筆者はクリエイティビティ研究の大御所とも言うべき、ハーバード大学医学部教授のAlbert Rothenberg博士です。「クリエイティビティ業界」において高名で(→Wikipedia)、「何か言うととりあえず言及される」といったレベルの人物です。
今回の記事は広く一般に向けているのですが、元がとんでもなく頭の良く業績の多い人なので、やさしい英語とは言えません。ただ、たいへん明晰で、音楽の「フーガ形式」のように同じ構成とリズムが繰り返されるみごとな英文です。本当に頭のいい人が組み立てる英文のすごみを感じられるかもしれません。
各英文に拙訳はつけておりますが、英語のほうで堪能していただけるといろんな点で勉強にもなるかと思います。
なお、一昨年出版した翻訳書『クリエイティブ・シンキング入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)を読んだという方であれば「ああ、アレかあ」といった感じで、すぐに理解できる内容です。
ではさっそく読んでみましょう。
From my early years, I had been a steadfast lover of the arts-literature, music, visual arts, theatre, and dance-and as I learned the sciences in the course of becoming a physician, I also admired and was dazzled by outstanding scientific achievements. In all of these fields, the wondrous element of creativity was key to great accomplishments and advances. I determined to study this important phenomenon and, when I became a psychiatrist, I believed I had satisfactorily acquired the diagnostic and interview skills and learned the scientific approaches for doing systematic empirical research on creative processes. I constructed psychological experiments with creative subjects and controls and I began carrying out intensive and extensive interviews focused on processes of producing creations, first by those consensually designated as creators in literature-winners of literary awards such as the Pulitzer, Nobel and Bollingen Prizes―and then by Nobel laureates in the fields of Physiology or Medicine, Physics, and Chemistry. My most recent investigation, described in the book Flight From Wonder: An Investigation of Scientific Creativity has involved autobiographical studies and structured interviews focused on the creative achievements of 45 Nobel laureate scientists from the United States and Europe in comparison with matched university engineer controls.
「若い頃から、私は芸術をこよなく愛してきた。文学、音楽、ビジュアルアート、演劇、舞踊。そして、医学者になる課程で科学を学んだとき、際だった科学の業績にも心奪われ、幻惑された。こういったいかなる分野においても、クリエイティビティのすばらしい要素が優れた業績や発展の鍵になっている。この重要な現象を研究することにしてから、医学者になったとき、私は診療と問診の技術を十分に身につけ、クリエイティブなプロセスをシステマティックに実証する研究の科学的方法を身につけたと自負している。心理学的実験について、クリエイティブなテーマや対照を使って考察して、創造性の発揮の過程に焦点を当てて広く、また深く面談を始めた。まず、最初はピューリツァー賞やノーベル文学賞やボリンゲン賞などの文学賞を受賞している作家を、次に生理学や医学や物理学や化学などの自然科学の受賞者にあたった。自著『Flight From Wonder』で取り上げた私の最新研究では、45名の欧米出身のノーベル賞受賞者のクリエイティブな業績に焦点を当てて自伝研究や構成的インタビュー(いいめえる注:Yes/ No/ Don't knowのどれかに当てはまるような質問で構成される質問形式の面談のこと)を取り入れ、一般的な大学の工学の研究者と比較した」
ちょっと難しかったかもしれませんが、要は「ノーベル賞などの権威のある賞を受賞して、明らかに世界水準のクリエイティビティがあると考えられる学者や文学者の思考の共通点を探ってみた」ということです。
最初の記述は、自分にはいかに教養があり、「専門バカ」でないという注記でしょう。「専門バカ」はクリエイティビティと対極にありますし、ハーバード大学医学部の教授ともなれば「頭の良い専門バカ」のイメージがあるかもしれないので、あらかじめそうではないよと断ったのだろうと思います。
いざ本論へ。
Creativity is a very valued human capacity or state and the term has been applied to a wide variety of accomplishments and products. Much has been written about this factor from both investigative and pragmatic points of view. In many cases, however, investigators or publicists have presented ideas and conclusions as though they were the first to write about the subject. The clearest and most generally accepted definition of creativity is that it is the production of both new and valuable entities. Many studies have been done with unvalidated tests and anecdotes about creativity but very few systematic and empirical studies have been done employing consensual criteria such as prizes for creative accomplishment. Generally accepted in all creativity studies, whether anecdotal or empirical, is that the process involves out of the ordinary or divergent types of thought such as the popular idea of "thinking outside the box." My research project "Studies in the Creative Process" has discovered empirically tested exceptional and very specific cognitive creative processes named: 1. janusian process, 2. homospatia process, 3. sep-con articulation process. All three of these processes break through old molds of understanding and practice to lead to the production of something both new and valuable.
