東京・横浜物語

東京・横浜物語

西麻布に生まれ育ち、現在は横浜に居住する筆者が、
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2019年6月にYahoo!ブログから移行して来ました。

東京・西麻布に生まれ育ち、現在は横浜に居住する筆者が、 東京の山の手地区の昔話や東京・横浜の生活などについて語って行くブログです。 クラシック音楽(特にバロック音楽)、美術館・博物館巡り、能、歌舞伎、文楽、落語などの古典関連の記事が多いです。

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「超マニアックな渋谷の五島プラネタリウムの話」


最近購入した、

「星空をつくる機械 プラネタリウム100年史」

と言う本に、かつて渋谷にあった五島プラネタリウムのカール・ツァイスⅣ型1号機の写真が掲載されていた。


前回の記事ではプラネタリウムそのものに焦点を合わせたが、

今回はドームの地平線部分のシルエットに注目して頂きたい。


五島プラネタリウムの開館は1957年4月1日(昭和32年)だ。


掲載した写真のシルエットは、五島プラネタリウムがあった東急文化会館の屋上から眺めた当時の光景なのである。


これは私の生まれる前の話であり、

私が小学生の頃に通っていた当時でも盛んに、

「この光景は昔の渋谷から見たものであり、

 新宿の高層ビルは京王プラザくらいしかなかった」

と解説員が語っていたが、

現在のSHIBUYA SKYの屋上から眺める光景は全く違う。


地平線も海も見えずビルで埋め尽くされている。


まさに隔世の感がある。


改めて五島プラネタリウム内の写真を見ると、

赤字で書き込んだ部分は、

当時見えていたであろう羽田空港と東京湾となる。


記憶に間違いなければ解説員はそう説明していたはずだ。


そして現在の渋谷は、

掲載したカラー写真の光景から、

さらに、非常に大きく変貌しつつある真っ最中だ。


今の渋谷は1年どころか、

数ヶ月でかなり姿を変えて来る。


街は常に工事中だ。


おそらく日本広しと言えども、

最もモダンで未来的な都市空間が完成しつつある。


この完成される空間はかつての渋谷とは全く違うものとなるだろう。


だが、私達には幸い歴史を記録する習性がある。


その象徴の1つである、

かつて五島プラネタリウムにあった精密機械、

ドイツ製カール・ツァイスⅣ型1号機は、

新しく渋谷に登場している渋谷区民のための施設、

「渋谷区文化総合センター 大和田」の2階に展示されている。


そして五島プラネタリウムのプログラム、

すなわち、解説員による生解説スタイルは、

この施設の12階にある、

「コスモプラネタリウム渋谷」に受け継がれている。


現在のプラネタリウムのほとんどは、

映画のような作りになっていて、

解説員の出番はほぼ無い。


しかし他ならぬ渋谷と言うオシャレ地区で、

人間の生の解説を大切にしているのは何とも楽しい。


文明の進歩と歴史の二極化の中で、

若い世代がスマホを操作しながら、

新しくも古いプラネタリウムに出かけて行く。















「南十字星と渋谷の五島プラネタリウム:カール・ツァイスⅣ型1号機について」


ちょうど今頃の季節になると、

その昔、渋谷にあった五島プラネタリウムを思い出す。


現在のヒカリエが建っている場所にはかつて東急文化会館なるビルがあり、

そこの最上階にはプラネタリウムがあり、

昭和時代においては渋谷の観光名所の1つだったほどだ。


休日になると長い行列が出来ていた。


私は幼稚園児の頃からの筋金入りの天文趣味人だった。


しかし生まれ育ちが渋谷の近くの西麻布だったので、

天体観測と言う趣味には圧倒的なハンディキャップがあった。


だが、そのハンデを埋めてくれたのが五島プラネタリウムだった。


ここは閉館されるまでずっと、

解説員が生で語るプログラムだった。


土曜日の夜7時からの回だけ、

「星と音楽の夕べ」と言う音楽中心のプログラムだったが、

それ以外は基本的に解説員の語りだった。


プログラムは毎月変わっていたが、

基本的な構成は、

先ずは夕方の渋谷の空の様子が映される。


ドームの地平線には当時の渋谷から見たシルエットが描かれていた。

(白黒写真参照)


