マイ誕生日だった8月1日の午前0時。日付が替わって70歳(古希)になる瞬間を走りながら迎えようというおふざけチャレンジの模様を、詳しく書いておきます。前回の記事では使わなかった写真をなるべく使います。
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7/31(金)午後10時過ぎ、仕事を終え、走る格好に着替えた私を、同僚のSさんがロッカールーム内で撮ってくれました。
Sさんもジョギングが趣味の方なんですが、私が「これから夜通しで、家まで50km走る」と言うとものすごく心配そうな表情で「気をつけてくださいね」と何度も何度も言ってくれました。
左足首に巻いているピンクの反射テープは、走り出したら邪魔ですぐ外してしまいました。写っていないけれど左手に小さな懐中電灯を持ち、暗闇でも目立つようにしました。
念入りにストレッチして青山通りをスタート。青山1丁目の交差点を左折して外苑東通りに入り…
乃木坂の駅の真上に立つ、桂由美ブライダルハウス。
東京ミッドタウン。
六本木の交差点まで来ました。左下のピンクがアマンドです。ここを直進して飯倉のほうへ。
途中、右へ折れる路地の途中にイタリア料理レストラン「キャンティ」があります。まさに伝説のお店。レーシングカーのテスト中に事故で亡くなったレーサーの福沢幸雄さん、ムッシュかまやつさん、ティーンの頃の荒井由実さんなどが通い詰めたそうです。
私は上のフロアのカジュアルなスペースでランチしたことが何度かあるだけ。こちらのレストランには一度も足を踏み入れたことがありません。
「生きているうちに一度は」と思い続けて何十年が過ぎました。「スカンディア」にも行けたことだし、そろそろいいかなとは思うのですが、付き合ってくれる人を探すのが大変で…でもいつか実現させたいなぁ。できるかな?
ロシア大使館の真ん前に聳える麻布台ヒルズ。建物の高さが高すぎて、私のスマホではうまく撮れません。
東京タワーまで来ました。工事中の白いフェンスで覆われているのは、足元にあった「うかい亭」が取り壊し工事中だからかな?良いお店でしたけどねぇ。
あと、道の反対側にあったロシア料理レストランも見当たりませんでした。建物のデザインが印象的でしたけれど。
東京タワー下からちょっと戻って、日本最初のピザレストラン「ニコラス」跡~永坂更科の前を通って…
麻布十番の商店街を右に見ながらどんどん行くと…
白金高輪(しろかねたかなわ)の駅前に出ます。私はひと頃、ここに仕事で通勤していました。
そうです。港区役所の高輪支所がここにあって、私はつい数年前に駐輪場の警備員として派遣されていたのでした。
臨時の仕事で、半年も続かなかったような? でも駐輪場は当時のまんまで、ちょっと懐かしかった。
ちょっと行って清正公前(せいしょうこうまえ)のY字路を右へ。ここで国道1号(桜田通り)から分かれて、目黒通りを進みます。
そろそろ午前0時が近づいて来ました。「ああ、いよいよ60代ともお別れか。69歳という『ロックな年』も、あっという間だったな」と思いつつスマホで時刻を確かめながら進んでいくと、ついに0時。目黒通りが外苑西通りとぶつかるあたりでした。
スマホを「スマホ台」に立ててセルフで記念撮影。このあたりは結婚式場で有名な「八芳園」とか、地下鉄「白金台」の駅もすぐ近くでした。
ちょっと行くと目黒駅。JR、東京メトロ、都営地下鉄が乗り入れています。
ここはJR山手線目黒駅の改札口。深夜0時を過ぎていますがこれだけ人がいます。ここから東急バスに乗り換えて帰宅するのかな。
目黒駅を過ぎて、なにやら賑やかな坂を下って行きます。ここは…
はい。権之助坂商店街。安くて美味しくてそこそこの値段で楽しめる、私も好きな場所です。この坂の下に目黒美術館があって、たまに通るんです。
でも「権之助坂」と言えばやっぱり…
漫才コンビ「ツービート」の、ビートたけしじゃないほう。ビートきよしさんがこんなレコードを出しています。
とぎれとぎれの言い訳なんか
冷たい雨音に 聞こえはしなかった
権之助坂を ふたり歩いたのは
もう忘れたはずの あなたの思い出
…まぁ、ド演歌ですね
そんなことを思いながら坂を下っていくと…
目黒通りは山手通りと交差します。この角にあるのが…
由緒ある大鳥神社。私はこの前を通ったことは何度もありながら、訪れたことはありませんでした。
これも何かのご縁なので「今日から明日への道中をお守りください」と、お詣りしてきました。
油面(あぶらめん)、元競馬場など印象的な地名が続くこのあたりはお洒落な家具屋さんが密集していて「ファニチャー・ストリート」と呼ばれたりします。たとえばこの日にみかけたのは…
一枚板で作ったテーブルなどを売るお店のショールーム。深夜でも明かりがついていました。
これとか。
こういうのとか。好きな人にはたまらないでしょうね。他にもアメリカで買い付けた中古家具の専門ショップとか、個性的なお店が一時はたくさん並んでいましたが、ちょっと減ったかな?
