なぜそれほど印象的だったかというと、原文に忠実に訳をつけると「おかわいがられになられますことこの上もなくございました」だの「させていただいきました御時に」だの、普段使ったこともない敬語のオンパレードだったからである。
そのときの先生はたいへん優秀な方で、「こういった敬語の使い方は、二重敬語と言って現代語では間違いになるから使わないようにするんだぞ」と念押しした。あくまで古文鑑賞のための使い方であって、現実には使ってはいけないと注意してくれたわけだ。
ところが、私はその使い方の一部をその直後に聞くことになった。
それは、下宿先の食堂に置いてあるテレビで流れていた再放送だった。そこでは、司会者のタモリさんが「お待ち申し上げております」とか「させていただきます」などと、国語教師が「やるな」と言っていた「過剰な」敬語を使っていた。
高校生のときは下宿住まいでテレビは共同だったので見たのはそれっきりだった。ただ、それから数年して、気がつけば「~させていただきます」など、当時、教師が「過剰だからおかしい」と言っていた敬語の使い方がいつの間にか広まっていた。
もうそれから20年近くたった今、スピーチなどでは「では、僭越ながら、~についてお話しさせていただきたいと思います」などと言うのが当たり前になっている。
日本人だけではない。大学院で海外から来た留学生が日本語で発表するときも、「発表させていただきたいと思います」で始める人が多い。
ちなみに、私の指導教官は、そのつど「~について発表します、と言ってください」と言い直しさせている。
「させていただく」が普及したのは、おそらくこの20年くらいだと思う。私が初めて「させていただく」を見たのは、そういうわけで『源氏物語』の訳文だったが、いまやその使い方は古文の訳を飛び出して、現代の話し言葉にまで浸透してしまったわけだ。
理由は簡単だ。日本の高校で標準的な教育を受けていれば、誰もが「させていただく」という表現を経験するからだ。それがいつの間にか丁寧な話し言葉として浸透していき、いまやごく普通の表現だと言っていい。
かつては「過剰」とされていたこの使い方は、もう「間違い」などでなく正用法と言うべきだろう。
日本語で敬語が必要だったのは、主語を言わないからである(逆も真なり)。日本語はつねに人間関係を意識して表現しなければならず、それがなければ誰のことを言っているのかわからなくなる。たとえば、『源氏物語』で敬語が連発されるところは源氏(か天皇)が主語だとわかる。
つまり、古文においては「過剰」などではなく、必要だから使われているに過ぎない。
それに対して「お話しさせていただきたいと思います」にはそういった働きはなく、たんに慇懃に見せるための機能しかない。
オーバーに言えば、「(私のような者が皆様のような大勢の前でお話しする資格があるはずもないのですが、ひょんなところからこの場に立つことに相成りましたので、おこがましくは存じますが)お話しさせていただきたいと思います」という感じから来た丁寧用法の一種だと考えるべきだろう。
ところで、私がSallyさんと主催している英語スピーチのセッションではI'd like to talk about ~のようにI'd like toを使う学習者が多い。英語話者(アメリカ人)にも確かめたのだが、この使い方は間違いとまでは言えないものの不自然だ。
なぜ不自然かを説明するのは容易ではないのだが、たとえば日本語で言えば「~についてお話ししたいです」と言ってスピーチを始めるような感覚に近いかもしれない。I'd like toは煎じ詰めれば「~したい」と希望を述べる用法なので、これから話す内容を述べるときには本来は使うと不自然である。
もしかした、I'd like to talk…という表現を聞いた英語話者の一部が、「じゃあ、聞きたくないと言ったら止めるのか!」とあなたに心の中でつっこんでいるかもしれない。
なぜこの使い方を多用する学習者が多いのかと考えてはたと気がついたのが、これがちょうど「お話しさせていただきます」という日本語表現とぴったりだということだ。
would like toのwouldは意志を表すwillの過去形、つまり仮定法である。would like toと言うと「もしあなたがよろしければ、~したいという意志を持つのですが」といったニュアンスがもともとで、それがI want toの丁寧表現となったわけである。だから、「させていただきたいと思います」という言い方と意味合いが似ている。
「させていただきたいと思います」に当たるからと、I'd like toでいいだろうということならないのはもう言うまでもないだろう。また、I'd like toは仮定法が先であって、丁寧さはその結果生じたものであるということにも留意しておきたい(この点は前回の記事でちょっと触れた)。
英語の世界では、これからスピーチするというのなら仮定法は使わないで、たとえば、I'm going to talk about ~など使うのが適切だろう。be going toには「すでに予定として組み入れられていることをこれからやる」という含みがあり、こういったときはぴったりだ。
その点でその場の意志から単純未来へと変化したwillとはニュアンスに差がある。スピーチなんて前もって用意するのが普通であるし、そうでなくても、指名されてから実際に話すまでには間がある。
I'm going to talk ... よりもうちょっと丁寧にしたければ、たとえばLet me talk ... を使うといいだろう。
・・・というわけでございますから、わたくしといたしまして、I'd like to talk about …ではなく I'm going to talk about … をお使いいただくことをお勧め申し上げるしだいでございまする。
ほなさいなら。

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