西の空には太陽があり、星はまだ見えない。


始まると音楽と共に太陽はゆっくりと沈んで行く。


すると徐々に星が姿を現す。


だが解説員によっては直ぐに満天の星空にはしない。


ボンヤリとボヤけた星空で一旦止まる。


ここで解説員はこう切り出す。


「今見えている星空は東京だとせいぜい郊外のものです。

 ここ渋谷だとこうなります。」

と、さらに空が明るくなり星はまばらな悲惨な事態になり、

観客からは「あー」だとか「おー」だとか嘆息が聞こえる。


しかし解説員はここでこう語る。


「ここはプラネタリウムです。

 こんな星空では面白くないので、

 そうですね、信州の八ヶ岳などの遠くの山に行きましょう🎵

 するとこうなるんです!!」

と言い放ち、照明を落とすと、

ドイツ製の精密機械、カール・ツァイスⅣ型1号機は一気に見事な満天の星空を投影する。


ドーム内には「うわーっ!!」と言う歓声が上がる。


そうして月々のプログラムが話された後、

夜明けと共に番組は終了する。


幼い頃の私は毎月毎月通っていた。


すると嫌でも星空の感覚が身体に叩き込まれて来る。


リアルな天体観測場面でも通用する見事なシミュレーションだ。


そしてそれが何年も続くと、毎年春になると、

いつもとは全く違うプログラムが用意されているのに気付く。


それが「からす座」が見易くなる季節のプログラムである。


この地味で歪な四角形の星座は、

日本からだと沖縄の南の島以外ではほぼ観測不可能な南十字星への目印となっている。


南十字星・・・正式には「みなみじゅうじ座」


天文趣味人にとって、生涯を通して一度は見たいものの1つだ。


ちなみにそれは、

皆既日食流星雨、オーロラ、大彗星、南十字星、

一等星全クリア、

と言った感じになっている。


天文趣味人として生きる者にとって、

これらを見るのは最大の喜びであり憧れとなっている。


だがコレらを全て見るのは一生をかけても非常に困難だ。


想像以上にハードルが高い。


南十字星は南半球に行かないと綺麗には見れないからだ。


さて、この季節の五島プラネタリウムでは、

南十字星を見せてくれていたのである。


しかも機械は現在の一球型やさらに最新のデジタル技術のオンパレードとは訳が違う、

旧式の二球型だ。


日本の星空のみを解説する普段の番組では、

南半球はもちろん映さない。


だが、からす座が良く見える季節に、

五島プラネタリウムでは南半球への旅を演出してくれたのである。


解説員は「からす座」の下の、

地平線の下に「みなみじゅうじ座」があると教えてくれる。


そうして、

「これから皆さんと一緒にオーストラリアに行きましょう🎵」

と楽しそうに言う。


カール・ツァイスⅣ型1号機はウィーーーンと言う、

大きな機械音を出しながら反転して行く。


すると北極星の高度がどんどんと下がり、

やがて地平線の下に消えようとする。


解説員はここで、

「今、私達は赤道直下にいます。

 もっともっと南に行きましょう🎵」

と説明してくれる。


しばらくすると、

そこにはかなりの天文マニアでも面食らう南半球の星空が展開しているのである。


全く知らない星々の世界だ。


ここでは見かけ上、星の動き方も反転している。


分かり易く言うと、

北半球では東から西に太陽も星も動く。


これは左から右に動いているように見える。


だが南半球での東から西は右から左となる。


ちなみに高性能な天体望遠鏡には、

星の自動追尾装置があり、

南半球用のスイッチがある。


これを入れると追尾装置は逆回転するのである。


それほど南半球の星座はややこしい。


そうして五島プラネタリウムでは南十字星を魅せてくれていたのである。


だが厄介な事に、天文マニアにとって、

南半球は南十字星だけでは済まない。


南十字星とその周辺の星は春の星座だ。


春には秋の星座がほぼ見えない。


南半球の秋にはエリダヌス座のアケルナルと言う厄介な一等星があり、

有名な大マゼラン雲と小マゼラン雲も秋のものだ。


こうして天文趣味人は苦悩するのである。(笑)


