私の育ちと宗教観について
紐解いています。
想像以上に言いたいことが
溜まっている理由は
どこかでいつも
これって言ってはいけないんだ
って思ってたから。
何でだろうね。
親孝行的な考え?
世間と外れてるから?
今でも
言ってはいけない
やってはいけない
って思いが根深くあるのを
時々見つけては驚愕する。
書きながらひとりで泣いてたら
ダンナと子どもがケンカする声。
カレー作りたくて散らかす子どもと
腹減って苛立ってる彼。
ダンナを部屋に追いやり
子どもと一緒にカレーを作ってたら
結構おいしいのができた。
私、子供に教えるの上手いし
合間に副菜作ったりもして
私すごいじゃん
て思えた。
大人より子供の相手する方が楽なのは
まだまだまっすぐで裏がないから。
コンディションの悪い私に
子供の存在は優しい。
海や木や花みたいな
自然と同じ優しさで
だっこすると素直に喜んで
あーママ〜![]()
って少し赤ちゃん返ってくれる。
そして彼はいつも
めちゃくちゃ楽しそう。
ゆっくり泣かせてくれよ!
とか思うこともあるけど
家族は気分を変える
きっかけをくれる。
子どもいてよかったし
一緒に住んでくれる人がいて
よかったと思う。
そしてこどもにとっては
宗教より学校の先生より
親の影響力が大きくて
我ながら驚く。
言葉がメッセージなんじゃない。
存在がメッセージ。
在り方がメッセージ。
態度がメッセージ。
親に対して
あんた間違ってるよ!
と思いながらも
間違ってると思ってた母を
心の中に飼ってしままた自分に悩まされている。
もう何十年も経つのに
まだ解き放てないでいるんだよな
目の前にもいないのに。
今でもそんなに影響されてる自分にも
絶望するけど
体の状態やお天気で
フラッシュバックしてくる。
ショックだ。
強くなりたい、と思うのは
親や周りをガン無視して
自分のかすかな直感に従う強さを欲しいんだ。
私は負けてばかり。
また今も負けそうで
夜中にジタバタしている。
だけど目の前の子どもは
可愛く成長してて
ママ、エロスって男?女?
などと聞いてきたり
siriとしりとりして負けて悔しがったり
いきなり踊り出したりしては
私を笑わせてくれる。
私を傷つけた親はもう、いない。
でも、傷ついた過去の私が
あの時傷ついたよ
こんなに嫌だった
辛かった
悲しかった
慰めて
って、私を追いかけるみたいにあらわれる。
恐怖を斬り、斬って斬って斬って
大丈夫、私は大丈夫
あなたは悪くないよ
悪くないよ
もう怖いものはないよ
すぐに立ち上がれなくてもいいよ
寝たままでもいい
何もできなくてもいい
役に立たなくてもいい
大丈夫、大丈夫
だってほら
そのうち絶対に立ち上がるってこと
私は知ってるからね
そうやってひとりで会話を続けてる。
夕方になり
家族のわちゃわちゃに和まされて
少し元気になってまた
一人の夜を迎える。
少しずつ少しずつ
私は私を取り戻す
鬱っぽくて何にもしたくないけど
何にも残せない自分が悔しくて
ギター弾き語りを始めました。
今日で5日目。
Facebookライブにしてみた。
この燃えたぎる苦しさは
明日も続くのか
…歌ってるうちに意味をなさなくなり
ただ気持ちよく声を出す
いい感じに歌えるように
ギター間違えないように集中する
歌って素敵。
いつか自分の曲、作ってみたいな。


