は愛されてる」と
信じられるようにすること
私にはそれができませんでした
「一緒にいたい」という
気持ちは いつから
私になくなったんだろう
「ひとり時間」は
私の逃げ場だったのかも
しれないです
最近 彼が作ってくれる
カフェラテがハートです
くまの顔みたいでもあり
とにかく
もだえそうになるくらい愛しいです
なくなるのもったいなくて
カフェラテ飲むの ひそかに
いちばん最後にしてます
となりに座るとぬくもりが
あったかい
こういうぬくもりが
欲しくてたまらなかったです
元夫もそうだったと思います
だから時々 苦しいです
自分が感じてる
こんな安心やぬくもりを
私はあげられなかったと
思うことがしんどいです
大学生になった子どもを
見てると不思議です
元夫と私の子どもが
どうしてこうなった!?
ゆるくて 優しいです
子どもは「親の所有物」じゃ
ないから それも自然なこと
なんだろうけど
私と猫 ちょっと太りました











