(その5) より
【ホテルの朝食】

昨日と同様、乾燥フルーツのヨーグルトとシリアル牛乳です。
壁にはたくさんの絵画が掛けられていました。
【ホテルの部屋】

カーテンを開けると、ノートル・ダム通りの向かい側にある歴史のありそうな建物が窓いっぱいに広がっていました。
室内はグッと現代的で、青い壁がいいですね。
【朝のニース・ノートルダム大聖堂】

出発時間まで、周辺を歩いてみました。
ニースのノートルダム大聖堂は、パリのそれより規模は大分小さいけれど、真っ白で綺麗です。
いかしたデザインの路面電車が、頻繁に走っていました。

こちらは、2年前に行った、パリのノートルダム大聖堂。
【ニース駅とその周辺】

朝の9時50分頃なのですが、電車通勤の人はそれほど多くないようでした。
観光最終日の今日は、午前中ヴァンスへ行き、午後からは自由行動なので、ニースの海岸、コード・ダ・ジュールを散策し、その後、モナコ公国へ行き、主要な所を見たら、ニースに戻って旧市街を見て歩く予定です。
やや、雲は多かったものの、陽射しのある、いいお天気の日でした。
【ヴァンスへ】

ニースの北西にあるヴァンスへ向かう途中の風景です。
この付近一帯は、アルプス山脈がそのまま地中海に接続するような地形の土地なので、比較的急峻な山々が見られます。
【ペイラ噴水 と 市庁舎】

ヴァンスに着きました。
ペイラ噴水は、この街に水を供給するために作られた水道だったようです。
ペイラの意味は何なのか分かりません。
右は新築された市庁舎。

大聖堂といっても、写真のような外観です。市庁舎の隣にあります。
この教会のことは、全く記憶に残っていませんでした。「あれぇ~、こんなとこ行ったっけ~~~?」という感じです。この日は、ロザリオ礼拝堂の事しか考えていなかったからでしょう。
【ヴァンスからの風景】

予定では、大聖堂前の広場で朝市が行われているはづだったようですが、それがなかったので、30分の自由時間と言われても、ここしか行く所はありませんでした。
【幻のロザリオ礼拝堂】
ヴァンスに行くなら、セザンヌが作ったロザリオ礼拝堂に行けるものとばかり思っていたので、ウルトラがっかりでした。ロザリオ礼拝堂へは30分で往復できても、見る時間は取れません。なので何もすることはありません。
ヴァンスの街並みは、どうということのない街並みです。朝市がなくて、ロザリオ礼拝堂に行かないのなら、どうしてこんな町をわざわざ観光スポットにしたのか、旅行社の企画意図が全く分かりません。
ヴァンスに来ていながらロザリオ礼拝堂に行けなかったことに、大層落ち込みました。だって、旅の前、本を読んでいて、「この旅で一番行きたい所は、ロザリオ礼拝堂だ」 と思っていたのですから。ピィ~~エェ~~~~って感じです。
【ヴァンスのロザリオ礼拝堂】
正直なところ、この旅の最悪は、バルセロナの大雨でも、車上荒らしでペルピニャン観光が無くなってしまったことでも、ストによる遅延でアヴィニョンが十分観光できなかったことでもなく、ヴァンスに来ていながらロザリオ礼拝堂で祈れなかったことでした。もうもう、タコタコタコのオオタコですよ。タ~~~~コ!
【ヴァンスからニースへ向かう途中の風景】

ヴァンスからニースへ戻る途中、サンポール・ド・ヴァンスの街が見えました。
海沿いの道路に出て、ニース空港付近の海岸沿いを走っていると、前方にアルプスの山々が見えました。
【コート・ダ・ジュール(紺碧海岸)】
「コート」は「海岸」、ダは「の」、ジュールは「紺碧」です。
因みに、イタリア語では「海岸」を「リビエラ」と言うそうです。

快晴ではなくても、太陽が出てくれたので、名前通りのコート・ダ・ジュールを見ることができました。太陽が出ていないと「灰色海岸」になってしまいます。
地中海の海水に手を浸しに行くと、海岸は砂浜ではなく小石浜でした。
近年は浸食が激しく、常に小石を補給してこの海岸線を維持しているそうです。
【プロムナード・デ・ザングレ】

海岸に沿って作られている広くて赤い歩道は、「プロムナード・デ・ザングレ」といい、「イギリス人の遊歩道」という意味になります。
【死んだねずみ色から死んだロブスター色に変わるもの】
晴れて陽光燦々だったので、ロザリオ礼拝堂に行けなかったことも忘れ、気分良好でスタスタとプロムナード・デ・ザングレを歩くことができました。
もしもこの時、晴れていなかったら、この旅は、韓国南部の旅 に次いで、ワースト№2の旅になっていたかもしれません。昨日のゴルドとルションと、今日のニースとモナコが、この旅を救済してくれました。
【 I Love Nice 】