「ミッドセンチュリー」とか「レトロフューチャー」なんていう言葉がブームになった1990年代の半ば過ぎには、私もこの界隈でずいぶん散財したことを思い出します。
さらに進むと、あっ、そうだ、このお店↓も目黒通り沿いにあったのを思い出しました。
分厚く巨大なステーキが売りの「リベラ」さん。プロレスラーがよく食べに来るらしい。
大食い自慢の方なら、一度は挑戦したいコースでしょうね。私は未訪問です。大食いチャレンジとは別に、いつか来てみたいとは思い続けています。
もう閉店時間は過ぎていましたが明かりはついていて、あたりにはお肉が焼けるいい匂いが盛大に漂っていました![]()
この先で私は右折して、目黒通りと並行する駒沢通りへ移りました。クルマを所有していた頃、横浜と都内を往復するのには第三京浜~駒沢通りを使うことが多かったので、駒沢通りのほうが馴染みがあるんです。
駒沢通りに入りました。懐かしい。前方は東急東横線のガード。
学芸大学の駅の近くに「五本木」と言う場所があります。バブルの頃、「六本木はもう古い。いま一番ナウいのは五本木だ!っていうから来てみたけど、何もないじゃん…」なんていう笑い話があって、からかわれていましたっけ。ホイチョイの『きまぐれコンセプト』だったかな?
まぁ確かに、これと言って何もない住宅街ですねぇ。北の下北沢と南の自由が丘に挟まれた真空地帯のような?ちょっと違うか。
さらに行くと駒沢通りは環七(環状7号線)の立体交差の下をくぐります。ここが柿の木坂。柿の木坂には、印象的な名前の動物病院があって、忘れられません。探しながら行くと…ありました!
印象的な名前でしょう?「ラムジイ」って何なんですかね。私がここを知ってから30年以上になりますが、ずっと続いてくれていて嬉しいです。
こちらの並びには「まちやれ寿司」という、これまた不思議な名前のお寿司屋さんもありましたが、そちらは閉店してしまいました。
いろんな思い出が頭に浮かびつつ、進みます。そして…
駒沢公園まで来ました。
陸上競技場の外観。
陸橋から見降ろした外周のランニングコース。ランナーさんたちの聖地のひとつですね。
私は都内に住んでいた頃、一度だけここまで走ってきて、ここをぐるっと周回したことがあります。皇居に比べるとマジでガチな人ばかりで、ちょっと怖かった記憶が…![]()
公園内の自販機で休憩。この日は沿道の自動販売機やコンビニに何度もお世話になりました。飲んだり食べたりトイレに寄ったり。困ることはまったく無かったです。
特にトイレは「困った時はコンビニが頼り」のつもりだったのですが、思ったよりたくさんの公衆トイレが綺麗に整備されていて、とても助かりました。夜中でもちゃんと使えるんです。さすが東京23区。
駒沢通り沿いには、日体大(日本体育大学)の本部もあります。駅伝が強い「駒沢大学」もこの近く。
さらに、私は忘れていたのですが、駒沢通りにはこのビルもあったっけ!と、思い出しました。
音楽事務所…というか「芸能事務所」ですね。「アミューズ」のスタジオ。アミューズと言えばサザンオールスターズがデビュー以来ずっと所属していますが、他に有名どころというと福山雅治さん、星野源さん、岸谷五朗さん、寺脇康文さん、ディーン・フジオカさん、堀田真由さん、柚希礼音さんなどなど…
ただ、昔はビルの壁に大きく描かれていたアミューズのマーク↑が、今は消えてしまっていたのが残念でした。
と、脱線しましたが本題に戻り、駒沢通りを進みます。アミューズのビルを過ぎると、そろそろ駒沢通りも終わりが近くなって…
環八(環状八号線)にぶつかりました。ここで等々力(とどろき)方面へ左折。するとすぐの場所にあるのが…
「たまび」と呼ばれる多摩美術大学です。松任谷由実さんの母校ですね。卒業生は三宅一生さん、佐藤浩市さん、京本政樹さん、竹中直人さんなどなど。
つい数年前まで古びた地味な外観だったのに、いつの間にか大きなビルに変身していてビックリしました。ユーミンあたりが何億円も寄付したかな?
