最近、SNSで

高校の先輩とやりとりするようになって

すっごく嬉しかったのです。




在学中はちゃんと話したことがなかったけど、私の発信に興味を持って連絡くれたのが嬉しかった。



私たちは


パーフェクトリバティ教団、

通称PL教団という宗教法人の高校

PL学園定時制の生徒でした。






ちなみにわたしは10年前に退会。


ほんとは20歳になったら

やめようと思ってたんだけど

(親が生まれたと同時に問答無用に入れたから)



やめるまでさらに10年かかりました。




何で今更

この話をしようと思ったかというと



先輩が手紙と一緒に

教えに関する本を送ってくれたのよ。



で、一応パラっと読んだんだけど

もはやちゃんと読めないの爆笑



先輩に、届いたよ、ありがとうの

メッセージだけを送るつもりが



PLに対する愚痴や疑問が

どんどん湧いてきちゃって



うわっ、これはヤバいなと思った。



…自分の中に消化されていない感情が

渦巻いてることに気づいてしまった。



投げる相手間違ってる、と思ったから

自分の場所できちんと言葉にしようと思いました。



宗教の話はしたくないと思って

極力避けてきたけれど

もう思ってること全部出そうと思う。



「宗教」って言われても

生まれた時からドップリで育ってるから



語らない方が不自然なわけで

私にとっては「サッカー」より親しい爆笑



これなくしては自分の価値観を語れないし、理解されないだろうと思う。



別に文句じゃなくて

ただ感想と観察結果を言いたい。



そもそも宗教って

幸せになりたくて信仰してるはずなのに、



憧れるほど幸せそうな人が女の人って

全然見当たらないし

むしろ不幸自慢多め!



辞めてから、子ども産んでから

もっと色々分かってきたから

自分的に解説をしたいのは



女が宗教で

幸せになれない理由。



ですね。その前に



「自由に生きること」より

「いい子ちゃんで生きること」を

優先しがちな宗教二世は多い。



または、反発から変な方向に行く

…別の宗教にハマる…

って人も一定数いるんだよね。



遅すぎる反抗期みたいな言葉を出すのは

私が私のままで幸せになる決意表明です。



知人友人親戚親…関係者が多いから

自重してたし


宗教の話をすることは一般的に

よろしくないと思ってたけど



人に気を遣うことにも

飽きちゃった。



そもそもおかしいのが

「パーフェクトリバティ」って

完全なる自由を名乗る教団の人たちによって



わたしは自分の自由について

文句を言われすぎてきた。(親や親戚)



めんどくさいから言い返してこなかったけど、今度は言わない自分がめんどくさくなってきたし



それすら、

不自由を自分が選んでいたんだとに気づいたら


ちゃんと自分の意思で自由を選ぼう!

って思ったよ。



もうおばさんなんだから

自分の経験や価値観を

自分の言葉で表現できなきゃ、大人じゃないしね。



というわけで、前置きも長いし

シリーズも長くなるけど

思いっきり書いてみるね。 



………


先輩は高校卒業後、

わりとすぐに結婚したらしいとは聞いてた。

でも25年くらい前のこと。



学年で一番頭が良くて

学年で一番の美人だった。



ダサくて勉強に興味のない私とは

縁がなかったけど同じ部署では働いていた。

(チームは違ったけど)



