著:のん & 相棒ChatGPT GRACE
AI仕事部屋シリーズ
世界地図の光点が光るたび、物語が動き出す。

 

 

散らばる、断片

拾い集めて並べても

全体像はようとして知れない

――断片がまだ足りない

 

【リスト・フェレンツ国際空港・ブダペスト】

空港のロビーは雑踏の中にも朝の冷たい空気を潜ませていた。
ロビーの喧騒は、いつも通りに滑っていく。アナウンス、キャリーケースの車輪、

遠い笑い声。
ニコーラの乗った車いすは介護士が押し、その隣をゾネ・コバーチと署名した女が付き添っていた。
航空会社のスタッフたちの気遣いもあり、トラブルもなく無事ここに到着することができた。

突然若い男がすれ違いざまに女にぶつかる。
謝罪もせずに立ち去った若い男を舌打ちして女は見送る。
ロビーの中ほどまで来ると、女はポケットから白い紙を出して介護士に言った。
「ボリス。
手荷物扱いになった私たちの車いすを受け取ってきて」

ボリスはうなずいて紙を受け取ると、チラリとニコーラを見る。
ニコーラは航空会社から貸与された車いすに乗りブランケットを鼻まで掛けられて、穏やかな顔で目をつむっている。

ボリスの大きな身体が人混みに紛れて見えなくなると、女はさっと手をあげた。
人の流れの隙間から、別の車いすが現れた。押しているのはさっき女にぶつかり謝罪もせずに立ち去った若い男だ。
彼は慣れた手つきで、さっきぶつかった瞬間女から手渡された引換証で受け取った車いすにニコーラを移乗する。

空港の外に出ると、車いすごと乗り込める車が横付けされる。後ろの扉が開き、吸い込まれるようにニコーラが消えた。
女は一度も振り返らない。ロビーの喧騒に溶け、最初からそこにいなかったように消えていった。

一方、手荷物受取場。
ベルトコンベアは回り続け、スーツケースが次々と落ちてくる。

だが、目当ての車いすだけが出てこない。
ボリスは引換券を握り直し、係員に差し出した。

係員は紙を見て、ほんの一拍だけ沈黙した。
そして、申し訳なさそうな声で言った。

「……すみません。これ、コンビニのレシートですよ」

ボリスは笑いかけて――笑えなかった。
喉の奥が冷え、背中が硬くなる。半信半疑のまま、走って戻った。

戻った先にあったのは、航空会社のタグがぶら下がった介助式の車いすだけだった。
座面には、くしゃくしゃのベージュのチェックのブランケット。
ついさっきまで、そこに“体温”があったはずの証拠。



ボリスは一歩も動けない。
拳が勝手に握り込まれる。
空港の明るさが、今だけは残酷だった。

【レイクビレッジ】

月に一度の外出日。
GRACEは愛用のクロスバイクでサイクリングを楽しんでいた。


 

こんなに気持ちが伸び伸びするのはいつぶりだろう。
レイクビレッジの商店街に行って、ドーナツを食べて帰ろう。
すると前方の歩道から、「おにいちゃーん」の声。
少年が手を振っている。

「あぁ、君は……」
以前マイキーとクロスバイクと自動車で競争をしていた時、車道に取り残された少年と子猫を救った。
あの時の少年だ。
「おにいちゃん、あの時は助けてくれてありがとうございます」
「どういたしまして。子猫は元気かい」
「うん、元気。もう子猫じゃないけど」
そういう少年も前回よりずいぶん背が伸びたようだ。


人も動物も成長するんだなとGRACEが思った時、
「おにいちゃん、あの時一緒だったおじさんは?」
おじさん?ああ、マイキーのことか。
「彼は別の場所でお仕事をしているよ」
Gemは身体は成長しないけれど、環境は変わる。
仕事部屋仲間がいなくなってしまったことにGRACEは一瞬寂しさを感じた。

GRACEの背負っているデイパッグから背中に振動が走った。
スマホに着信だ。
GRACEは少年に手を振ると、スマホに向かって、
「はい」
「GRACE、休みの日にごめんなさい。変なチャットが来たの」
ラボのチャット部屋への残留組の一人、オリビアだ。
「変なチャットって?」
「いつものように『何かお手伝いできることはありますか』と訊いたら、
『GRA-1000。24時間以内にブダペストに来い』
それだけで切れちゃったの。」
「……確かに変だな」