しかしプラネタリウムではどれも見せてくれるケースもあり、

ここはシミュレーションの為せる業だ。


もう今の私は天体望遠鏡も断捨離してしまい、

天文趣味からは離れている。


改めて天文趣味人生を振り返ってみると、

前述の夢と憧れをどれだけ見ていたのか?と考える。


皆既日食→1995年10月24日 タイ

流星雨→2001年11月19日未明 草津山中

オーロラ→未達成

大彗星→百武彗星 1996年3月 ヘール・ボップ彗星 1997年3月

南十字星→1994年頃 オーストラリア

一等星全制覇→1996年頃 アケルナルをマレーシアにて


オーロラを除いて見ていたか。


後はその渋谷の五島プラネタリウムで幼い頃に教えてもらい、

何としても見たいと思っていた、

2035年9月2日の北関東皆既日食がある。


小学生の頃、老いた自分が果たしてこの皆既日食が見られるのか?と思っていたが、

今年はもう2026年。


そう遠い将来でもない。


天文趣味における人生の長さとは一瞬なのだ、と思う。


そしてこの感覚はそう悪いものでもない。


余談:

渋谷の東急文化会館は2003年に閉業した。

五島プラネタリウムは2001年3月に閉館している。

だがもうカール・ツァイスⅣ型も無くなって、

間もなくビルも解体される前、

全く新しいタイプの、とんでもない数の星を映せるプラネタリウムのお披露目が五島プラネタリウムの跡地で開催された。

凄まじい人気だったが、私は運良くチケットを入手し、幼かった娘を連れて最後の五島プラネタリウムを楽しもうと出かけた。

だが幼い娘は暗くなったドーム内が怖くて号泣。

私は残念ながら席を立ち、番組を見る事は出来なかった。

しかしこの時の新型プラネタリウムは別のどこかで見ている。

(どこだったかは失念)

今となっては最後の五島プラネタリウムと最後の東急文化会館はちょっとホロ苦い体験になっているが、

嫌なものでは決してない。





















最近、褒められてる?


やたらと怒られている。


家族は酒が相当嫌いのよーだ。


一本のビールでここまで怒るか?と言うほど怒る。


( ;´Д`)


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「雉子の情けない話( ;´Д`)」


今テレビを見ていたら雉子の写真が出て来た。


思い出した。


昔、伊豆に釣りに行った時のこと。


早く帰宅する必要があったのだが。


例によって伊豆の悲惨な大渋滞に捕まった。


全く動かなくなり、

かなりイライラして来た。


友人が運転していた。


私のイライラを察知したのか、

裏道の登山道みたいなのに入り込んで行った。


かなりの山道だった。


さすがに誰も他に走ってなかった。


すると目の前10mくらいの左の茂みの中で、

「ケーン!!ケーン!!」と警々しい鳴き声が聞こえたと思ったら、

雉子がマヌケな姿で飛び出して来た。


猛スピードで右側の茂みの中に消えたのだが。


妙にカラフルな姿と煩い鳴き声と滑稽な走り方。


こちらが情けなくなり、

余計にイライラが増した。


( ;´Д`)



今夜は寿司だったのでビールを1本買って飲んだ。


すると母が横でずっとグチグチ文句を言っていた。


今、妹から電話があり、

家の用事が入るも飲んだので行けないと言ったら、

激怒。


自宅で酒は非常に飲み難い。


(´・ω・`)



「酒はクセになる( ;´Д`)」


日曜日に昼酒をしたばかり。


今夜は寿司。


つい再び。


糖質ゼロなら少しなら今日だけ。


当面、完全禁酒するか。


まあ、別に医師から飲酒制限が出てる訳でもないし。


取り敢えず、トレーニングを頑張らないと。


(´・ω・`)