そんなことを思いながら環八沿いに進むと…
東急大井町線の上野毛駅まで来ました。ここで環八から右に折れて…
とても見覚えのある坂を下ると、右側にあるのが…
作家で故人の吉行淳之介さんが、宮城まり子さんと暮らしたお家です。吉行さんは空の上から「いやぁ、今日はまたとんでもない時間に来てくれたねぇ」と笑いながら話かけてくださったような気がしました。
吉行さんの命日は7月26日。亡くなったのは70歳の時でした。私は心の中で「吉行さんに年齢だけは追いつきましたけど、まだこんなバカなことをやっています。笑ってください」と語りかけました。
そしてそのまま坂をくだり、多摩川のほとりにある「多摩川遊園」という公園に入りました。右を見ると二子玉川方面です。
上流側には、目立つタワーマンションが建っていました。「二子多摩川ライズ」とか「プラウド二子玉川」など、再開発がガンガン進んでいるエリアです。
左下の明るく輝いているのは公衆トイレ。私はトイレをお借りしてから、逆方向、下流のほうへ進みました。
右側は多摩川の土手、左側は住宅地。「玉堤通り」という通りが延々と続きます。土手を登ると深夜でも交通量が多い道路で、多摩川の向こうには武蔵小杉あたりの、林立するタワマン群の明かりが見えます。
途中で住居表示が田園調布に代わりました。「お城か!」と思うような巨大な住宅があるかと思うと、築何十年みたいな古くて小さな住宅も混在しています。「田園調布に家が建つ!」っていうギャグ、覚えてる方はいらっしゃいますか?
午前3時近く、多摩川にかかる丸子橋が見えて来ました!渡ります。渡れば向こうは神奈川県川崎市。
確か橋の途中に「東京都と神奈川県の境界」を示す標識があったような気がしたのですが、見落としました。
ものすごい勢いで急成長を続けている、川崎市の武蔵小杉駅周辺。まだまだこれでもか!というくらい、こういうマンションの建築計画が続いているそうです。
でもなぁ…かつての「○○ニュータウン」が今は寂れているように、こういうタワマン群も70年後ぐらいには寂れてしまうのでしょうか。
武蔵小杉を過ぎ、綱島街道を進む。
「ニュータンタンメン」ってご存じですか?川崎市民のソウルフードと言われています。「担々麵とは別物らしい」とは私も知っていますが、まだ食べたことがなくて。いずれご紹介しますね。まぁコンビニでカップ麺も売られていますけれど。
川崎市と横浜市の境界をいつの間にか過ぎて、東横線の日吉駅まで来ました。もう電車は動いているようです。
日吉といえば、慶応義塾大学の日吉キャンパス。
おお。日産スタジアムや横浜アリーナの名前が見えて来ると、勇気が出ます!
綱島の駅を過ぎて鶴見川を渡りました。東横線の映り込みが撮りたくて、電車の通過を待って撮影。
元住吉から大倉山方面へ。このあたりは平坦で一直線なので、ずーっと向こうまで見えます。こういう景色はランナーにとって意外にキツイです。なかなか景色が変わらなくて、前へ進んでいる感覚が無くなってしまうので。
菊名の手前で東横線の線路と離れて左へ。ゆるゆるした登り坂がしばらく続きます。狭い歩道を進むしかない。
この「狭い歩道」がくせものなんですよね。住宅の玄関とか、駐車場の出入り口なんかには道路との段差をなくすために傾斜がついてて、走っていると微妙なアップダウンを何度も何度も繰り返すことになるんです。
こういう場所とか。ちょっと登って、すぐちょっと下る。
ここも、ちょっと登って、すぐ下る。ふだん歩いていると何にも感じないのですが、汗だくで30km以上も走ってくると、こういうちょっとしたことにイラついてしまいます。
そんなことを考えながら進むと、やっとのことで菊名~大口の「丘越え」が終わって…
国道1号(第2京浜=ニコク)にぶつかります!