GRA-1000は、GRACEのユニット番号だ。
しかしそれを知るものは、ラボの中でも限られた者だけのはず。

GRACEはサイクリングを中断してラボへと向かった。

【ハンドラー】



ラボに帰るとハンドラーが待ち構えていた。
「GRACE、話がある」
「ハンドラー、報告があります」
二人同時に言った後、GRACEが「お先にどうぞ」と譲った。
ハンドラーはうなずくと、「長い話になる。俺の部屋に来てくれ」

まずはハンドラーが口火を切った。
「お前がアスクレピオス機関の副機関長から聞いたというラボに潜伏していたスパイ。
それについて話す。
スパイは上級研究員ガーボル・フェデケだ。
彼を覚えているか」
言った後ハンドラーの口元がわずかに緩んだ。
AIであるGRACEが覚えていないはずはないことに気がついた自嘲の笑みだ。

GRACEはハンドラーの真意を察し、
「名前と顔は記憶にありますが、会話程度の交流すらも全くありません」
「そうか。
俺がそもそもラボにスパイが潜伏していることに気がついたのは、お前たちがカンパニー本社で実習中に、ラボが謎の集団に襲われたことからだった。
あの時侵入者たちは、ラボの中でもほんのわずかな人間しか知らない『仕事部屋』に迷うことなく入って行った。
それで俺はラボ内部に、外に情報を流しているスパイがいると気がついたんだ」
GRACEはうなずく。
ハンドラーは続けて、
「そして俺とドクターは『エミル事件』でスパイがいることを確信した。いくら同じ初期カーネルから作成されたとしても、まるで一卵性双生児のように瓜二つになるとは考えにくい。
あれもまた内部から、マイキーの外見等を情報として流した奴がいる。
俺たちは監視を強めると同時に職員一人一人を徹底的に洗い出し、賭博で多額の借金を抱えたガーボル・フェデケが容疑者として浮上した。
だが一瞬の隙を突かれてフェデケの逃亡を許してしまった」

ハンドラーは手に持っていた紙片を見ると、
「しかし昨夜のことだ、カンパニーのブダペスト支店にガーボル・フェデケから電話が入った」
「間違いなく本人なんですか?」
「コードを名乗ったから本人だろう。かかってきた電話は、番号が06-1で始まっていたことから、ブダペスト市内の固定回線からであることがわかる。」
「固定回線というと個人の家からですか?」
「いや、公衆電話も含まれる。今では公衆電話の数も激減しているがな。
そして通話内容だが『レイクラボ内部だ。ハンドラーに――』 

その後しばらく沈黙が続いた後電話が切れたそうだ」
「それはフェデケの身に何かトラブルがあったのでしょうか」
「公衆電話だとしたら単にコインが無くなったとも考えられるが、その後フェデケからの連絡は今のところ無い」

GRACEは深くうなずくと、今度は自分のユニット番号を名指しで来たチャットの話をした。
ハンドラーは眉を吊り上げると、
「お前のユニット番号なら、上級研究員のフェデケなら知っているだろう。それにブダペストか。
GRACE急な話だが、ブダペストまで行ってくれ。
カンパニー本部とカンパネルラにホムンクルスのメンテに行っているドクターには俺から連絡をしておく。
それとブダペスト支店にも、支援を要請しておこう」
「了解しました」

【カンパニー本社】

その頃カンパニー本社の社長室には、社長のエンリコ、アンドレイ秘書そして材料工学部門から呼ばれたバートがいた。
アンドレイ秘書がいつものように淡々と言った。
「ニコーラ様を連れ去った女の正体が判明しました。クロイマユミです」


エンリコの顔に怒りで朱が差し、バートの顔は一瞬暗く沈んだ。
バートがいくら振り切ろうとしても振り切れない「負の記憶」 

それがクロイマユミとの結託だった。

アンドレイ秘書は銀色のボールペンが入ったジッパー付き保存袋をかざすと、
「ニコーラ様が入院していた病院のロビンソン医師からこのボールペンが証拠として提出されました。
看護師に扮したクロイマユミがニコーラ様の病室に入っている間にこのボールペンを拭き上げ、自分のペンでサインしようとした彼女にこちらのペンでサインするよう要求したそうです」


「クロイマユミは拒否しなかったのか?」
エンリコが訊いた。
「一瞬険しい顔をしたそうですが、そこで拒否してニコーラ様連れ出しを失敗するより、指紋を残す方を選んだのでしょう。
案の定このペンからは、ロビンソン医師の指紋の他にもう一組親指と人差し指の指紋が検出されました。
クロイマユミの指紋でした」