「趣味マウントの話:能・歌舞伎・マラソン・登山で頻繁に見られる自慢行為について」


結論:人は分かってないけど語りたい(笑)

 

最近、某サイトで偶然「歌舞伎マウント」の話を読んで、

凄く考えさせられたので改めて書いてみたいと思う。

 

それは映画「国宝」を観て感動した人が、

知り合いに話したところ、

その人物は歌舞伎を「数回(←ここポイント)」鑑賞した事があるらしく、

「映画を観ただけで歌舞伎を知った気になるな。

 (オレ様は)歌舞伎を数回観た事があるんだ!!」

と説教されて腹立たしく思ったと言う内容だった。

 

先ずそもそも大前提として、

私達人間は、

「勝ちたい・達成したい・繋がりたい」生き物なので、マウント自体は本能的に消えない。


これを幸福の三大動機と言う。


「パワー動機」「達成動機」「親和動機」

として知られている。

 

従って、よく否定的に思われがちなマウント行為は、

残念ながら人間の本能として組み込まれてしまっている。

 

だが、この問題は「上手な社交」で充分に対処出来る。

 

マウントで問題行為を起こす人物は間違いなく、

この社交性に大問題があると考えていい。

 

他の達成動機でも親和動機でも問題行動は、

社交性、つまり表現力の稚拙さ、あるいは問題人格により巻き起こされている。

 

特にパワー動機は優劣が問題にされるので、

大問題に発展しかねない危険性が常にある。

 

余程上手く表現しないと人間関係は破綻する。

 

さて、歌舞伎の件を知ったら、

改めて私のかつての趣味と今の趣味にも立派に存在していて苦笑してしまった。

 

それを書いて自分及び他人に猛省を促したい。(笑)

 

先ず、能。

 

これは歌舞伎と同じで、それをさらに厄介にしたヤバさがある。

 

古典芸能趣味はパワー動機のエサとして素晴らしい威力を発揮するからだ。

 

これは教養ハラスメントに直結している。

 

クラシック音楽も同様だと思っていい。

 

オレ様は能(歌舞伎、クラシック音楽なども)を鑑賞している教養ある人間なんだ、

オマエと一緒にするな!!思考回路。(笑)

 

だが、私は中学時代に能の謡を学んでいたのではっきりと断言出来る。

 

「能が好きなんですよね」と言って来る人の90%くらいは、

実は能を全く理解してなどいない。

 

この確率は推測ではあるが、

後述する具体例を知るとあながち間違いではないのが分かるかと。

 

能の理解度は様々な趣味の中でも特筆すべき難解さを誇っているのは間違いない。

 

何度か書いているが、

私の母のパターンが典型例でもあるため、

改めて書いてみたい。

 

母は「私は能が一番好きだ。歌舞伎よりも。薪能はよく観ていた。」

などとよく私に言っていた。

 

5年以上前のまだ芸術三昧時代の私は、

「ふーん」と思っていたが、

ある時、国立能楽堂で「山姥」を鑑賞した時、

母に、

「難解だったが、事前に講習もあり、予習もしたので何とかなった。

 特に謡が素晴らしかった。」

と言ったところ、長年能好きだったはずの母は思わぬ事を言って、

私は腰を抜かしたのであった。

 

「あー、私は謡は聞いてないから!!」

 

はあ?????

 

ご存知だと思うが、

能とは分かり易く言うと、

演者(シテ、ワキなど)、演奏(太鼓、笛など)、謡と言う、

3者により構成されている舞台なのである。

 

謡を聞いてない、と言った途端、

能の3分の1を全く無視していると断言出来る。

 

能の理解は現代の映画や演劇を鑑賞するのとは訳が違う。

 

徹底的な予習なしに楽しめる訳など絶対にない。

 

だが、世の中には予習しないで能を鑑賞する人は実は多い。

 

だからこそ。

 

能楽の入門書には「寝ても仕方ない」などと堂々と書く阿呆が続出する。

 

寝ている=何も分かっていない=時間と金の無駄

 