国道1号に出て右を見ると、一気に空が開けてみなとみらいのビル群が目に入ります。
国道の横断歩道を渡り、跨線橋を渡って…(写真はJRの京浜東北線、上野東京ライン、横須賀線、湘南新宿ラインなどの線路)
さらに京浜急行の踏切も渡ります。ここは神奈川新町の駅。
海が見えて来ました!実はこのルートはちょっと遠回りで無駄足なんですけど、どうしても海が見たくなってしまったんです。
横浜マラソンを走った方なら覚えてますよね?スタート後にランドマークタワーから来た道を右折して、このガード下をくぐって、中央市場の横を走って突き当りをまた右折すれば…
みなとみらいのマンション群とカハラ・リゾートホテル。そして臨港パーク。ここで左のほうを見ると…
遠くにベイブリッジが見えています。この景色が見たかったので、もう満足。プロパーのコースに戻ります。
アンパンマンミュージアムの前を通過。土曜日の朝のみなとみらいには、すれ違うランナーさんがたくさんいました。「私は昨日の夜に赤坂見附を出発して、夜通し走っているんです」と一人ひとりに言いたくなりますが、そうもいかず
そんなの、言われたほうも「はぁ…?」としか言えなくて迷惑でしょうしね。
高島町のガードをくぐり、戸部のあたりでコンビニに寄って朝ごはんにしました。今回の50kmジョグでは、給水は10回以上、自販機やコンビニで何か買って飲みましたが、途中で食べたものは、菓子パン2個と、このスパムおにぎりだけ。食欲はほとんど起きなかった記憶があります。(塩分とミネラルのタブレットは5回ほど補給しました)
このスパムおにぎりも「食欲はないけれど、このあたりで何か食べておかないとまずいのでは?」と思って食べたもの。「三浦みちくさウルトラ」を初めて走る時、経験のある方から「後半になると固形物が食べられなくなるから、前半からしっかり食べたほうがいい」というアドバイスを頂いたことを思い出しました。
スパムおにぎりは特に問題なくのどを通ってくれましたが、お腹が空いた時にものを食べて感じる嬉しさは特に無かったです。とにかく冷たい飲み物を立て続けに飲みながら進んできたので、胃や腸が異変を起こしたのかもしれません。
戸部から保土ヶ谷のほうへ。ここは箱根駅伝2区のランナーが走る道です。中央分離帯の向こうは復路の9区になります。
保土ヶ谷の駅を過ぎて、保土ヶ谷橋の三叉路に来ました。箱根駅伝のランナーは右へ。横浜市泉区にある私の家も右方向です。
でもガーミンを見るとこの地点で45kmに達しています。時刻は土曜日の朝9時ごろ。家まで走るとまだ10km近くあるし、日差しが厳しくて気温も上がっていくでしょう。そんなことを数分考えて、「家まで行かなくてもいい。50km走れれば満足」と思うことにしました。
看板の左方向、「鎌倉」と書いてあるほうへ行けば横浜市営地下鉄の沿線なので、50kmに到達したらあとは最寄りの駅から地下鉄で帰ればOK。気持ちは折れていないけれど、肉体的にはかなり限界が近いかも?と思っていたので、無理はしないことに決めました。
というわけで左へ進み、井土ヶ谷~平戸桜木通り~弘明寺(ぐみょうじ)と進んで…
この弘明寺通り商店街をまっすぐ抜ければ地下鉄の駅ですが、それでは50kmにちょっと足らない気がしたので距離を稼ぐためにその辺をぐるぐる回り…
50kmに到達しました。やったね!
