続々々々・あえて訳読擁護論 | 真面目に脱線話@リンガランド英語塾

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英語や芸能など、思いついたことを適当に書いていくという、そういうブログです。

前回まで、直訳と意訳のちがいを見ました。



簡単に言うと、直訳は文法を意識して訳した初級者の訳、意訳は文法を無意識に使いこなせる上級者が意味をとることに集中したときの訳です。



訳読が否定される場合、多くのひとが想定するのが次の図式です。



英語→直訳→意訳



このうちの2つめの矢印、「直訳→意訳」がおもな批判の対象になります(「英語→直訳とこの部分をごっちゃにした意見もよく見ます)。



直訳を意訳に書き換えるという作業は、英語を読むことと切り離されているからです。まるで、日本語だけをもてあそんでいるかのように見えます。それだと、たしかに英語自体の練習にはなりません。



しかしこれは誤解です。たとえばテレビニュースで同時通訳の方の訳を聞いてもらえばわかりますが、英語が流れると同時に訳しています。そのときの訳は英語の構造にそったものではなく、多くの場合「意訳」です。ベテランの通訳者になると、完全に「簡約に整理した訳」を示すひとまでいます。



意訳は直訳を言い直したものではなく、英語でつかんだideaを日本語で表現したものです。同時通訳が直訳を先に考えていたとしたら、時間的にとても間に合わないのは言うまでもありません。



なぜ誤解が生じたかを考えると、学校で教師が英語を説明する際に、まず直訳を、次に意訳を示すというのを習慣にしているからです。



中高生は多くの場合、初級者レベルですから直訳を示す必要があります。その英文がどのような文法構造をしているのかを確かめるためです。



では、なぜ直訳したあとにわざわざ意訳を示すかというと、直訳だと意味がしっくりこない、なんとなく意味がぼんやとして違和感があるからです。意訳を言われて学生はやっと「なるほど、そういう意味か」と納得できます。



多くのひとがこの経験をしていますから、「直訳を日本語らしく言い換えることが意訳だ」と思い込んでしまうわけです。



英語学習、とくに読む訓練において訳はかかせないものです。参考書を立ち読みしてもらえばわかりますが、ほとんどの場合、そこで示される訳は意訳です。



なぜ意訳なのかと言うと、2つの場合があります。



1つめは、文法解説がたっぷりとされている場合です。難しそうな単語やイディオムの訳と、英文の構造がわかれば直訳はやれるので、あとはその英語があらわす意味をはっきりととるには意訳があれば足りるためです。



もう1つのパターンは、文法解説はさほどない場合です。数は1つめよりずっと少なくなります。これにも2つの場合があり、その参考書が中上級者に向けられているか、英文が初級者でも簡単に読めるほどやさしいかです。



学習者に「訳す」という作業が必要なのは、本当にその英文が正確に読めているかどうかを確かめるためです。



英語学習においてもっとも怖いのは「読めたつもりになる」ということです。英語学習の世界では「フィーリング読み」などと呼ばれますが、これをやるのは力がまだまだついていないひとが多いのです。



英語学習では2つの読み方をすると効果的です。1つめはすこしやさしめの英語をたくさんよむ「多読」、2つめは短めの英文を何度も繰り返して声に出して読む「音読」です。



音読がなぜ効果的なのかというと、声に出すとごまかしがきかず、意味のかたまりを意識せざるをえないこと、英語のリズムが英語の形とともに頭に入り、英語を自分で発信する土台になるなど、英語を身につけるのに大切な技術が身につけられるからです。



ただし、音読するにはその英文が構造的にも意味的にも完璧にわかっている必要があります。誤解したまま音読を繰り返せば、間違った考え方が身についてしまいます。



そうなると、せっかく多読しても、けっきょく誤解を繰り返すだけですから、力を伸ばす阻害になります。



続きます。



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