私は物心ついたときからすでに会員で

母が熱心だったので

教会に入り浸って育った。



小さな支所で

一般会員のおじいさんが


「先生」と呼ばれながら

会員さんたちに教えを説いていた。



大人になってから分かったのは

先生と呼ばれるそのおじいさんは

正式な教師ではなかった。


PLの教えに助けられ惚れ込んで

自分も悩みのある人の相談に乗っていたみたい。


で、私が学園に入ってからなんと

その先生のお孫さんと同級生になるという因縁びっくり



しかも優秀な彼女と私

ソリがあわなくて、まぁ色々あった、

わたし、性格悪かったし。

…あ、今もか。



宗教関係なく、

高校生の女子が寮で共同生活して

仕事も一緒って、どう考えても地獄なわけです。



先輩後輩一緒の部屋だし。



母親と折り合いが悪すぎて

一緒にいたら刺し殺してしまいそう…



という理由でここに進学を決めた私は



家から出られる上に高卒資格も取れる

寮だから家にほとんど帰らなくていいって

最高❗️爆笑



て思ってたから 

やめたいとは思わなかったけど



特に一年生の頃は

なかなかキツイ日々だった。



でも、いい社会勉強だったし

20年も経てば、いい思い出も蘇ってきて

ほんと、珍しい体験したなって思う。




さて、うちの母は

支所でおじいさん先生の手助けとして

会員さんのお世話などをしていた。



本当の意味での

ボランティアだった。



「PL」といえば、その頃野球で有名だった

「PL学園」に進学したわけだけど



ネームバリューはあっても

どんな宗教でどんな教えなのかは

今も昔もほとんど知られていないと思う。



そもそも宗教法人だってことすら

知らない人も多かった。



「宗教」という概念を知ってからは

カルト的ではないけれど

啓蒙的だなと思ってた。



あと、基本の教えは自由でいい感じなのに

解釈の世代間ギャップがひどい。

→年寄りの男の解釈が不自由すぎて闇



子ども産んでからはさらに


「女には全然向いてない。。」


と痛感。

これは「教え」より「教え方」とか

「教会組織の在り方」が


時代に間に合っていなかったのだと思う。

ま、教会運営してる人が年取ってるし

時代の変化を感知できないのだから仕方ない。



だって、よほど悩みとご縁のない限り

宗教の教会になんて行かないもん。



私は「教え」というもの意識する前から

内から色んな景色を見てきたから

ずーっと観察してた。



「教え」を吟味して

自分で選んだわけでもないのに



気づいたら入っちゃってて

教えどころか「人生」を考え始める前に

日常生活に教えが複雑に組み込まれるような環境。


…理想を求める大人たちは

言ってることとやってることが違うし



これが正しい!という自分の解釈を

押し付けていることに気づいてなくて

良かれと思ってやってるところがややこしい。



こんな環境だったから

子どもの私には混乱が多かったし

自分の意思で逃れようもなかった。




親が宗教の教えを利用して

子どもを無意識にコントロールしちゃうんだよね、無意識に。


よかったのは、矛盾を感じながら

それを主張しにくい環境にいたせいで



色んなものを言い表す

的確な言葉を探すクセがついた。



頭の使い方としては

いい修行だったんだろうね。



そんな中で私がわかったこと、まずは



「宗教の教え」と「信仰」と

「活動」は別物だってこと。



学校に入ってより分かったけど

どんなにいい教えのもとに集ったとしても

人って、人なんだよね。



高校で一番盛り上がるのは恋愛沙汰だし

エリア内でも恋愛

気づけば教会でも

教師に相談していた妻が疑似恋愛!



って、結局発情には勝てんのか真顔

て思う。



善し悪しではなく

人間が集まると社会ができる。



いくら教えが良くて分かってても

合わない人とは合わないし

人に合わせられない人もいる。



人ってほんとにそれぞれだから

組織が大きくなればなるほど

違うものになっていく気がする。



また、そこで「先生」をしている人は

世間離れしている人が多く



天才、変わり者、自閉症…



そんな人たちの集まりだった。



だけど宗教って多かれ少なかれ

そういうものかもしれない。



みんな社会で普通に生きていくのが

ちょっとだけ辛くて


もっとなんとか平和に気持ちよく

心穏やかに暮らせないものだろうか…



って追い求めて

ここに辿り着いたんだろうなって

今では思う。



話は変わるけど



二世と意識しなくても

当たり前のように

宗教的価値観にふれて育ち

進学した私の致命的なところは



親不孝してはいけない。



って思っていたところ。

その親不孝=親の言うことを聞かない



って単純な解釈なところが問題で。



だって、変な親の言うこと聞いてたら

変な人にしかなれないじゃん!



ていうか他人の言うこと聞かなきゃって

思ってる時点で

自分の人生なんて生きられない。



商品と同じでいつだって

親よりも子どもが最新でしょ?



自分の頭で考えずに宗教に依存するような親の言うことを聞がなきゃ、と思うことで


私も変なところ

保守的にならざるを得なかった。



って、これは言い訳。

そう、わたしはただの言い訳上手になってしまっただけ。



こうなるともはや宗教関係なく

親との関係。

親って宗教よりも影響力ある。


宗教の教えを使いつつ育てられてるから



親に反抗すること=神に逆らう



みたいな感覚がどこかにあって

思い切って反抗しきれなかったのが

本当に良くなかったなぁと思う。



だから今、

何度目かの反抗期をやってるわけです。



ところで教団の体制としては

来るもの拒まず去るもの追わずで、



やめます、と言えばやめられる。



だけどそこで育っちゃってるし


そもそも親が心配だから

「教会に行け」って言ってくる。



日本全国に教会があるから

教会にさえ出入りしていれば安心だと

親は思ってたみたいでね。



辞めてやる!



と思った勢いでやめればよかったのに

親にお金出してもらった手前

教会には行かないと…



って気持ちでわたしは

30近くまで、やめることができなかった。



やめることすら面倒で。



どんなにステキな教えだとしても

自分で選んでいないものにとらわれて

親のためにやめる決心もつかないなんて

もはや悪縁以外の何者でもない。



思えば出て行く扉はいつでも開かれていたのに、私は鎖に繋がれたように、出て行くことができなかった。



鎖とは、幼い頃から浴びるように聞かされてきた「教えの数々」。



でもそれは

落ち着いて考えてみれば

教えでもなんでもない



大人たちが取り沙汰してきた

間違った解釈の鵜呑みでしかなかった。



私は自分の責任で

自分で考え自分で発言し

自分で行動する



そんな、人間として当たり前の

「自分自身」を見失っていた。



自分の頭で心で決められないなら

死んでるのと同じ。





宗教の話をすることは

よろしくないと思っていた。



でも、もういっか!



と思えた大きなきっかけは

おっしーの死、でした。



しばらく続きます。



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ともこ