感情に良い悪いはないって言いますが、
どうしてもネガティブに関してはなかなかそんな風に思えない方も多いんじゃないかと思います。
ブログに何度か書いてますが、
私は『怒』に対してはずっとダメだと思ってきました。
育った環境がだいぶ影響しています。
DVの父親だったもんですから、怒ること自体がダメなことだといつの頃か思ったんだと思います。
父みたいなクズにはなってはいけないと思っていました。
私は、『爆発する』という事を大人になるまで記憶している限りした事はありません。
小さいイライラや、ムカつくな〜という感じの小さいものはもちろんありましたけどね。
父と自分は違うのに、『怒り』という感情を通して、随分苦しみました。
私はDVでもありません。
しかし、
怒る🟰父ってなっちゃってるから、ちょっとムカつくと、私はまだまだだなとか、心が狭いとかそんな風に自分にダメ出ししていました。
一部では、親がDVなら子供もDVになる傾向が強いと言われているようです。
そういう場合もあるかもしれませんが、
それも決めつけだよなってホント思う。
その経験がない方がそのような事を言っていることが多いような…
それを聞いたり見たりした一部の人がまるっと信じてそう思い込んだり、DV親の元で育った方なら自分も同じようになるんだって思い込んで落ち込んだりあるかもしれません。
私は弟がいますが、弟もDVではありません。
私達はとても傷ついて育っていますが、
だからこそ、その経験が違う形で良い面に育っていることもあるといえばあるんですよね
ここからは『喜怒哀楽』について。
まずは、ポジティブと言われている
『喜』
喜んだ時、いちいち何で自分は喜んだんだろう?って考えなくないですか?
喜んでしまったって落ち込まないですよね。
『楽』
楽しいなって時、なぜ楽しいのだろう?
楽しんじゃいけないって思わないですよね。
次は、ネガティブと言われてる
『怒』
怒りが湧いてきた時、怒った時、
怒りすぎたかも?
どうして怒っちゃったんだろう?
言い過ぎちゃったかな?
そんな風にいけないことをやっちゃったって思いません?
『哀』
哀しんではいけないとは思わないでしょうが、哀しみが長かったりクヨクヨしてると、無理矢理ポジティブになろうとしませんか?
または誰かにいつまでそんなんでいるの?しっかりしなさいみたいな感じで言われたり。
どれもただの感情ですが、
そのまま感じていいはずなのに、『怒』と『哀』はダメな事に感じます。
怒りの感情、哀しみの感情はジャッジしちゃったりする。
『喜』と『楽』はジャッジなし。
『怒』と『哀』はジャッジあり。
全部、ただの感情なんですけどね。
これって、周りの大人からそう学んで来たからいつの間にかそれが当たり前になっちゃってたのかもしれません。
怒ることに対して、そんなんじゃダメでしょ!とか心を広く持ちなさい的な事を言われたり、
泣いてたら、泣かないの!とかいつまでメソメソしてるの!と言われたりして、ダメな事なんだ〜って認識に無意識になっていったんだと思います。
一言、
『そっか〜、〇〇ちゃんは嫌だったんだね、ムカついたんだね』
とか
『悲しいんだね、泣いていいよ〜』って言われていたら、『怒』と『哀』の感情はダメだとは思わなかったかもしれませんね。
感情に良い悪いはない。
ただの感情。
どの感情もそのまま感じていい