(その4)より
朝食は、少しのベーコンと乾燥フルーツ入りヨーグルトです。ベーグルもクロワッサンもフワフワでしたから、お母さんは残すことなくちゃんと食べました。

アビニョンのこのホテル、寝室とバスルームの仕切りがガラスになっていて、スイッチ一つでガラスが透明になったり曇りガラスになったりしました。お母さんが入っている時に透明になんかなったら、卒倒してしまいます。
出発時間を待つまで、ホテルの前の道路に出て写真を撮りました。
道路沿いはズ~~~っと城壁です。

マッシモさんが運転するバスで、出発です。
今日は、『南仏プロヴァンスの12か月』 ピーター・メイル に描かれていたプロバンス地方の鷹の巣村、ゴルド村とルション村を巡ります。
アヴィニョンを出て1時間ほど走ると、見えてきました。
【ゴルドに接近】

走行中の車内からゴルド村の全景を撮りました。
石の “かまくら” のようなものは、 「ボリー」 というそうです。
【ゴルド村】
【駐車場からゴルド村の中心へ】

駐車場でバスを降り、そこからこのような景色の道路を10分ほど歩きます。
ツール・ド・フランス(長距離自転車レース)の国ですから、自転車で観光するフランス人は、きっとたくさんいるのでしょう。
【ゴルド村散策】
ゴルド村の頂点にある中心地点に来ました。
左は、教会で、白い懺悔の礼拝堂(Chapelle Des Pénitents Blancs)と言うそうです。
右は、ゴルド城(Chateau de Gordes)で、16世紀に作られたそうです。
どちらも外観を眺めただけです。

中心点の広場から、南側に伸びる石畳の道を下ってみました。石畳はデコボコすぎて車輪の小さな車椅子では進めません。お母さんはゆっくり歩くことになりました。

途中で、お母さんに待ってもらって、横道に入ってみると、こんな景色が見えました。

お母さんに来れたのは、この地点までです。
でも、ここから、プロバンス地方の広大な景色が見渡せました。
プロバンスのこの地域は、北側と南側に山脈があり、ゴルド村は北側の山脈の麓付近にあるので、南側に広大な盆地を眺めることができます。
【カフェ休憩】

絶壁の上に建つカフェで、広大な風景を眺めつつカフェラテを飲みながら、一服です。このカフェの壁には、いろんな写真や絵が貼られていました。年代物のバイクライダーの写真はいかしています。

帰りに、バスは、ゴルド村の全景を見渡せる地点で停まってくれました。
ガイドブックに掲載されているのはここから撮った写真ですね。
右の写真は、丘を下った所から撮ったゴルゴ村です。
【プロヴァンス地方の風景】

バスは、次の地点を目指して40分ほど東に向かってプロバンスの平原を走り続けました。右の写真は、ラベンダー畑です。6月から7月にかけては、色も香りも最高なのでしょう。
田舎の狭い道なのに、対向車が来てもマッシモさんは減速することなくすれ違ってゆきます。こんな時、バスのタイヤは路肩の白線上を走っていました。さすがプロフェッショナルです。
【ルション】
ルションに着きました。バスを降りて、2時間の自由散策です。

ヨーロッパの地質はたいていアルカリ性で、岩は白色が殆どです。ところが、ここルションだけは赤色です。これは鉄分を含んでいて酸性の地質であることを示しています。この特性から、オークルというルションの特産品(顔料)が生まれました。
【ルション】
ルションの街並みは、周辺の岩山と同じ赤茶色です。
ハイシーズンなら、この通りの両側のお店は開店しているのでしょうが、11月の今はオフシーズンです。それでも壁に “花真っ盛りのルションの絵” がいくつもかけられていました。

小高いところにあった広場には、東洋風のこんなオブジェが。
高い外壁をつたう雨樋にまで、花の絵が描かれていました。
猫ちゃんたちも暖かな場所で日向ぼっこです。
【聖ミッシェル教会】

ルションの丘の一番高い所に、小さな教会がありました。
Eglise Saint- Michel(聖ミッシェル教会)というカトリック教会です。
2年前に行った、モン・サン・ミッシェル も「聖ミッシェル山」 という修道院でした。
ミッシェル(英語読みはミカエル)で繋がっています。
入り口を入ると、パンフレットの置かれたテーブルの上に白い猫ちゃん。
観光客だけで、教会の人は誰もいませんでした。

