相手の感情は、相手のものだと気づいたとき | 心のからくり心理学 ひらいなず

心理カウンセラー ひらいなずです

 

会話が終わったあと
どっと疲れることがある


楽しかったはずなのに
何かを消耗した感覚だけが残っている

思い返してみると
会話の間ずっと
相手の表情を確認していた


笑っているか
不機嫌じゃないか
退屈していないか
傷ついていないか


自分が何を話すかより先に
相手がどう受け取るかを
計算し続けていた

これを「思いやり」と呼ぶこともある
でも正直に掘り下げると


相手のためというより
「嫌われたくない」
「場の空気を壊したくない」
という自分を守るための行動なのである


顔色を読むことに
慣れすぎている人がいる


幼い頃から
空気を読むことで

その場を乗り越えてきた人たちだ


誰かが静かになると「怒らせたかな」と思う
誰かが笑わないと「つまらなかったかな」と焦る
誰かの返事が遅いと「嫌われたかな」と不安になる


そのアンテナは
常に全開で稼働している

これは優しさじゃない
緊張なのだ


相手の感情を読み続けることで
常に神経を使い続けている状態

気を遣って疲れるのは
意志が弱いからじゃない
心が狭いからでもない


自分の感情を後回しにしながら
相手の感情を処理し続けているから
エネルギーがどこかに流れ出ていくのだ


しかも
その疲れには気づきにくい
「気を遣うのは当たり前」
「相手のことを考えるのは普通のこと」

そう思っているうちは
自分が消耗していることにすら
気づけない

気づくのはたいてい
ひとりになった瞬間だ


やっと息ができる感覚
やっと自分に戻れる感覚
その落差が大きいほど
日常の中でいかに
自分を後回しにしていたかがわかるのである

顔色を読むのをやめることは
相手への無関心じゃない
相手の感情の責任を
自分が全部引き受けるのをやめることだ


相手が不機嫌なのは
自分のせいじゃないかもしれない
相手が傷ついているのも
自分が何とかしなければ

ならないことじゃないかもしれない


相手の感情は
相手のものだ

そう気づいたとき
会話の中で
少しだけ
力が抜ける場所ができる

気を遣うことをやめなくていい
ただ
相手の感情と同じくらい
自分の感情にも
目を向けていいのであるのだ
 

 

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