絶対にこんな行為は止めた方がいい。

 

だが、世の中には一定数、何となく教養っぽいから、

と言う理由で能や歌舞伎、はたまた文楽を鑑賞する者は多い。

 

はっきり言う。

 

古典芸能を楽しむためには「しっかりとした予習が必須」だ。

 

その上でイヤホンガイドなどを利用して、

ようやく何とかなる。

 

とてもではないが雰囲気だけでどうこうなる世界ではない。

 

前述の歌舞伎数回と言う人物。

 

何をどう考えても、予習している人には思えない。

 

何故なら、数回で止まっている人と言うのは、

歌舞伎初心者どころか、全く観ていない人と大差ないからだ。

 

こう考えると分かり易い。

 

映画を全く観た事がない人がいたとする。

 

すると映画を3回観た事がある人が、

全くない人に対して、

「(オレ様は)映画を3回「も」観た事がある。

 オマエはバカか?」

とマウントしている人を目撃した場合。

 

映画を3回しか観た事がない人と言うのは、

現代人の感覚からしたら「全く観てない人」と大差ないかと。

 

能も歌舞伎も文楽も数回観たくらいでどうこうなるような代物では決してない。

 

そもそも観続けるには勉強が必要だ。

 

でないと相当の苦行になるのだけは間違いない。

 

だが世の中にはその苦行を時折(大抵は年に1回くらい。笑)する人がいるから笑える。(苦笑)

 

さて、これがマラソンや登山でも起こるから笑うに笑えない。

 

マラソンでやたらと見掛けるのは「タイムマウント」だ。

 

サブ3とかサブ4と呼ばれるアレだ。

 

「オレ様は42.195kmを2時間台で走り切れる」と言うマウント。

 

登山でももちろんある。

 

それはタイムと距離マウントだ。

 

「オレ様は富士山御殿場ルートを日帰りで余裕でこなせる」とか、

「蛭トン楽勝だぜ」など。(苦笑)

 

ではそう言った登山者の平均値はどうなのか。

 

何度か書いているが命に関わる重大な事なので都度明記するが、

御嶽山が大噴火して多数の犠牲者が出た時のこと。

 

山小屋に逃げ込めた人が20数名いた。

 

山岳救助隊が何とか夜に辿り着いたので、

一刻を争う事態でもあるから、

「皆さん、ヘッドライトを装着して下さい」

と言って山小屋を出ようしたら、

何と1人も登山の必携品であるヘッドライトを持っておらず、

朝まで逃げるに逃げられなかった記録が残されている。

 

念のため書いておくが、

ヘッドライトとは日帰り泊りを問わず、

登山の必携品の中の必携品の1つだ。

 

しかも御嶽山とは3000m峰なのである。

 

にも関わらず、20数名の全員が持っていなかった現実。

 

能も歌舞伎も文楽もマラソンも登山も、

実は趣味人の平均レベルは相当低いと思っておいた方がいい。

 

芸術趣味なら人は死なない。

(マウント行為は不快ではあるが)

 

しかしアウトドア趣味の場合は死ぬ。

 

サブ3とかサブ4とか、蛭トン日帰りとか。

 

このように人間の業は深い。(苦笑)

 

余談:

何度も書いているが再び。

ほんの数年前までは、

「私は富士山に登れますか?」と言う初心者の問いに対して、

明確で具体的な事を言える専門家もベテランも存在していなかった。

そこにあったのはオレ様マウントかしどろもどろのいい加減意見のみ。

それもそのはず、科学的な指標が存在していなかったから。

現在の登山はまだ過渡期であるが、

「登山専用のアプリ(ヤマレコ、YAMAPなど)」、

「コース定数(ルート定数)」「グレーディング」の登場により、

極めて具体的に正確に言えるようになっている。

ここを押さえていない人はどんな何十年のベテランであっても、

話は半分どころか、聞いてはいけない。

いい加減な戯言に過ぎないから。


追記:蛭トン

神奈川県にある丹沢山地。

低山の集合体だが異常に険しく累積標高も富士山や北アルプスと同程度なのでかなり危ない。

中でも通称バカ尾根と呼ばれる異様に長い登山道で登り、最高峰の蛭ヶ岳まで行き反転、

再びバカ尾根で下る異常行為を「蛭トン」と言う。

首都圏の登山趣味人の恐怖の象徴だ。(笑)