添乗員の原田さんが、当時の現地の人々がどういう思いで教会を活用したのか熱心に語っていました。さすが、自ら 「天使の原田です」 と名乗るだけのことはあります。単なる建築様式や歴史の事ばかりでなく、こういう話をするのはとても良いことだと思います。
ツアー一行が外に出で静かになった処で、2つの蝋燭に火をともし祭壇に捧げ、お祈りです。この地に住む人々と世界のより一層の平穏と平和を祈っていました。今回の旅で、教会に入ったのは、ここが最初でした。ルションは心を落ち着かせる所でした。鉄分を多く含む地質であることが影響しているはずです。

祈り終わって振り返ると、入口にいた猫ちゃんが、後方から二人を見守っていました。「観光して帰るだけが普通なのに、ちゃんと祈ってたね」 と言っていたので、「うん、もちろん。ありがとね」 と言いました。
【ルションの家々】

明るい陽射しに、蔦くんたちも心地よさそうです。
【赤い壁の鐘撞き塔】

この道を跨いだアーチは、何のためなのかわかりません。
右の鐘撞き塔は、ルションのランドマークです。
鐘撞き塔へ登る階段があったのですが、鉄格子で封鎖されていました。

鉄でできたこの葉っぱは、ブドウの葉っぱの模様だと思います。
鉄の筒は井戸の汲み出しポンプのように思えますが、こんな小高い丘から井戸水が出るとも思えません。
陽のあたる暖かなベンチがあったので、昨夜アビニョンのカルフールで買って残っていたサンドイッチとヨーグルトでお昼です。旅先でのお昼は、レストランで食べるものではなく、こうしてベンチや石に座って景色を眺めながら食べるのが基本だと、貢一は思っています。それどころか、一人旅なら食べないことの方が普通です。お腹にいっぱい入っているようでは、スピリチュアルな光など何も観えません。それでは観光にならないのです。

教会の脇にあったなだらかな道を登ってゆくと、展望台がありました。
後方に白い雪を被ったアルプス山脈がちょっとだけ見えていました。
緑のボックスには、「ワンちゃんのウンチは持って帰ってね袋」が入っていました。ヨーロッパでは、ワンコ連れ観光客がおおいので、忘れちゃった人用ですね。

展望台から眺めです。
平地部は殆ど、紅葉の始まったブドウ畑でしょう。
後方の山は、ヴォークリューズ山地かリュペロン山地のはず。
【ルションの特産品】
ルションの特産品、オークルを売るお店がありました。今は、美術を専攻する学生さんくらいしか買う人はいないのでしょうが、かつては画家さんたちの多くが、ルションの顔料で描いていたはずです。
蝉くんは温暖なプロヴァンスを象徴する昆虫だそうです。でも、近年は、地球温暖化で、象徴の意味が失われつつあるとか。
【ルションの丘の全景】

ルションの丘を下りて、駐車場のある丘へ来ると、ルションの丘がよく見えました。
「今日は天気に恵まれ、綺麗な風景が楽しめてよかったね」 と言ったら、「ほんと。ほんと」 と返ってきました。
【ジュリアン橋(Pont-Julien)】

ルション観光を終え、バスはブドウ畑の中を走っていました。
一路ニースへ向かうのかと思ったら、こんな所で停まりました。
この橋、観光予定には入っておらず、名前は忘れていましたが、写真の位置情報から、ルションとボニューを結ぶ道路の、ちょうど真ん中あたりにある、カラヴォン川に架かるジュリアン橋(Pont-Julien)であることがわかりました。
【ニースへ向けて】
今度こそ、バスはニースに向かいます。
ニースは東側にあるのですが、バスは明らかに西に向かって走っていました。
高速道に入るために西に向かい、ルションからは南側のエクサン・プロヴァンスを経由して、そこから東に向かうルートをとるということでした。
これを聞いて 「ヤッホー」 と言ってしまいました。
サント・ヴィクトワール山を見ることができるからです。

バスは、ピーター・メールが住んでいるメネルブ付近を経て、カバイヨンのインターから高速道路に入りました。
白っぽい岩山はメネルブ付近の景色です。
高速道路に入るインターでは、例の黄レンジャーのみなさんがワンサカいました。ガソリン代値上げに反対するストライキは、フランス全土で連日行われていたようです。12月9日の今、パリでストが暴徒化しているというニュースが流れていますから、少なくとも20日以上続いていて、未だに収束する目処は立っていないようです。
【 エクス・アン・プロヴァンス & サント・ヴィクトワール山 】

