(ひとしずく・終末論に関する諸問題-169<iii>)~艱難期前携挙?~  | sarah‐mercy

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読者からのメール:終末論に関する諸問題-169<iii> 

         【2026年8月15日掲載】

         https://ichthys.com/e-mails.htm からの抜粋翻訳 

                                      返信は、ロバート・D・ルギンビル博士によります 

 

質問 #16: 

こんにちは、ボブ、 

こちらです:  [リンク]下矢印

”再臨は、ダニエル9章にある反キリストとの契約からちょうど7年後に起こります。 

ですから、それが携挙であることはあり得ません。

もしそうなら、その時期をかなり正確に計算でき、

したがって知ることができてしまうからです。 

携挙は、だれも知らず、また決して知ることのできない日に起こるものでなければなりません。 艱難期がいつ始まるのかも私たちには分かりませんが、

それは7年間の契約によって始まります。

人々が「平和だ、無事だ」と言っているその時、突然の滅びが彼らに襲いかかります。

そう言うのは不信者たちであり、艱難期は特に、

そしてただ彼らのために定められたものなのです。 

 

ノアの箱舟を思い出してください。ノアとその家族は、今の信者たちに相当します。

洪水(来たるべき艱難期)は、信者たちがその中で苦しむためのものではありませんでした。

迫害はそれとは異なり、その目的も異なります。

迫害において苦しむのはクリスチャンだけです。

艱難期は不信者のために定められています。

そのようなことは洪水以来ありませんでした。 

(ただし、携挙の後に信仰を持つようになる艱難期の聖徒たちは大勢いるでしょう。) 

私たちは携挙の時に栄光のからだを受けます。

一瞬のうちに、私たちは変えられるのです。 

それが間もなく起こり、あなたもそこにいることを願っています。 

あなたはかつて、この問題について正しく信じていました。

ほかにも多くのことについて、あなたは正しいです。 

神があなたを祝福してくださいますように、兄弟。

 

 

私たちの見解が異なるのは、終末論だけだと思います。 

私は、艱難期前携挙と千年王国前再臨を確信している信者であり、

今のところ、それらを捨てるべき理由を何一つ見いだしていません。 

これらの教えは、私の信仰を大いに励ましてくれます。 

私は、これらのことは初代教会で教えられていたものの、

カトリックが教会を支配するようになった時に捨て去られたのだと考えています。

ダービーがこの考えやディスペンセーション主義の基礎となる要素を

考案したのではありません。彼はそれらを取り戻したのです。 

カルヴァン主義もカトリック教会も、それらを否定しています。

どちらも間違っています。

ある面では、宗教改革はカトリック教会の異端に対する行き過ぎた反動でしたが、

どちらも初代教会の終末論を回復することはありませんでした。 

私は、無千年王国説と千年王国後再臨説(そして、さらに悪いことに過去主義)のほうが、

実際には異端だと考えています。 

これらはどれも信仰にとってはるかに危険であり、

再臨と黙示録全体を事実上霊的なものとして解釈することによって、

霊的な油断を助長します。

(私は、黙示録は彼らが教えるよりもはるかに文字どおりに理解すべきものだと信じています) 

 

携挙は再臨とは別の出来事です。

なぜなら、聖書における両者の描写が異なっているからです。

(私たちは引き上げられて空中で主に会い、その時から後はいつまでも主と共にいるのに対し、再臨では主が地上のオリーブ山に来られます)

また、この出来事の日や時はだれにも分からないからです。

(携挙はいつ起こってもおかしくないのに対し、

再臨はダニエルの第70週の終わりに起こることが分かっており、

そこには正確な日数が示されています) 

したがって、携挙の時を計算することはできません。

 

一方、再臨の日はかなり正確に計算することができます。 

聖書は、携挙と再臨が別々の出来事であり、実際に起こる様子もまったく異なることを

明確に裏づけています。 

私たちが引き上げられて空中で主に会い、その5分後にまた地上へ戻って来るというのは、

まったく理にかなっていません。 

さらに……聖書は、私たちは御怒りに定められてはいないと述べています。

また、携挙はノアの箱舟の予型であり、同じ目的のために、

まったく同じように働くことを示唆しています。 

艱難期(それまで歴史上起こったどんなことよりもはるかにひどいもの)の唯一の目的は、

不信仰な世界を罰することです。

信者がそのような激しい御怒りを受けるように定められていないことは明らかです。 

私はこのことを固く確信しています。

聖書がそれを明確に裏づけているので、そう信じないわけにはいきません。 

 

 

聖書は、あなたの教理を非常によく裏づけています。

私はいつも、もし見かけ上の矛盾があるなら、それは解釈がどこか間違っているからだ、

と言っています。 

私たちが信仰を養い、それを生きたものとして保ち続ける限り、

救いを失うことを恐れる必要はありません。 

問題なのは、私たちが犯す過ちではありません。

大切なのは、あきらめないことです。 

今日私たちが目にしているものの多くは、カルヴァン主義と深く関係しています。

それが五特質のうち一つだけを受け入れるものであれ、五つすべてを受け入れるものであれ、

同じことです。 

カルヴァン主義は、アウグスティヌス主義を装い直したものにすぎません。

マニ教的なグノーシス主義の異端です。 

神があなたを祝福してくださいますように、兄弟。 

 