「クリエイティビティは非常に価値の高い能力や人間の有り様のことで、その用語は広く多様な業績や製品に使われてきた。研究の観点からも実用の観点からも、この要素については多くのことが述べられてきた。しかしながら、研究者や評論家は、そのテーマについて書くのはまるで自分が初めてでもあるかのように、アイデアや結論を述べることが多かった。もっとも明快で一般的に受け入れられているクリエイティビティの定義は、新しくかつ価値がある存在からの結晶だということである。クリエイティビティに関して有効性の確認できない実験や逸話を取り扱った研究が多いものの、独創的な業績に対して賞を受けるようなコンセンサスのとれた基準を使っておこなわれたシステマティックで観察可能な研究はほんのわずかしかない。逸話か実験かはともかく、あらゆるクリエイティビティ研究で広く受け入れられているのは、そのプロセスが「枠の外で考える」という人気のある考え方のような普通で拡散的な考え方を含んでいることである。私の研究プロジェクト「独創プロセスの研究」では、観察可能な実験で出てきた例外的でかなり特殊な認知的独創プロセスを見つけた。名づけて、1.ヤヌス主義プロセス、2.同一空間プロセス、3.着脱結合プロセス。新しく価値あるものの創作を導くために、これら3つのプロセスによって、理解の古い鋳型から飛躍が始まる」
枠の外で考えること(thinking outside the box)が、クリエイティブ・シンキングの基本であり、絶対条件です。でもそのことは頭でわかっても実行することは困難で、だからこそ、ノーベル賞受賞者のような抜きんでたcreative thinkersがどのようにそれを実行しているかを知ることに大きな意義があるわけです。
前半は、たとえ読めていたとしても、ちょっとだけわかりにくいと思います。なぜなら、これはかなり上品な(≒遠回しな)イヤミだからです。
前半では、「多くの人がクリエイティビティを語っているが、たいていは既存の考え方をまるで自分が考えたかのように語るか、根拠のない思いつきみたいなものばかりで役に立たない」と述べたいのでしょう。本音を推測すれば「頭が悪い奴ほど紋切り型にクリエイティビティを語りたがる」ということでしょう。
頭のいい人に(いや、そうでもない人も混じっていますが)こういう書き方をする人をよく見ます。このレベルの人だと、一般の評論家などの言がバカみたいに思えてもまあ仕方がないことかもしれません。
後半は、「自分がクリエイティブ・シンキングについて研究して法則を見つけたから紹介する。その法則には3つあるよ」ということです。本音を推測すれば「私がちゃんとしたことを紹介するので、頭の悪い人の意見なんて時間の無駄だから聞かないでね」ということではないでしょうか(そういう私も「虎の威を借る狐」状態)。
その3つとはjanusian process、homospatial process、sep-con articulation processです。どれも造語に近いので訳がつけにくいのですが、独断で「ヤヌス主義プロセス」「同一空間プロセス」「着脱結合プロセス」としておきます。あんまりうまい訳ではないのですが、次に定義されているので、内容はわかります。
では3つのプロセスを1つずつ見ていきましょう。以下から、システマティックであることを重視している博士ならではの、フーガ形式が展開されます。この書き方は実用的な英文では推奨されます。
The first, the janusian process, supercedes logic and time. The janusian process (based on the Roman god Janus) consists of conceiving and using multiple opposites or antitheses simultaneously. Examples are: Einstein's documented breakthrough in his development of the General Theory of Relativity was his conception that a man falling from the roof of a house was simultaneously in motion and at rest. Also, Arthur Miller's key idea for the structure of the play "Incident at Vichy" consisted of his conceiving the beauty of modern Germany and Hitler's destructiveness simultaneously.