エクス・アン・プロヴァンス付近を走っている車内から撮った写真です。
大きな水道橋(のように見えましたが、グーグルマップで調べると実際は電車の高架橋でした)の下を通り抜けると、前方に見えてきました。
サント・ヴィクトワール山です。
エクス・アン・プロヴァンスで生まれたセザンヌが、生涯描き続けたのが、サント・ヴィクトワール山なのです。この旅に出る前、本を読んでいて、何故か気にかかっていた山でした。エクス・アン・プロヴァンスからサント・ヴィクトワール山がある方へ延びる一般道路はセザンヌ道路と呼ばれているほど、セザンヌに関わり深い山なのです。
エクス・アン・プロヴァンスを過ぎたあたりから、日が沈み始めたので、もうカメラを構えるのを止めてしまいました。
黄レンジャーさんたちのスト渋滞に加えて、事故渋滞もあったので、ニースの夜景が見えだしたのは夜8時頃でした。予定ではニースのレストラン到着6時半でしたから1時間半の遅延でした。
【夕食:ニース風サラダ?】

ニース風サラダとなっていましたが、どこがニース風なのかわかりません。ハーブの効いたオリーブオイルは食卓に用意されていませんでした。メインはお肉とテンコ盛りポテト。ドイツ人好みの料理みたいでした。
バルセロナの夕食についで、ここでも 「飲み物1杯分は、会社で負担します」 と言ってくれました。到着遅れの代替だったのでしょう。お母さんはマンゴージュース、貢一はワインをいただきました。
ワインは小型ミルクピッチャーのような陶器(日本風にいうなら徳利)に入って出てきました。写真に残ってなくて残念なのですが、こんなのは初めての体験でビックリでした。
ここでは、同じテーブルに座っていた中村さん・徳島さん姉妹に、以前住んだことのあるニューヨークやリヨンの話を聞かせてもらって、楽しく時間を過ごしました。
【ニース市内とニース・ノートルダム寺院】

バスは、ニース市内をゴチャゴチャ折れ曲がって走って、綺麗な教会の真正面に停まりました。この教会、ニース・ノートルダム寺院 です。
そして、宿泊するホテルは、この写真の右側の建物です。
【メルキュール・センター・ノートルダム】

このホテル(Hotel Mercure Nice Centre Notre Dame)のフロントも、たいそう意匠を凝らした作りになっていました。
「宿泊なんて、ベットさえあればいい」 と思っている貢一は、一人旅なら旅人同士情報交換が容易なドミトリが標準ですが、お母さんとの旅となると、旅行会社のツアーなので、まともなホテルになってしまいます。
阪急交通社企画のこの旅のホテルは、どこも他社のツアーで体験したホテルより、おしなべてハイクラスだったことは間違いありません。オフシーズンで価格が下がっていたからこそ可能だったのでしょう。
【ゴーン逮捕の意味】
部屋でテレビを見ていたら、日産のゴーンが逮捕されたというニュースが流れていました。「ムムッ」と思いつつ、アレストとおぼしき仏単語以外チンプンカンプンのフランス語ではどうにもならないので、NHK国際放送のチャンネルを探し出して見ていました。
ヨーロッパをダークサイド側で支配しているのはフランスのロスチャイルド家ですから、フランスの準国営企業であるルノー傘下の日産CEOが逮捕されるということは、世界の権力構造に良き変化が生じているということなのでしょう。
芸術的歴史遺産によって観光で栄えているフランスですが、帝国主義以降のフランス(=ロスチャイルド帝国フランス)は、下記リンクに示すように経済的邪悪さに満ちています。
【アフリカの発展を阻むフランス】
【フランスとアフリカの特別な関係】
【英国とフランス】
【日本初の鉄道:横浜~新橋間】
ロスチャイルドは国際金融ヒエラルキーの頂点に立ち、アフリカ、日本を含むアジア全域のみならず、ヨーロッパ全域に対しても露骨に大きな支配力を及ぼしてきました。2012年にスペインのレストランで日本人どうしてロスチャイルドについて話していたとき、周辺の現地人たちは、席を立ってしまいました。つまり、彼らにとってロスチャイルドに言及すること自体、非常に危険な事でありタブーだったのです。実は、今回の旅で遭遇した黄レンジャーたちのストは、ガソリン代値上げが契機ではあっても、本質的には反ロスチャイルドのストなのです。 「ふざけんじゃねえ、ゴーンのように貪欲な、ロスチャイルド傘下の世界支配者ども」 ということなのですね。だから、ロスチャイルド銀行出身のマクロンがガソリン代の値上げを延期しても、デモはまったく終息しないのです。
日本も、世界支配者たちの歯牙にかかって、フランス並みの格差社会になりつつありますが、日本人はどんなに搾り取られても、文句ひとつ言わずに、座して死を待つだけの、トンデモおめでた民族のようですね。日本の政治家では、娘をロスチャイルド家に嫁がせている麻生太郎が、原発と水の利権をフランス企業に差しだし、日本殲滅の手引きをしています。
【ポール・ブルームと麻生太郎】
世界は大いに波風を立てつつ、変わって行くのです。
では、おやすみなさい。
(その6) へ