前回は、なぜ単語と文法がわかるだけでは1冊の原書を読み通せないか、そして、どうしたら読めるようになるについて考えた。今回はさらに、英語をきちん読むとはどういうことかを考えたい。
日本語を読んでいるときのことを思い返してみよう。そのとき、私たちは大きく2つの違った読み方をしているのに気づいているだろうか。
1つは書いてあることを正確に読み取ろうと、1文1文立ち止まって読む方法である。
たとえば、ある専門分野の記事や専門書を読んでいるとき。1文1文をきちんと検討しながら読むことが必要だ。
なぜいちいち立ち止まらないといけないかと言うと、相手が何を伝えようとしているか予想がつかないからである。その文が伝えようとしている情報を正確につかまないと、先の文に進むことができない。
もちろん、いくら専門書であっても自分が精通している分野で、その内容についてかなり知識があるなら、多くの部分で何が書いてあるか予想がつく。だから、どんどん読み進むことができる。
これが2つめの読み方である。読みやすい小説を読んでいるときなど、私たちはこういった読み方をしている。
この読み方では何が書いてあるか予想しながら読んでいるので、予想が合っていれば先へ先へと読み飛ばせる。もし予想が裏切られたら、そこは自分が知らない情報なので立ち止まり立ち止まり読まなければならない。この場合、部分的に最初の読み方をしている。
私たちはこの2つの読み方とその折衷的な読み方を駆使して、いろんな文章を読む。
また、この2つのタイプの読み方は、それぞれ読書の愉しみ方も根本的に違う。
1つめの立ち止まる読み方は、相手が伝えようとする情報を正確に受け取ることに意識が向けられる。けっこう骨の折れる。それでも読もうとするのは、その知識をどうしても知りたいから、あるいは知らねばならないからだろう。それなりの知的好奇心がないと挫折しやすい。
2つめの読み方では無意識に何が書いてあるのかを予想しながら読むので、予想どおりだったり裏切られたり予想を超えていたりといった、文章の思考と自分の思考のぶつかり合いを愉しむものである。
私たちが「読書の愉しみ」と言うときは、ほとんどの場合2つめの読み方のことだろう。
以下、便宜的に1つめの読み方を逐語読み、2つめの読み方を予想読みと呼ぶことにしよう。
予想読みで、私たちは先がどうなるか予想をして読む。だが、書き手はあえてその予想を裏切る仕掛けをする。すべて予想どおりであれば、すらすらは読めるが、そこに新味も何もないので飽きる。ときどき予想が裏切られるからこそ、そこに新鮮な驚きがある。
「読書の醍醐味」と言った場合、読者の予想が裏切られるような局面を指していることが多い。読者が「やられた!」と思うような瞬間がまさにそれだ。
英語学習者の中で「英語を読めるようになりたい」と思っている人は多い(全員かもしれない)。だが、実際に毎日英文に接している人は多くはないだろう。それは、本来は2つめの予想読みをすべき英文を、語彙力や文法力を駆使して逐語読みしなければならないからである。
英語をすらすらと読めるようになりたければ、予想読みができなくても、少なくとも逐語読みできることが絶対条件だ。
なぜそんな当たり前のことをわざわざ言うかというと、世の中には「文法なしの多読でないと、本物の英語力が身につかない」などと、信じられないような主張をする識者もいるからである。しかも、一定の支持を得ていたりする。
つねに英語に接する場と機会があり、母親が子供に語りかけるようにつねに英語を指導してくれる人がいるなら不可能ではないが、日本にいて普通の学習者がそれをやるのは不可能である。本人は「やれている」と主張しているが、それがやれているのは学習者がもともと学校で文法を教わっているからにほかならない。
それはそれとして、逐語読みできるのであれば、前回も述べたようにあとはひたすら読むことだ。量を稼いで、文法を無意識に使いこなして英語を読めるようになることが重要である。
ついでに、前回触れなかったが、原書に入る前の訓練法を1つご紹介しておきたい(学習者の数は、原書に挑戦しようという人より、この段階の人のほうが圧倒的に多いだろう)。
その前段階として訳のついている英文を読むという方法が有効だ。
ただし、この段階で難しい構文を解説してあるような参考書を読むのは、好きであればかまわないが、そうでなければ挫折の原因になる。それより、訳がついている自分の読みたい英文を、先に訳を読んでから読み進むことをすすめたい。
なぜ先に訳を読むいいのかと言うと、英語を読むときに予想読みができるからである。予想読みは逐語読みより精神的な負担が軽いので、同じ量を読んでも疲れない。
もちろん訳を読んでいるのだから、予想が裏切られる読書の醍醐味など味わえないが、苦行のような逐語読みをするより気楽に読むことができる。
訳を読むことに罪悪感がある学習者が多いのだが、心配はない。少なくとも苦行のような読み方を続けて挫折するより100万倍ましである。
挫折したらほかのものを読む、難しければ先に訳を読む。そうやっていけば、予想読みできる英文が増えていく。その段階まで行ければ、英語を読むこと自体が楽しくなり、挫折することはなくなる。
大切なのはどんな方法でもいいから、英語を読み続けることだ。「読解法」とか「多読法」など、理屈をこねくり返した「方法」を勉強するくらいなら、その時間で英語を読んだほうがずっと「読める」ことに近づけるはずだ。

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