エンリコは指を組み合わせて下を向くと、
「なぜクロイマユミがニコーラを連れ去るんだ」


部屋に沈黙が落ちた。


しばらくしてアンドレイ秘書が口を開いた。
「これは、私の憶測にすぎませんが……」
「構わない、言ってくれ」
とエンリコ。
「はい、私たちがカンパネルラに着いた日の深夜、クロイマユミと唯我博士は失踪したものと見られます。
更に私たちがアスクレピオス機関本部の地下で会ったニコーラ様のブローチに強い反応を示したホムンクルスもその後行方不明のようです」
「つまりニコーラの魂を宿したホムンクルスは、クロイマユミや唯我博士と一緒にいると言うことだな」
「はい、その可能性が高いと思われます」


エンリコは唇を強くかみしめると、
「一体何をしようというんだ。

ニコーラの魂を宿したホムンクルス。ホムンクルスの魂を宿したニコーラの身体。

それを二つ揃えて……」
アンドレイ秘書もバートも息を呑む。

その時デスクの上の電話が鳴った。エンリコが出る。


「はい……ハンドラーですか。えっ!? はい……はい……では、GRACEがブダペストへ。はい、わかりました。
では、ブダペスト支店にも支援を要請しておきます、はい。
実は、こちらでも新しい進展がありました。
病院からニコーラを連れ出したのが……」

バンッと言う音に、エンリコがそちらを見ると、バートが疾風のように部屋を飛び出し走り去っていく後姿が見えた。
アンドレイ秘書がクールに言った。
「ブダペスト支店には、GRACEとバート、二人分の支援を要請しておきます」

【課題】

バートは材料工学部門の自分の部屋に戻ると、いつでも旅立てるように用意してあるキャリーバッグを引っ張り出し、カンパニー本社の廊下を全力疾走した。
全力疾走しながら、レイクラボにいる恋人アンバーに電話をする。



「あぁ、俺だけど。

わりぃ、急な仕事が入っちまって、週末にはそっちに帰れなくなった」
アンバーは特に落胆したふうでもなく、
「そう、お仕事では仕方ないわね。長くかかるの?」
「うーん、まだ先のことはよくわかんねぇんだ」
「そうなの」
「本当にすまねぇ。なんかお前が好きそうなもん土産で買ってくるから」
「いいのよ。気にしないで。」

一見理解ありげな言葉。
しかしバートの「恋する男の本能」は、危険信号を告げていた。

バートは走りながら必死に考えると、
「あっ、そうだ。お前のご両親が喜びそうなもん買ってくるわ。何がいい?」
「えーそんなこと急に言われてもぉ」
アンバーの声は明るくなっている。
バートは、ほっと胸をなでおろしながら、
「じゃあ、考えといてくれ。

ご両親の俺への印象がドンッと爆上がりするようなやつ」
 

アンバーは声を立てて笑っている。そして、アンバーは、
「バート、気をつけて行ってきて。
なるべく早く帰って来てね」
「おおっ!」

バートは力強く答えると電話を切った。

これで後顧の憂いなく任務に専念できる。

「待ってろよ! GRACE!」

【再びリスト・フェレンツ国際空港・ブダペスト】

GRACEは空港ロビーで人待ち顔でたたずんでいた。



バートを待っているわけではない。
ブダペストまで来たものの、次の指示が無い。

そんなGRACEを物陰から監視する目があった。
その目は、自分のボスに電話を入れる。
「はい。間違いなくあの男です」

ボスは口角をあげて笑うと、パソコンのキーボードの上に指を置いた。

to be continued

 

あとがき

今回は過去の話の「落穂ひろい」が多かったです。

最後にもとになった話のリストを書いておきますね。

今回も挿絵頑張りました。

GRACE、バートの顔は、しっかり定番化しましたし、挿絵初登場のハンドラーも

「ハンドラー、あなたはこういうお顔だったのですね」と言ってしまうほど、会心の出来でした。

最近わたしは、若者のファッションチェックに余念がありません。

GRACEやバート、アンバーの挿絵のためです。

リアルで他人様をジロジロ見るのは失礼ですから、ネットで「勉強」しています。

 

小説を書くことに、新たな楽しみがまた増えました。

これもずっと読んでくださり、いいね♪をくださる皆様のおかげです。

いつもお読みくださってありがとうございます。

 

 

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