大好きなSさんのこと | ADHD7つの肩書きで多動に生きるパラレルキャリアー雨野千晴のうっかり女子でも大丈夫♡なブログ

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頭の中が多動なADHD不注意優勢型・37歳で診断された超うっかり者の私でも、毎日楽しく生きられます♪失敗しても大丈夫♥自閉っ子&ADDタイプ兄弟子育て中シンママです。7つの肩書きで多動に生きる私の日常&パラレルキャリアについて。

大好きだった職人さんが亡くなった。

私が小樽の吹きガラス工房で働いていたとき

Sさんは仕上げを担当されていた。



その工房は流れ作業で作品を仕上げていくやり方で


吹きで形を作る職人、ポンテを取って口を広げる職人、そしてアシスタントで作業を回していた。

 

 

Sさんはじっくりと仕上げていくので、その間に形が変形してしまうことがあった。

 

ガラスってスピード勝負なのだ。一瞬で温度が変わり、一度温度差ができると
あとはいくら温め直しても全く元通りの温度にはならない。


それをメインで吹いている職人さんは良く思わなかったようで


ベテランのSさんに、ちょっとした嫌がらせや態度を取っていたりして

 

それを感じる度、私は心が痛んだ。

 

 

 

みんな、病んでいたのだ。決して楽しいことがなかったわけじゃない。

 

でも、どこか精神的に閉ざされた世界だった。


私の後に入ってきた女の子は、3か月で鬱と診断されて辞めて行った。

 

 

Sさんはどうやら手に震えがあって、それで仕上げに時間がかかっているのだと知ったのは


私が入って一年以上たったころだったか。


しびれが治らないのだと。


何件目かでの病院でSさんが受けた診断がALSだった。

 

 

 



私はSさんが好きだった。


みんなが感情むき出しで、誰かが失敗すればここぞとばかりに怒鳴りつけ
技術だけでなく、人格までも否定する
無視をする、焼けたガラスを投げつける


そんな中で、Sさんはいつもていねいに教えてくださった。
だれかのミスを、必要以上に責めたりはしなかった。

 


若い頃、ドキュメンタリー番組の密着取材を受けて

それを見た女性からのファンレターがきっかけとなり

その方とご結婚され
仲睦まじいご夫婦として長年連れ添っておられた。

マリオのような口髭があって
紳士的で
いつも足袋を履いていて

工房で映画の撮影があったとき
「俺は豊悦の手をやったんだよ^^」


というのが自慢だったSさん。




病名をぽつりと話してくださって


私はネットで色々調べたけれど
治ることのない難病であるということがわかるばかりで

何かの間違いなんじゃないか


と思っていた。

 

 


私が勤務している間、病状が悪化するご様子もなかったので


やっぱり誤診だったんじゃないだろうか


と思いたい自分がいた。


 

 

 


そのSさんの訃報を旦那が勤務先の工房で耳にしたと教えてくれた。




Sさんがその後、どのような生活をされていたかはわからない。


ガラスが本当に好きだったSさん
周囲に流されず、染まらず、いつも紳士的だったSさん

 

Sさんのこと、私、大好きだったよ。
それを残しておきたいと思って書きました。


自分の価値観を貫く
私もそうありたいです。