宇陀の御井神2社に参拝するルートは、
榛原の町の南側の山塊(井足山、伊那佐山)の裾を、ぐるっと廻るかたちになった。
宇陀川は榛原で2筋が分かれ、芳野川(ほうのがわ)、内牧川となる。
この2本がくだんの山裾を取り巻くように流れ、道もこれらに沿っているのだ。
きょうこそはこのお山にゆかんと
マップ目的地を山頂とおぼしき都賀那岐神社にした。
「伊那佐山→」の看板前から山道 1.5キロ。
徒歩でいく。
最後に そそりたった急斜面をのぼる
正面から陽光が射し、まぶしくてよくみえない(あぶない)
と、とつぜん開けた場所に出て、
こちらに背を向けた社殿がそこにあった。
昇ってきたのは、どうやら裏道だったようだ
・・・
正面に向き直し
石段の前から
裏道は拝殿向かって右手奥
向かって左手奥は展望所
鳥居はない
表参道のもっと下にあるかもしれんが、ちょっと下ってみたところでは、鞍馬山の奥の院にいく道みたいな道がつづいているだけにみえた。
それ以上はムリ~きつすぎ
渾身の一枚
都賀那岐神社
宇陀市榛原山路の氏神社
こちらも延喜式内社、宇陀十七社の一。
ご祭神 高龗神、頬那芸神(つらなぎのかみ)
伊耶那岐・伊耶那美二神の神生み条で、水戸の神、速秋津日子神・速秋津比売神が河・海を持ち別けて誕生した八神(沫那芸神・沫那美神・頬那芸神・頬那美神・天之水分神・国之水分神・天之久比奢母智神・国之久比奢母智神)の第三。
水、河川と海の、水の神さまなんやね
山を歩きながら思ったのは、
都賀・那岐
那岐-梛木-凪-イザナギ-手塚治虫「火の鳥」ナギ
東南アジア以南の言語でイサ(イザ)は最も大きな、ただひとつの(The One)
イザナギは、イザ・ナギ
ナギのなかで最も偉大なナギ。イサナは最も大きな魚、鯨
都賀那岐は南方系氏族のひびき。
海からあがってくる
水とともにある・・・もしかしたら水を操るという意味も?
神武天皇久米歌
伊那佐山が詠われているから ”記紀の時代より~” ということだけど
どのくらい前から ここを伊那佐山と呼んだのだろう?
出雲の稲佐の浜
長崎の稲佐山
浜名の引佐
いなさ、の含意は?
いさな、のようにこれもまたナギ族の言葉だったり?
展望所から
右奥のうっすらみえるのが葛城・金剛
これが八咫烏の視点なのだと思う。
ここはわが地、と彼が呼ぶエリアはなんと広範か
そこを飛ぶように自在に行動できたのだろうと
なんとうつくしい・・・
芳野川と八咫烏神社
(参道が川から奥にのびている)
眼で見たときは、参道にかかる橋の朱が映えていたのに
光の加減か 色がでてなくて残念
ここもまた
御井神社とおなじく
きもちのよい風が吹いていた
山頂だから風が吹くんじゃないの、と思われるかもしれないね
でも単に物理的に、ということではなく
こないだ等彌神社から鳥見の霊畤に参拝したときは・・・うん、確かにいい風だったけど、また違った風だったよ
山を下っていくと、
行には気づかなかった まわりの風景がみえ始める
磐座といってよいのかもしれないが
ここ一帯の岩は 劈開性があって
巨大な結晶のように幾筋も裂け目が入っていたりするから
自然に こんなものが 転がっていてもおかしくない
そして 自然にそうなっていることに パワーを感じているかもしれん
都賀那岐神社から裏道をくだると、
池がふたつ、水路でつながっていた
そこから落ちる水が
小川となって
ずっと道沿いに音を立てて並走
いやーあ 足がくがくになりましたね
またしても ”帰りは恐い”
学習しないな わたしも
山頂で神社みえたので
山から下りたら 八咫烏にごあいさつしてきます
(つづく)