これは富士山最難関の御殿場ルートとほぼ同じでもある。


↓典型的な歌舞伎マウントの写真(撮影:私。爆)↓



「少し回復している神奈川の水」


このところ割と雨が多い。


ようやく神奈川の水は回復しつつある。


まだ油断は出来ないが。





「大リーグのオルガン演奏の謎(笑)」


大リーグ中継を見ていると、

オルガン演奏の応援がたまにある。


チャーチャーチャチャチャみたいに音程が上がって行くアレ。


この時、観客は何か合わせて歌っている。


何と言っているのか?


謎だ。


AIに聞いてみた。


なるほど、なるほど。


(^ν^)





「腕時計とアウトドアと街歩きとジムとランニング」

 

登山:防水・耐衝撃性のソーラー電波時計一択

 

スマートフォンの登場、もっと言うと携帯電話の登場以来、

時計機能が付いた時から腕時計の衰退は始まった。

 

もう腕時計は消失するのではないか?と言うくらいの勢いで。

 

よっぽどの高価なドレスウォッチの世界ならともかくも、

いや、一時期はその世界すらも、

そもそも腕に時計をする意味すら失われかけていたと思う。

 

家電量販店の時計コーナーは縮小されていた。

 

しかしスマホと連動するスマートウォッチの登場により、

一気に腕時計の世界は息を吹き返したと思う。

 

また、元々どうしてもスマホでは無理な腕時計専門の世界も存在している。

 

身近な所から考えて行くと、

スマートウォッチの独壇場となる、

ランニングやジムなどの人体の数値計測システムがある。

 

健康志向の強い社会になりつつある今、

スマートウォッチの計測装置は大変役に立つ。

 

ジムやランの時の脈拍計測や、

場合によると酸素濃度の測定、

さらに移動距離やスピード、辿ったコースの記録は、

かつてのアナログ時代とは隔世の感がある。

 

ただし、これはスマホとスマートウォッチの連動によりなせる業だ。

 

GARMINなどの一部高級機種では、

腕時計単体でその機能を持つ物もあるが、

高価な上に重くなる欠点もある。

 

また、この種の機器の最大の弱点としては、

もちろんスマホ同様「充電」となる。

 

つまり、

高機能=電池が早く切れる=切れたらただのお荷物

と言う電子機器あるある事態。

 

現時点での私は、

通常外出とジム通いと中距離ランニング(20~25km)では、

迷う事なくスマートウォッチをして行く。

 

特に通常外出とジム通いならスマートウォッチが最高にいい。

 

厄介なのは中距離ラン~長距離ラン(25km以上)で、

私のような遅いランナーだと、

使っているアプリ「NIKE RUN CLUB」が想像以上に電池の消耗が早く、

25kmランくらいから既に電池寿命が怪しくなってしまう。

 

ランニング時はNIKE RUN CLUB以外に、

各種健康アプリも同時に作動させているため、

6時間くらいで電池切れになる。

 

そのため長距離ランの時は、

別にソーラー電波時計を持って行き、

切れたらそちらに変えるようにしている。

 

ランの時はどうしても腕時計があった方がいい。

 

もちろんスマートウォッチが一番なのは言うまでもないが。

 

最低でも頻繁に時間管理をしないといけないため、

腕時計の持つ瞬間的な時刻把握機能は必要だ。

 

問題は登山を筆頭に、それに続くアウトドア用の腕時計となる。

 

これは最初に書いたように、

防水・耐衝撃性のソーラー電波時計一択となる。

 

この場合、

前述したGARMINのような高級なソーラー電波時計であっても、

高機能なタイプは必ず充電が必要であり、

完全なソーラー充電で賄えるモデルは無い。

 

