高校に入ってから英語は長らく苦手だったのだが(初めての模試では学年でビリから2番目)、一念発起して高校2年のときに伊藤和夫先生の『英文解釈教室』という参考書に格闘したおかげで、偏差値が40台から70台まで伸びた。
そうなると「せっかくなので、英語の本をまるまる読んでみよう」と我ながら不遜なことを考えてしまった。そこで、近所の書店で英語版の『窓際のトットちゃん』を買って、夏休みに集中して読むことにした。
日本語の『トットちゃん』はすでに読んでおり、書店でところどころ拾い読みしても英語で引っかかるところもなさそうなのでと、さっそく読み始めた。
だが、じきに外国語で1冊読むという作業が想像以上にたいへんだとわかる。部分部分は読めても、全体の流れがつかめない。元に戻って読み直そうとしても、どこまで戻ればいいのかさえわからない。
結局、日本語で読んだ知識をつなぎながら、いちど目を通したところは読めたことにして、なんとか1冊読み終えた。
それなりに時間はかけて読んではいたが、実際にはほとんど読めていなかった。いまだに苦い思い出である。
では、なぜこのようなことになるのだろうか。その原因は、おそらくそれは適切な意識配分ができていないことにある。
私たちが外国語を読むときは、当然のことながら文法を意識しなければならない。
たとえば「ネズミがネコを咬んだ」と日本語で読めば、ネズミがネコをがぶっと咬んでいる絵が浮かんでくる。
それに対して、英語で The mouse bit the cat. と読む際には、まずThe mouseが主語で、動詞bitの主語、the catは動詞bitの目的語、bitはbite(咬む)のbite-bit-bitenの2番目の活用で過去形、といった文法の知識が必要である。
そこからネコがネズミを咬んだのではなくて、ネズミがネコを咬んだのだなと意識して、やっとその絵が浮かぶ。
文法をあまり意識せず適当に読み流すと、「ネズミ」と「ネコ」と「咬んだ」の組み合わせで常識的に「ネコがネズミを咬んだんだろう」などと想像してしまう。そんなことを繰り返すと、後ろとつじつまが合わなくなり、結局、全体で何を言っているのかわからなくなる。
では、正確にゆっくり読んでいったらどうだろうか。今度は文法への意識が強まりすぎて、せっかく前で読み取った内容も先を読んでいるうちに忘れてしまう。その場その場ではわかっていても、全体の筋がわからなくなる。
流れをつかんでいないという点はやはり同じだ。読み流そうと精読しようと、1冊は読み通せないことに変わりはないが、実はここに大きな落とし穴が待っている。
それは、「1つ1つはわかっても英語が読めないなら、どこかに読めるようになる読解方法があるはずだ」と考えてしまうことである。そうやって思って調べてみると、通信教育や参考書なのでそれを売りにした読解法がごまんと出てくる。そして、そこに飛びついてしまう。
そういった人はかなり多いらしく、実際、英語業者にとってはけっこう「おいしい」マーケットになっている。
しかし、そんなことで解決するはずがない。なぜなら、問題は「読解法」ではなく、意識配分だからである。私たちが日本語は読めて、英語が読めないのは、英語の読むときに単語や文法に対する意識が大きすぎるからにほかならない。
文法などに意識が向きすぎると、内容そのものに意識があまりいかず、流れが追えなくなるだけのことだ。
読めない原因は結局そこにある。日本語のように文法にほとんど意識が向かなければ、英語も同じように読めるようになるはずだ。だが、意識的に配分を変える(=文法を考えないようにする)と、上で述べたように誤読が積み重なって、結局読めない。
ではどうしたらいいのだろうか。
方法は1つだけしかない。英語に大量に触れて、文法を意識しなくても読めるようになることだ。英語をたくさん読んで、文法の無意識化をはかることしかない。
そこで私がおすすめするのが、AmazonのKindle(キンドル)である。
キンドルは膨大な英語の本から選ぶことができる上に、端末上で単語が気軽に引ける。だから、なるべく英語がやさしい本を選んで、知らない単語はどんどん引いて読んでいけばいいわけである。
しかも、すばらしいことに多くの本が無料で試し読みできる。最初の「さわり」くらいだが、それでもけっこうな量は読める。大きめの本なら2章ぶんくらい読めることもざらにある。
お試し部分を読んで「だんだんわからなくなってきた!」と思えば、気にせず次の本をダウンロードして試し読みすればいい。もちろん、気に入ればそのまま続きを読む。
そうやって読む量を増やせば、さほどお金をかけずけっこうな量を読める。量を稼げば、だんだん文法に頼らずに読めるようになり、やがてやさしい英語の本なら1冊まるまる読めるはずである。忍耐力がなく飽きっぽい人でもこの方法は有効である。
経験的におすすめなのは伝記である。『Steve Jobs』のようなビジネス書ではなく、『Condi: The Condoleeza Rice Story』のような子供も含む一般に向けた伝記が良い。なぜなら、一般向けの伝記はストーリー中心で起伏があり、英語もやさしいからである。できるだけ自分の関心のある人物が好ましいのは言うまでもないだろう。
「絵本はどうか」とよく聞かれるのだが、好きなら良いと思う。私自身は絵本は苦手である。日本語の絵本もほとんど読まないから当然だろう。日本語でも読まないのに、英語なら読むなんてことはありえない。日本語の新聞も読まないのに、英字新聞や英語雑誌を講読してお金をムダにしている人は少なくない。
挫折しても何してもとにかく「量」を確保する。200ページの本を1冊読むのも、200ページの本を20ページで10冊挫折するのも、読解のトレーニングという観点からはさほど大きな差はないと考えていいと思う。とにかく目先を変えてでも読む量を積み重ねることが重要だ。
もちろん、200ページの本を1冊まるまる読める人の英語力と、いつも20ページ目で挫折する人の英語力はかなり違う。その差は文法への意識がどれくらい無意識化できたかに比例すると考えてよい。





