やっと『マイケル』観てきました。
マイケル・ジャクソンの幼年期から「KING OF POP」と呼ばれるようになるまでを描いた一代記です。
私はシンプルに娯楽作として楽しみました。100%事実どおりではないらしいですけど、あまり目くじら立てても…と思います。知らなかったことも多くて「へぇ、そうだったんだ!」という気づきもたくさんありました。
一つ感じたのは…「音楽と人種」について。かつてのアメリカでは、「黒人が作る音楽は黒人しか聴かなかったし、白人が作る音楽は白人しか聴かない」という傾向があったと思うんです。例外はあるにしても。
この映画でも、MTVでは1980年代になってもマイケル・ジャクソンのビデオを流さなかったというエピソードが出てきました。その垣根は、いつ誰がどのように壊していったんだろうと思ったんです。ジミ・ヘンドリクスあたりの存在も大きかったのでしょうか。ちょっと古すぎるかな。
でもジャズといえば黒人だし、ロックといえば白人男性。そしてクラシックの世界ではアフリカ系の演奏家や指揮者って、みかけないですよね。ソウル・ミュージックなんかはアフリカ系の人だけのものみたいだし。(超ざっくりな言い方お許しください)
とてもナイーブな問題ですが、このあたりをテーマにした映画があったら観たいなと思いました。
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そして「私とマイケル・ジャクソン」について、ちょっとした縁があることにも気がついたので、書いておきますね。
■『ABC』がヒットしていた頃をリアルタイムで知っています。
ジャクソン・ファイブの最初のヒット曲といえば『ABC』。映画の中でも登場しました。
私、これが日本でシングルヒットしていた時代を生で知っているんです。
1970(昭和45)年、私は14歳で中学2年生。外国のポップスに興味を持ち、ラジオから流れてくる「洋楽のベスト10番組」を欠かさずチェックして、自分なりのヒットチャート↑を作っていたんです。「BEST―10」でなく「BESTO―10」と書いちゃうあたりが。、我ながらいじらしい
これ、50年以上も大事に保存してありました。私は14歳あたりで既に「オタク気質」を十分に発揮していますねぇ。うん。よしよし。クラスでこの話題についてきてくれるやつなんて誰もいなかったっけ。
そのヒットチャートの5月~6月頃を見てみると…
ね?ジャクソンファイブの『ABC』が出てきています。サイモンとガーファンクルの『明日にかける橋』や、ビートルズの『レット・イット・ビー』と同じ時期にヒットしていたんですね~。映画の中では『ABC』が『レット・イット・ビー』を追い落として1位になる場面もありましたよね。
余談ですが、1970年といえば私の生きていた範囲では、まだ「ロック」という言葉は日常的ではありませんでした。洋楽はあくまでも「ポップス」でしたね。軽くて聞きやすい、シングルヒット狙いの音楽。なので、私にとってもビートルズは「ヒット曲をたくさん出すバンド」というイメージしかありませんでした。
私がはっきりと「ロック」を意識し始めたのはそこから2年が過ぎて、1972年、レッド・ツェッペリンやディープ・パープル、ELP、ピンク・フロイド、キング・クリムゾンなんかを聴くようになってからです。このへんについて書くと本が1冊できてしまうので、それはまた。
■マイケル・ジャクソンがCMに出ていた原付に乗っていました。
私は20歳ぐらいの頃に初めて50㏄の原付バイクを買いました。それはホンダの『ロードパル』というもの。ソフィア・ローレンが出たテレビCM「ラッタッタ」で有名になったやつです。
でもあまりにも非力なので、2年ぐらい乗って買い替えたのが、当時新発売だったスズキの『ラブ』というバイク。なんとそのイメージキャラクターがマイケル・ジャクソンで、CMにも出ていたんです。
私が『LOVE』に乗っていた頃の写真がなくて残念。でも、「マイケル・ジャクソンがCMに出ているから」というのは、このバイクを選んだ理由ではなかったですね。まぁ、なんとなく…でした。
私は上の写真と同じ赤い『ラブ』を数年乗ってバイクを卒業し、自分のクルマに乗り換えたのでした。
■「生マイケル・ジャクソン」見ました。目の前で!