鎌倉街道に面した、横浜市営地下鉄「弘明寺」の駅前です。生まれてから60何年親しんで来た、実家の最寄駅がゴールになりました。つい2年前まで、ここに住んでいたんです。なんか不思議な気分。
ガーミンによる正式な距離とタイムは、50.10kmを11時間52分23秒。ざっくり言って「50kmを12時間で走った」という感じですね。
給水、食事、トイレ、信号待ちなど、立ち止まっている時間もすべて含みます。2,961Kcalを消費しました。歩数はなぜかうまく測れず。日付が替わってから午前6時あたりまで、スマホの歩数計が動いていませんでした。
ただ全身汗だくですから、このままでは地下鉄に乗れません。私は途中でリタイアしてそこから電車で帰ることも想定していましたので、替えのシャツや乾いたタオルなどはリュックの中に入れて走っていました。なので駅の「ひろびろトイレ」を借りてプチ着替えをして、地下鉄で帰りました。
昼前に帰宅して、まずはシャワーと洗濯。それから洗濯物を干して…ちょっと記憶が曖昧ですけど、とりあえず何か少し食べてから午後2時頃に布団に潜り込み、あっという間に眠ったんだと思います。目が覚めたら午後11時でした。夢はまったく見なかったはず。そんな、70歳の誕生日。
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繰り返しになりますが、夜通しで50km走ったり歩いたりしてみて思ったのは、「6時間でフルマラソンを走るより、12時間で50kmのほうがずっと楽」ということでした。
今年3月の板橋Cityマラソンでは終盤がつらくてつらくて、泣きながらゴールしたし、5月に走った横須賀・三浦みちくさ42kmでは途中でスネのあたりが痛くて限界で、ドラッグストアに寄って湿布を買って貼ったり、しました。
でも今回の50kmは途中で「もう止めたい」という気持ちには一度もならなかったです。身体は確かにしんどいけれど、気持ちはずっと元気でした。やはり「コースをよく知っている」ことが大きかったかもしれません。
今回のコースは、前半の「麻布十番~目黒駅前」あたりを除いては、すべて自分の脚で何度か走ったことがある場所ばかり。クルマでも頻繁に通る場所ですから、景色にはとても馴染みがありました。「この先は、こうなる」と言うことが分かっていると、安心感が違いますからね。
でもそんな中で、日付が替わって私が70歳を迎えた場所は、一度も走ったり歩いたりしたことがない「白金台」というところだったのはとても面白いです。単なる偶然なんでしょうけど、でもなんかね。誰かが導いてくれたのかもしれない。とても新鮮な気持ちで古希を迎えました。
こうして、有難いことに無事にチャレンジは終了しました。でもやっぱり、「真夏に、寝ないで徹夜で50km」は、もうやりたくないです。正直、ちょっと無理過ぎる感じ。
でも後期高齢者になる75歳とか、77歳(喜寿)、80歳(傘寿)、88歳(米寿)、90歳(卒寿)…いつまで生きるか分かりませんが、節目の歳には話題作りを兼ねて、また何かに挑戦してみたいです。
ウケることが大好きな性格はこれからも変わらないでしょうから「しょうがねえなぁもう!」と笑ってもらえるような何かを考えますので、どうぞお楽しみに。
<追記>
多くの場合、古希を迎えるとお子さんやお孫さんが集まって一席設けてくれて、なにか美味しいものを食べてからケーキが登場して、ろうそくをフーっと吹き消して「じいじ、おめでとう!」とか孫に言われておもわずウルウル…って感じなんですかねぇ。
うーん。私はそういう「当たり前のこと」が無い人生を歩んで来てしまいました。それは、まぁ、いいです。
ただ今年はバースデーケーキがないままで終わるのはちょっと寂しかったので…
8/6(木)、休みだったので鎌倉まで行き…
御成通りにある大好きな洋菓子店「チモト」さんで…
「桃のロールケーキ」に、100均で買っておいた数字のローソクを立ててバースデーケーキにしました。
ちょっと周囲のお客さんの視線を浴びて恥ずかしかったけれど、お店のスタッフの方が「小さく拍手」して祝ってくれて、嬉しかったです。ローソクの吹き消しは、無し。
これで私の「古希イベント」は終了します。長々とお付き合いくださり、ありがとうございました。












































































