「大化けしました」 ――子どもの可能性は、安心の中でひらいていく | 「安心」と「共感」がひらく、子どものこころの扉

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共感的コミュニケーション(NVC)×神経の仕組み(ポリヴェーガル理論)で、
関わりの迷い・イライラ・すれ違いを減らし、親子関係が自然と整うヒントが詰まっています

先日、以前から
関わらせていただいているNさんから、
娘さんが外国へ一人で留学したという
嬉しいご報告を聞かせていただきました。

 

 

その娘さんは、小さい頃

「学校に行きたくない」

「教室が怖い」

と言って、
ひとりで教室に
入ることができなかった
お子さんでした。

 

 

それが今では、

外国へひとりで留学する。

 

 

その姿を想像しただけで、
胸がいっぱいになりました。

 

 

Nさんは、笑いながら、

「大化けしました(笑)」

と話してくださいました。

 

 

その言葉を聞いて、
私も思わず笑ってしまいました。

 

 

Nさんから
こんなメッセージもいただきました。

 

 

======

 

昨日心に残った
"生命は諦めず叫び続けてる"
という言葉が
あの頃の子どもと重なり

あの小さな身体で
"学校嫌だ、嫌だ!"
って抵抗し続けていた
どうしようもない日々の裏側には
子どもの大切な願いや
大きな可能性が同時にあったこと。

 

 

うろたえる私の絶望の日々にも、
親の未熟さを受けとめてもらいながら
共に成長し、私自身が育ち直し
自分とつながりたい願い
つながる機会を
もらっていた(もらっている)ことの
日々に感謝が湧いています。

 

 

美香さんから学びながら
安心につながらせて頂き
その安心感から子どもに達と共に。

 


連鎖する安心とそれを土台に
共にあるものを感じ合うことの
パワフルさを実感中です。

 

========

 

 

 

そのときに
Nさんが話してくださった言葉が、
とても心に残りました。

 

 

「大化けしたけど、じゃあ私、
何をやっていたんだろう
って振り返ってみると

みかさんに安心をもらって、
その安心をもって、
ただただ娘と一緒にいただけなんですよね」

と話してくださいました。

 

 

何か特別なことをしたわけじゃない。

娘を変えようとしたわけでもない。

無理に学校に行かせようとしたわけでもない。

 

 

ただ、一緒にいた。

 

 

苦しいときは一緒に苦しんで、

うまくいかないときは一緒に悩んで、

その時々を、娘さんと一緒に過ごしてきた。

 

 

Nさん自身の言葉では、

「苦楽を共にした。ただそれだけなんです」

と。

 

 

その話を聞いて、私は
本当に胸がいっぱいになりました。

 

 

・

 

 

私たち親は

子どもに何か困ったことがあると、

「どうしたら、この子を変えられるんだろう」

と考えてしまいます。

 

 

学校に行けるようにしなくちゃ。

自信をつけさせなくちゃ。

できることを増やさなくちゃ。

この先、困らないようにしてあげなくちゃ。

もっとうまく社会に

適合できるようにしてあげなくちゃ。

 

 

そんなふうに、

「今の困った状態」から
「望ましい状態」へ、

子どもを動かそうと
してしまうことがあります。

 

 

親としては、当然の
自然な気持ちだと思います。

 

 

私自身も、子どもに
何か不快なことが起こると、

「何とかしてあげたい!!」

と即座に思います。

 

 

でも、子どもが大人に
無理に変えようとされなくなったとき、

安心して自分のまんまで
いられるようになったとき、

その子の中にもともとずっとあった
命の力のようなものが、

少しずつ出てくるのかもしれません。

 

 

その娘さんが、

小さい頃に教室へ
一人で入れなかったことと、

今、外国へ一人で留学していること。

 

 

一見すると、

まったく別の姿に見えますが

でも、その間に、

「別人になった」

わけではないのだと思います。

 

 

もともとその子の命の中に
内在していた、

感じる力

考える力

自分で選ぶ力

世界に出ていく力

生きる力

そういう命のPowerが、

Nさんとの安心できる
関係性という土台の中で、

少しずつ育って
発揮されていったんだと思います。

 

 

だからこそ、

今、目の前にいる
子どもの姿だけを見て、

「この子はこういう子」

と決めつけなくても
いいのだと思います。

 

 

今できないことが、

ずっとできないとは限らない。

今、立ち止まっていることが、

その子の可能性の限界ではない。

 

 

子どもには、

私たちにはまだ見えていない
可能性と未来がたくさんあることを
信頼したいですよね。

 

 

 ・

 

 

そして私は、

Nさんが言ってくださった

「みかさんにもらった安心を持って、
ただ娘と一緒にいた」

という言葉にも、
大切なものを感じました。

 

 

子どもに安心を与えようと思っても、

「このままで大丈夫なのかな」

「この先どうなるんだろう」

「学校に行けないままでいいのかな」

そんな不安な気持ちが出てくるのは、
当然だと思います。

 

 

だからこそ、

子どもに安心を与えなければ!

と頑張るのではなくて、

まず親自身が、

「大丈夫。」と安心できる
場所や関係性を持つこと。

 

 

そして、その安心を少しずつ持って、

子どもの隣にいること。

 

 

それだけでも、

子どもにとっては
大きな支えになるのだと思います。

 

 

・

 

 

今回のご報告を聞いて、

「子どもを変える」って、

本当はどういうことなんだろうな、
と考えました。

 

 

もしかしたら、

子どもを変える必要なんて
ないのかもしれません。

 

 

「その子がその子のまま、

安心して自分でいられる
時間を重ねていく。」

 

 

その中で、

その子自身のタイミングで、

その子の命の力がちゃんと
必ず芽吹いていく。

 

 

親にできるのは、

その力を無理やり
引っ張り出すことではなくて、

その子の隣に共にいて、
共に命の中にあるものを感じて
一緒にその時間を生きること

なのかもしれません。

 

 

「大化けしました」

というNさんの言葉を聞きながら、

私は、

もともとその子の中にあった
たくましい生命力が、

Nさんとの日々の関わりの中で
受け取った安心感の中で
大きく花開いていったんだろうな

と感じました。

 

 

子どもの可能性って、

本当にすごいですね!!

 

 

だから私たちにできるのは、

子どもの未来を決めることではなく、

その子の命を信頼すること。

 

安心できる場所をつくること。

 

そして、

その子の中にある可能性を、
その子自身が見つけていく時間を
待つこと
なのかもしれません。

 

 

今回、こんな素敵なご報告を
聞かせていただけたことが、

私は本当に嬉しかったです。

 

 

そして何より、

「ただ一緒にいた」

というNさんの言葉が、

ず~~っと心に残って
感動と共に響いています。

 

 

子どもが苦しいときも、
うまくいかないときも、
すぐに何かを変えようとするのではなく、

ただ、その子の隣にいて、
共に在るものを感じて
一緒にその時間を過ごす。

 

 

そんなふうに大人が
子どもと関わることができたら、

子どもにとって、どれほど
安心できる時間になるんだろう。

 

 

そして、

誰もが子ども時代に、
そんなふうに大人に
あるがまま受け止めてもらえたら、
どんなに幸せな
子ども時代を過ごせるんだろう。

そんなことを思いました。

 

 

それが、私がこの仕事を通して
いつも願っていることの
核心なのだと思います。

 

 

「大化けしました」
と笑って話してくださったNさん。

 

 

そして、

今、遠い外国で、

自分の人生を自分の足で
歩いている娘さん。

 

 

その姿に、

心からエールと祝福を
送りたいと思います。