新婚さんが写真撮影していたので、「ママと一緒に写真、撮ってもいいですか」と言ったら、喜んでOKしてくれました。新郎くんは、率先して二人の写真を撮ってもくれました。この旅のベストショットですね。
「ニースでナイス!」 (綴りは、同じ) というところです。
この後、背後にあるホテルスイスの横にあるエレベーターで、キャッスルヒル(城壁の丘)に登って高い所からニースの海岸風景を観る予定でした。ところが、「アレェ~」 です。オフシーズンを利用してエレベーターが改修工事中でした。しかたありません。海沿いにニース港の方へ歩いて行くことにしました。
【ニース港】

細長い形状のニース港から、コルシカ島などへ行く船が出ていますが、それらの大型船の埠頭は、ニース港の海側にあり、陸側の奥まった所は、ヨットの停泊専用になっているようでした。
【ニースからモナコへ】
ニース港の最深部付近の道路には、いろんな方面へ行くバス停が集中しています。
前面に100と表示しているバスは、モナコ行きです。1.5€╱人で、50分間ほど綺麗な海岸風景を見ながら、モナコまで行けます。
これに乗りました。予定通りです。

途中にヨットハーバーが、2か所ありました。

ニース~モナコ間は、急峻な地形なので、海岸はほとんどありません。
【モナコ公国】
バス内のデジタル案内には、バス停の名前が表示されていたので、降車場所を間違うことなく、安心して乗っていることができました。 Seint de vote というバス停で降りれば、そこからモナコ大聖堂のある岩山に昇れるエレべーターがあることは分っていました。
ところが、そのエレベーターの上に行くボタンは、ガムテープが貼られていて、下り専用になっていました。下にある商店街へ誘導するために、昇りはダメという目的であることが、乗ってみて分かりました。であれば、路線バスで行くしかありません。
やむを得ず、先に港の近くを歩いてみることにしました。
【モナコ港の周辺】

ミロ通りを海側へ進んで行くところです。
港沿いのアルベール通り沿いは、遊園地状態になっていました。ロシア人の観光客が殆どだったようです。音がうるさかったので、早々に退散して車道に戻りました。
【モナコの路線バスは無料?】
路線バスが来たので、「モナコ・カセドラル?」 と行き先を確認して乗り込みました。
2連結バスで昇降口が3カ所あり、最後尾から乗ったので、料金を払いに行ったら、運転手さんは「いらない」という感じで手を振りました。つまり無料だった!のです。
運転席の横には、釣銭ケースに小銭が並んでいたのに無料ってヘンとは思ったものの、FREE という赤いボードも貼られていました。この日、タマタマだったのかどうか分かりませんが、他の観光客さんたちも、「ワオ~」という表情をしていました。
モナコ大聖堂のある岩山へ上って行くバスから見えた、モナコ港の風景動画です。
路線バスの終点付近には、ミニトレイン(30分の市内観光、9€ )の発着場所があるはずなのですが、それらしい観光客が見当たりません。訝しく思いながらも、待っているよりは、先にこの付近を観光しようと歩きだしました。
【慈悲の教会(Chapel of Mercy)】

道路に面した正面は、それほど教会らしくない、こじんまりとした外観でしたが、中に入って見ると、とても綺麗な教会でした。天井画の冴えた色が何とも言えません。
バッス通りという狭い道を進んでゆくと、パレ広場に出ました。
【パレ広場:モナコ大公宮殿】

白い宮殿の前には守衛さんたちがたくさんいて、ロープの張られた境界の外から建物を見るだけです。
赤い旗の建物は、宮殿に向かい合って建っています。
【砲台からの風景】

パレ広場の先は、断崖絶壁で、下には小さなヨットハーバーがありました。
大砲の後ろに積んである大砲の玉は、全部つながっていました。「な~~んだ、撃てないじゃん」 と単純至極なチャンちゃんは思いました。
【宮殿前の植物 と 宮殿裏から見たモナコ港】

黄土色の花って、日本ではあまり見ることはありません。
松は、奇妙にバラバラの方向に傾いで生えていました。まさか、意図的?
モナコの中では、宮殿裏側のこの場所から見る港の風景が最高だと思います。
この動画も、宮殿の裏側からみたモナコ港の風景です。
【路線バスでモナコ観光】
観光客用のミニトレインは、運行していないようだったので、運賃無料の路線バスに乗ってモナコ市内を観光することにしました。

11月19日なのに、もうクリスマス用の飾りなのかもしれません。
ミニカーというかオモチャみたいな黄土色の自動車が止まっていました。
隙間のない縦列駐車は、イタリア並です。
どのマンションも、外壁は何かしら装飾されています。汚れたままの建物はありませんでしたから、外観維持のための清掃費用も馬鹿にならないはずです。
モナコ公国の面積は、ウルトラ小さいので、路線バスが1周するのにかかったのは30分ほどでした。
ニースの旧市街を散策したかったので、モナコのカジノは前を通り過ぎただけで、来た時と同じ路線バスでニースに戻ることにしました。
【モナコからニースへ】