「1つめのヤヌス主義プロセスは、言葉や時間にとって変わるものである。ヤヌス主義は(古代ローマのヤヌス神にちなむ)複数の反対物やアンチテーゼを考え出すと同時に使用することで成り立っている。たとえば、一般相対性理論を発展させたアインシュタインの論文上のブレークスルーは、屋根から落ちている人は動いていると同時に止まっているという彼のコンセプトだった。また、アーサー・ミラーの演劇『ヴィシでのできごと』の構成の鍵となるアイデアは、近代ドイツの美とヒットラーの破壊を同時に生み出すことで考え出した」
ヤヌス(Janus)はご存じのように前後に顔がある古代ローマの神のことで、しばしば「ものごとを両面から見ること」の象徴として使われます。
本文中のアインシュタインの例は『クリエイティブ・シンキング入門』にもくわしく書かれている有名な話です。シェイクスピアをきどれば、「きれい」を「きたない」に、「きたない」を「きれい」に変えて世の中を見てみると、別の見え方になってくるというようなことでしょう。
2つめに行きましょう。
The second, the homospatial process, supercedes space and ordinary sensory experience. The homospatial process (homo=same) consists of conceiving and using two or more discrete entities occupying the same mental space or spatial location, a conception leading to new articulations. An example is the American Nobel laureate Joshua Lederberg's conception of himself superimposed upon a bacterium in his discovery of bacterial conjugation. Another example is a prizewinning poet's superimposing a branch and the handle of a tool in the creation of the poetic metaphor "the branches were handles of stars."
「2つめの同一空間プロセスは、空間と通常感じる経験を超えたものである。同一空間プロセスは、同じメンタルスペースか空間に2つ以上の別々のものを考え出して使用することで成り立つ。たとえば、アメリカ人ノーベル(生理学・医学)賞受賞者のジョシュア・レーダーバーグがバクテリア結合の発見において、自分がバクテリアになったつもりになって考えた例がある。またもう1つの例として、賞を獲っているある詩人が「木の枝は星の取っ手だった」という詩的なメタファーを作ったときに、枝と道具の取っ手を組み合わせたことがある。」
レーダーバーグの例も有名で、『クリエイティブ・シンキング入門』にも詳しく描かれています。
そのほかの研究対象そのものになろうとするという例を、『クリエイティブ・シンキング入門』(Creative Thinkering)の原著者マイケル・ハマルコ氏の記事を本ブログでも取り上げています。イケメンで人気者のファインマンさん(ノーベル物理学賞)の「ご冗談でしょう」と言いたくなる面白い話もあるので、ぜひご一読ください(→過去ログ)。
最後、3つめです。
The third, the sep-con articulation process supercedes and restructures combinations and connections to produce integrations and integrated results. The sep-con (sep=separation; con=connection) articulation process consists of conceiving and using concomitant functional separation and connection. This is exemplified by the performance of an articulate speaker who joins his ideas and words smoothly together while concomitantly keeping them clearly separate. French Nobel laureate Jean-Marie Lehn conceived of the empty inside of a chemical molecule together with the functionally separate outside molecule surface in his development of supramolecular chemistry. In literature, Pulitzer Prize novelist John Hersey created a moving climax in his novelToo Far to Walk with the description of an imaginary bullet passing through both a father and a son as concomitantly connecting two separate generations.
