「幸せは、数えるもの」

覚えておいて欲しいコトバ。




昨日は、

埼玉で純正律のピアノを使ったカノン瞑想会。



楽屋に活けられた、

一輪の花。



楽屋に花があるのは珍しくないけど、

この一凛は、なんだか気を引く。




有り難いことに、最近は大きなホールでばかりやっていたので、

この花よりも、もっとゴージャスな花がいつも活けられている。

きっと、ホール側の職員が用意する花だろう。

言うなれば、「花屋さんが、仕事として」活けた花。



でも、

昨日の一輪の花は、

そんな”ゴージャスな花”よりも、なんだか気を引いた。



誰が活けたのかを聴いてみたら、

「みつろうさんに埼玉でトークショーして欲しい」と、

7年くらいずっと言い続けてくれてるわらわ~さん。





なるほど、一輪の花に籠った「想い」が気を引いたのか。


嬉しかったのは、その人の想いも当然だけど、

その「想い」をしっかりと感じ取れる、自分の感覚がまだ生きていた事。




この画像に映る、この部屋の雰囲気に「想い」を感じられるんだから、


この目は、網膜だけじゃない別のセンサーで、

周囲を見る事が出来ているんだなーって嬉しくなった(自分大好き人間かっ)。


「想い」を、花から感じ取れるなんて!!!





そう考えると、

カメラマンさんは福岡から重たい荷物を持って、

「みつろうさんの撮影をやりたいから」

と来てくれた、70才近い立石さん。



ピアノの調律師さんは、大阪から。

お客さんは、遠い東京からも。

企画してくれたさやかさんも、「想い」でこの会を提案。


ランチに出たお弁当は、

こだわり過ぎて「たった60Kgしか採れなかったお米」

を、惜しげもなく100食分も使ってくれたそうで。




おみやげも、たくさん。





よく考えると、

幸せ過ぎる環境の中に甘えて生きてるもんだ。



”当たり前”だと思ってると、もったいない。


目の前の日々に「価値」を付けるのは、いつでも自分。



だって、お金を払ってでも以下は買えないもの。


・福岡の70歳のおじいちゃんが重いカメラ持って来てくれない



・全国から数百名が埼玉まで来てくれないし

・素敵な一輪の花を活けてくれないし


数えるときりがないほど、

”当たり前じゃない”すさまじい価値を手にしている。




↓ちなみに楽屋から見えた、縄文時代から?あるというお墓↓


天気も良くて、

場所も良くて(子供たちが運営している学校)。


なんだか、良い一日でした。

 

 

 




幸せは、数えるもの。

身の回りから、1つずつ。


人は勘違いしている時、

「幸せは、求めるもの」

だと思っているようだ。


でも、求めるものは、「今はないモノ」なので、

かなり不毛。


アレが欲しい、もっと欲しい、コレがまだない。


「得たいモノ」は、無いもの。

「求めてるモノ」は、手にしていないモノ。

そして。

幸せは、数えるもの。


「数えるもの」は、既にあるもの。

 

 

 




幸せは、数えるもの。


カレーは「食べるもの」

フォークは「刺すもの」

うんこは「拭くもの」


それぞれに、それぞれの本当の機能が潜む。





幸せは、数えるもの。

何度も忘れそうになるけど、

常に覚えていたい言葉だ(いまできた言葉だけど)


良い一週間を。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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▼この記事を書いた人 Writer's Info

さとうみつろう

日本の作家・ミュージシャン。高3の長男コクトウ君、中2の長女ザラメちゃん、小1の次女ミリンちゃんの3児のパパ。石垣島で生まれ中学は大分県、大学は北海道。社会を変えるためには「1人1人の意識の変革」が必要だと痛感し、大手エネルギー企業から独立。本の執筆や楽曲の発表を本格化し、初の著書がシリーズ累計30万部のメガヒットを記録。10代の若者を中心に多くの支持を集める。ところ…

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