マイケル・ジャクソンが初めてソロで来日したのは1987(昭和62)年の『Bad Tour』でした。
Wikipediaによると、日程はこんなふう↑でした。横浜スタジアムで5公演もやってる。後楽園球場では3日間なのに。さすがに当時の横浜はマイケルの話題で持ち切りだったような記憶があります。
横浜市内(磯子区)の会社に勤めていた私は、横浜スタジアムでコンサートがあった日の夜8時頃、残業を終えてから後輩を誘ってクルマでスタジアムまで行ってみました。クルマ通勤だったんです。「チケット無いけど、とにかく行ってみようぜ」という、まったくの野次馬感覚でした![]()
会社から横浜スタジアムまで20分ぐらい。着いてみると、音はガンガン聴こえます。ドームではありませんからね。しかもスタジアムの周りをぐるぐる何周もクルマで走っていると、とても良く聞こえる場所と、そうでない場所の違いがあることが分かりました。
JRの線路とは逆の日本大通り側のほうが、スタジアムのすぐ横がビルなので反響しやすかったようです。なので私たちはそのあたりにクルマを停めて窓を開けて、しばらく聴いていました。『ビートイット』が聴こえたことをよく覚えています。
しばらくするとコンサートが終わったような雰囲気が伝わって来ました。同乗していた後輩の一人が「帰るところ、見に行きません?」というので、クルマは路上駐車して行ってみました。バックスクリーンの裏側あたりに人だかりが出来ていたのでその辺にいたら…出てきました!
たしかハイエースだかライトエースだか、そんな感じのクルマだったと思います。今ならアルファードとかヴェルファイアあたりなんでしょうけど、当時はそんなもの。
しかも驚いたのは、ファンが待っている側のドアだったか窓だったかを開けて、マイケルがファンに手を振りながらスタジアムから出ていくんです。そしてそのマイケルにスポットライトを当てる係の人がちゃんといるじゃないですか!
クルマの外からライトを当てていたのか、車内にライトがあったのか、記憶がはっきりしないのですが、とにかく「出待ち」しているファンにもちゃんと顔を見せながら帰るマイケル・ジャクソン。私は「やっぱり世界のスーパースターは違うな」と、しみじみ感動したのでした。
ちなみにこの時の私とマイケル・ジャクソンの距離は30mぐらい。生涯でマイケルにいちばん近づいた瞬間でした
■赤坂見附のマイケル・ジャクソン?
私がいまの派遣先で働くようになって12年ほどたちます。遅番だと仕事を終えて赤坂見附の駅に着くのが夜10時ぐらい。そして、ずーっと気になっていたことがあるんです。昼間はいませんが、夜になると「何か」が出て来る。こんなふうです↓ 場所は赤坂見附の駅を出てすぐの「エスプラナード通り」。
どうみてもマイケルですよね。私ははじめのうちは遠くから見て「人形か銅像のように見せかけて、実は人間」というパフォーマーかなと思っていました。
でも、どうやら違う感じ。この記事を書くために、数日前の夜に確かめに行ってみたんです。
ははぁ。どうやら「鶴千」というお店が、人目を引くようにマネキンを出しているみたいです。看板を読むと「70年代80年代の音楽が楽しめるお店」とのこと。私にぴったりじゃないですか!今度行ってみようかな。
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映画『マイケル』は、続きがありそうな終わり方でしたよね。続編も楽しみ…ではあるけれど、晩年のマイケルはちょっとねぇ。可哀そうな感じだったから、どうかなぁ。
それと、書き忘れていましたが、映画の最後の、ロサンゼルスでの?コンサートの場面。ドジャースタジアムでしょうか。数万人の観客が詰めかけていますが、誰もスマホを持ってないのが新鮮な驚きでした。
1980年代ですから当たり前なんですけど、これが今だったら…海外のアーティストはスマホ撮影OKのことが多いですから、そしたら観客のほぼ全員がスマホでステージを撮ってるだろうなと思うんです。たぶん「聴く」とか「音楽を楽しむ」ことはそっちのけで。そう考えると、それもちょっと寂しいなと思ってしまったのでした。