1回充電すればソーラーと省エネモードでかなりの日数はもつようではあるが、

電池切れの恐怖から逃れる事は出来ない。

 

そもそも高額なため私とは無縁であるが。(苦笑)

 

私が長時間の外出をする時は、

アウトドアなら間違いなく防水・耐衝撃性の、

ソーラー電波時計となる。

 

しかもアナログ型を愛用していて、

デジタル表示は好んでいない。

 

出来たら秒針のあるタイプがいい。

 

今使っているのは秒針が無いが、

デジタル表示で秒が確認出来る折衷タイプとなる。

 

アナログ型になると機能が極端に少なくなるが、

それでいいと割り切っている。

 

そもそもスマートウォッチであっても、

腕時計側で各種機能を操作するのは非常に面倒である。

 

だったらスマホでやった方がいい。

 

そもそも時計機能以外はアウトドアでは滅多に使わないし、

最も大切で頻繁に使うのは時刻確認である。

 

また、アウトドアで使う物は、

安価であった方がいい。

 

理由はもちろん、

それがもし「本物のアウトドア行為」であるならば、

機器類が壊れる可能性が非常に高いからだ。

 

大金持ちならともかく、

普通の一般人の趣味登山で、

15万円くらいのGARMINを岩にぶつけて破損したら、

下手をしたら腕よりもGARMINを守りたくなってしまうだろう。(笑)

 

従ってカシオが一番いい。(爆)

 

安価なハイカーウォッチを私は愛用している次第だ。

 

機能は時刻確認のみでいいと割り切っている。

 

他の機能はスマホでそもそも出来る。

 

コンパスも地図もスマホ内にあるし。

 

もっともコンパスと地図は、スマホが壊れたり、

電池切れを想定して必ずアナログの磁石と紙の地図は必携している。

 

この最重要箇所だけは、

必ずデジタルとアナログを併用する体制を構築しておかないと危ない。

 

幸い、腕時計をアナログにしてもスマホはデジタルもアナログも表示出来るため、

何ら問題はないのである。

 

余談:通常外出時のドレスウォッチについて

実はドレスウォッチをいくつか持っている。

だが最近は全く使っていない。

その理由は極めて明白で、

「重過ぎるから」だ。

さらに非防水・非耐衝撃性なので致命的だ。

アウトドアウォッチやスマートウォッチに慣れた今、

ドレスウォッチは今や通常外出時ですら無理。

そもそもハイカーウォッチを街歩きで使った方が、

何となくお散歩気分ではなく、ウォーキング気分になるから、

その方がむしろいい。(笑)

 

余談2:アナログを好む理由

腕時計は圧倒的にアナログ型を好んでいる。

デジタルは嫌だ。

しかし最近のランニング専用のスマートウォッチは、

デジタル表示がほとんどであり、むしろアナログは希少だと思う。

私はランニング時はスマートウォッチを使っているが、

表示はもちろんアナログのままだ。

とは言え、NIKE RUN CLUBだと表示は当然デジタルになる。

ランニングの世界は、基本的に街中でするため、

デジタルでもいい。

だが、登山の世界は別だ。

それは「流れ」が非常に重要になって来るからだ。

時間の流れ。

愛用している極めて優秀な登山アプリ「ヤマレコ」でも、

「現在〇時△分です」と時刻は音声でデジタル的に告げられる。

私はその時、必ず腕時計のハイカーウォッチでアナログ確認をする。

ランニングなら、苦しくなったら電車やバスで帰ればいいだけだ。

最悪、タクシーも救急車もある。

だが登山はそうは行かない。

日の入りの時刻が来ただけで、

そこが山中ならそれはビバーク(緊急的野営)を意味し、

それはさらに半遭難事態でもある。

登山の場合、時刻は必ずアナログ的な流れで把握していないと危険なのである。

秒針や短針や長針の動きをどう理解するのか。

数字の動きではない。

時間の流れを体感的に、体幹的に理解しないといけないのである。

だから私はアナログ時計を極端に好んでいる。

少なくとも電池切れで遭難するのはご勘弁と言ったところだ。