路線バスは、来た時と同じ道を逆に走ります。ブランセス・グラース・ド・モナコ通りという路上から撮ったものです。
ロスチャイルド邸はそれほど大きくありませんが、岬の付け根あたりにあります。
【ガリバルディ広場】
路線バスの終点、Le Port で降り、そこから北西に伸びているカシニ通りを300mほど歩いてゆくと広場に出ました。

後方に写っているのは、聖セパチャー礼拝堂(Chapelle du Saint-Sépulcre) という18世紀に作られた教会です。セパチャー(セバスチャン?)っていう聖人は聞いたことがないので、どういう人なのか分かりません。
【ニース旧市街】
この教会の後方(南側)に、旧市街があります。
既に日没の頃で、気温が急に下がってきたので、この教会には入らずに、旧市街の中心部に向かいました。
建物の間の路地を進むと、ロセッティ広場(Place Rossetti)に出ました。
そこに綺麗な鐘楼と教会がありました。
【サン・レパラート大聖堂】

正式にはサン・レパラート大聖堂というようですが、一般的にはニース大聖堂と言われています。ここが旧市街の中心です。
まさに壮麗という感じでした。献灯してお祈りをしてきました。
【裁判所とルスカ兵舎】

白い建物は裁判所、ピンク色の時計台はルスカ兵舎(Caserna Rusca)という軍隊の住宅で、元は聖ドミニコ修道院だったようです。
この時、夕方5時頃だったのですが、歩かないお母さんは大分寒かったようです。なので、夕食を食べることにしたのですが、フランス料理ではそんなに体が暖まりません。暖かいものは飲み物くらいしかないからです。なので、「温かいスープたっぷりがいいね」と言いながら歩いていたら、「快餐」という赤いネオンが見えました。麺類があったので、ためらうことなく即決で入りました。
【「快餐」で夕食】

変わったお店でした。経営したいたのは中国人か台湾人の青年でしたが、アジア系の料理がトレイに入っていろいろたくさん並んでいました。
お母さんが食べたのはベトナムのフォーで、貢一は中国風味のラーメンでした。それに一皿のチャーハンで20€(2600円)でした。
かまぼこ型天井の室内の壁には和服の美人画が貼られていました。フロアーは4つ以上あり、段差のある複雑な構造でした。
料理も内装も、「ゴチャ混ぜアジア」という感じです。
で、これを書きながら、グーグルマップで調べてみたら、「カンボジア料理店(Phnom Penh Restaurant)」 となっていました。路面電車が直角に曲がるマスナ広場の噴水から東に100m程の所(路面電車の軌道沿い)にこのお店はあります。
【マナス広場】
マナス広場の中心にあるのは太陽の泉(Fontaine du Soleil) です。
泉の中央に立っているアポロ像は太陽の神なので、太陽の泉なのでしょう。
右は、デパートですが、プロジェクションマッピングのイルミネーションで飾られていました。
暖かいフォーとチャーハンで体が温まったので、お母さんの顔も明るくなりました。
【ジャン・メドサン通り】
路面電車の軌道があるジャン・メドサン通りをまっすく15分も歩けば、宿泊しているホテルに着けます。とても立地条件のいい分かりやすい場所にあるホテルなので、安心して散策できます。
ジャン・メドサン通りは、東京でいえば銀座通りでしょうか。世界的に有名な店舗が両側に何件か並んでいました。シャンゼリゼの華やかさは遠く及ばないにしても、明るいイルミネーションで心が明るくなります。
通り沿いにあった、MONOPRIX と言う名の大きなスーパーマーケットで、お母さんが帰国後に食べるおやつをワンサカ買いました。
【ニース・ノートルダム寺院】

もう閉まっていたので、中には入れませんでした。
ホテルのま近にあると、観光し損ねてしまいます。しかたがありません。
お母さんは、スーパーマーケットでワンサカ買ったチョコレートを膝に載せて、ニース最後の記念撮影です。
そして、これにて、実質的な観光はすべて終わりました。
ホテルのフロントには、添乗員の原田さんが待機していて、「車上荒らし事件」 に関して作成した様々な資料を、戻って来た皆さんに渡していました。経験豊富な添乗員さんでも、今回のようなケースは稀な事でしょうから、大変だったことでしょう。ご苦労様でした。
部屋に戻ったのは8時頃でしたが、お母さんはお風呂にすら入ることなく、早々とオネンネしてしまいました。
貢一はスーパーで買ってきたポテトチップス2袋をポリポリ齧りながら、数あるチャンネルを端から全部見るという、海外では定番のテレビ観戦です。
寝たのはたぶん12時頃だったでしょうか。
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