「3つめの着脱結合プロセスは、組み合わせと対応関係を作り直して、統合とその結果を生み出すものである。この着脱結合プロセスは、機能を切断・結合を同時にしたものを考え出して使用することで成り立つついては、たとえば、わかりやすく話をする人が自分の考えを明瞭に切り分けながら、それと同時にきれいにまとめるといったやり方をすることがあげられる。フランス人ノーベル(科学)賞受賞者のジャン-マリー・レーンは、超分子科学の展開において、中が空っぽの化学分子と、機能的に分けられた分子の表面とを同時に想像した。文学においては、ピューリッツァ賞受賞者の作家ジョン・ハーシーは、想像上の弾丸が、父親と息子の両者を射貫く描写を使い、2つの別々の世代を結合させて同時に見せることで、小説『Too Far to Walk』の感動的なクライマックスを作り上げた」
対象をバラバラにして適当につなげると「ええ!」と思うような面白い発見があります。また、たしかに話の上手な人には、聞き手も思いも寄らないような形で対象を斬ったり、意外なものの共通点を見えてくれるような能力を持つことがあります。
最後に、次回作の告知も兼ねて、まとめ的な補足をします。
Given the importance of creative achievement, it is befitting that it results from complex thinking and hard work. Creativity does not spring simply from intelligence, spontaneity, special skills, offbeat or extremely unusual ideas and behavior, although all of these may in particular aspects be involved. In addition to the cognitive processes described, emotions of love of the materials used, courage, and intense devotion to learning are critical in creativity. Use of aspects of the cognitive and emotional processes also produces creative results in many everyday activities such as business, education, sports, cooking and a broad range of fields. In my next piece, I shall show a particular application to sports in the case of the baseball great, Joe Dimaggio.
「クリエイティブな業績の重要性については、複雑な思考と日々の努力の結果であることは知っておく価値がある。クリエイティビティは知性や自発性や専門技術、変わっていたり逸脱した考えや行動だけから生まれるのではない。もちろん、ある意味ではそういったことも含まれるかもしれないが。ここで述べた認知プロセスに加えて、関わっている素材に対する愛情や学問への強い貢献もクリエイティビティにおいては決定的に重要である。認知プロセスと感情プロセスの面を使用することも、仕事や教育やスポーツや料理など広い分野にわたって毎日の行動に表れる。次回作では、偉大な野球選手ジョー・ディマジオをスポーツに対する応用例として取り上げることになっている」
ここまで読むと、ノーベル賞受賞者クラスのクリエイティビティと言えど、「対象を天の邪鬼に反対から見る」「思いもよらぬ物に変身してみる」「分けられないはずの対象をあえて分けて、くっつかないものをあえてくっつける」という、誰でも実行可能な「作業」をやっているに過ぎないことがわかります。
また、ここではクリエイティブ・シンキングの「3つのプロセス」だけでなく、それ以外にも、愛情や貢献の気持ちなども大事だと述べています。分子学者なら分子について愛情を持っていること、また、同じ分子学に貢献しようという気持ちがあるということでしょう。
アメリカのクリエイティビティ研究の先行ぶりの断片がわかるような記事でした。もしこの記事で関心を持った方は、ぜひ『クリエイティブ・シンキング入門』をご一読ください。とくにこれから社会で活躍したいとか、起業してみたいという方には役立つのではないかと思います。
なお、クリエイティブ・シンキングの基本がわかったうえで読むのに良い本に『Inside the Box: A Proven System of Creativity for Breakthrough Results』があります。
「枠の外で考えよ!」に対抗するための「枠の中で考えよ!」という考え方です。反抗期の子供のように、主流の流れに逆らったものですが、実際それはそれでたいへんクリエイティブだと思います。趣旨は一昨年にまとめたものがあるので、よかったら参考にしてください(→過去ログ)。

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