 

返信 #16: 

あなたの弁明には非常な熱意がこもっています。

私は以前にも、この問題について携挙説を支持する人たちに

同じような熱心さがあることに気づいてきました。

ローマ10章2節

これは「強く主張しすぎる」という類のもので、もし私自身の経験が参考になるなら、

自分でもその立場の根拠が非常に弱いことを分かっていながら、

ほかの人たちを納得させることができれば、自分自身も安心できる

というところから来るものです。

というのも、私もかつてはこの誤った教理を信じていたからです――

自分で真剣に聖書を読むようになるまでは! 

 

あなたが聖書の聖句を一つも引用していないことに気づいています。

それも無理はありません。

なぜなら、艱難期前の復活を教えている聖句は、聖書には一つもないからです。

聖書における復活についての記述は、すべてキリストの再臨と結びついています――

なぜなら、復活が起こるのはその時だからです。

 

教父たちの言葉を釈義することを考える前に、

(これほど意味のない作業を私はほかに思いつきません)

まず、このことについて私たちのが何と言っておられるかを見てみましょう。 

 

「しかし、その時に起る艱難の後、たちまち日は暗くなり、

 月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、

 天体は揺り動かされるであろう。

 そのとき、人の子のしるしが天に現れるであろう。

 

 またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、

 人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。

 

 また、彼は大いなるラッパの音と共に御使たちをつかわして、

 天のはてからはてに至るまで、四方からその選民を呼び集めるであろう。」

マタイ24章29-31節) 

 

これを、聖書のほかの箇所で預言されている超自然的な暗闇

イザヤ13章9-13節34章4節60章1-3節エゼキエル32章7-10節

ヨエル2章2節10節31節3章15節ゼパニヤ1章15-18節ゼカリヤ14章6-8節

マタイ24章29節マルコ13章24-25節使徒行伝2章17-21節黙示録6章12-13節

と比較し、さらに、御使いのラッパが復活を告げる第一テサロニケ4章

その他の復活の記述、第一テサロニケ4章16節第一コリント15章52節参照)

 

そしてここにあるそのほかのすべての細部とも比較してみれば、

聖書における復活の描写はすべて互いに一致していることが分かるでしょう……

そして、それらがすべて再臨と結びついていることも分かるでしょう。 

 

以上が要点を簡潔にまとめたものです。

さらに詳しく調べたいのであれば、以下にいくつかリンクを挙げておきます――

しかし、マタイ24章だけでも十分です。 

 

終末論に関する諸問題CXXXII」 

終末論に関する諸問題 XXIV:『携挙』その他<英文> 

艱難期前の『携挙』:いわゆる『切迫性』その他の誤った根拠への反論<英文> 

艱難期前携挙という偽りの教えの危険性<英文> 

携挙はいつ起こるのか?<英文> 

Parousia(パルーシア)<英文> 

艱難期前携挙説の起源と危険性<英文> 

携挙はない<英文> 

信仰を脅かす三つの偽りの教理<ペテロシリーズ#27> 

艱難期前携挙に置かれた誤った信頼<英文> 

小羊の花嫁の復活(来たる艱難期第5部)<A4版印刷本「来たる艱難期第五部」の94頁-> 

艱難期前『携挙』という誤謬を退けるべき理由<英文> 

 

イエスにあって、 

ボブ・L. 

ーーーー

 

続く下差し

 

 

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私達が主の御声を聞くことにおいても成長できますように。

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兄弟たちよ。

わたしの心の願い、彼らのために神にささげる祈りは、

彼らが救われることである。
 

 わたしは、彼らが神に対して熱心であることはあかしするが、

その熱心は深い知識によるものではない。
 なぜなら、彼らは
神の義を知らないで、

自分のを立てようと努め、

神の義に従わなかったからである。
 

 キリストは、すべて信じる者にを得させるために、

律法の終りとなられたのである。

(ローマ10:1~4)

 

感謝します

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先日、だんだんと自転車も慣れてきたので

買い物で、坂道のあるところのお店まで行ってみると、

次の日、両足が筋肉痛で、ぷるぷるショック

家での階段の上り下りもやっとこ…

関節の痛みではないので、夜ウォーキングも行ってみる

道路を渡る時も、小走りしたいけど、ガクガクぐすん

 

使っていない筋肉はすぐに落ちてしまいますね

痛くなったけど、鍛えられると筋肉は強められ

次に同じ坂道を上っても楽に上ることが出来るようになります

 

少しづつ、ゆっくりでも

強められますように…信仰も

お祈りしますお願い

 

 

坂を下りると向日葵が出迎えてくれるよ

ヒマワリヒマワリヒマワリ

 

 

キバナコスモス

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             にゃーはんぺん  きくらげネコ

今日もありがとう~ラブラブ