よく誤解されることがあるのですが、意訳は直訳を日本語らしく訳し直したものではありません。
以前、ある出版社からアメリカのベストセラー作家、シドニー・シェルダンの作品を「超訳」として出版していたことがあり、日本でも大ベストセラーになりました。
「超訳とは何だろう?」と考えていたら、当時の『週刊文春』でそれについての記事が出ていました。『週刊文春』のその号の記事によると、その出版社は「英文を翻訳家が訳し、それをさらにわかりやすくベテラン翻訳者や作家が書き換えさせている」とすっぱ抜きました。
そのため、日本語文が原文とかなり乖離している部分が散見されるそうで、『週刊文春』はそのようなあり方には否定的な見方をしていました。
意訳について、これと似たようなイメージをお持ちかもしれません。つまり、次のような作業です。
英語→直訳→意訳
しかし、ある程度読めるようになると、英語を直訳するよりも意訳するほうが楽になります。
英語→意訳
これは、英語のアイデアが全体としてつかめるようになって、その全体像を日本語で表現したほうが、文法的に考えるより楽だからです。
そう考えると、直訳と意訳はまるでちがうものであることがわかります。もし意訳について最初の3段階の図式を思い浮かべたひとがいたら、ぜひ考えを改めていただきたいと思います。
1. 英語→直訳(初級者・多くの中級者)
2. 英語→意訳(一部の中級者・上級者)
3. 英語→直訳―×→意訳(間違った認識)
なぜ3のような考え方が起こったかというと、学校で、教師が生徒に対して直訳のあとに意訳を言っていたからです。
では、直訳と意訳の違いはどこから生じたのでしょうか? 直訳についてすでに述べたように、文法的な分析を通してそれぞれの単語について意味を確定するという作業です。
それに対して意訳のほうが楽になるのは、その英文が使われる文法についてはすでに無意識に使いこなしており、意識のほとんどが意味に向いている状態にある場合です。いわば英語のideaをつかみ、そのideaを日本語で元の意味にできるだけ近い形であらわそうとしたものです。文法にとらわれないから、「意訳」と呼ばれているわけです。
教師がなぜ直訳と意訳を言っていたかというと、直訳にはその英語の文法的な分析があらわれ、意訳にはその英文が意味するところがわかりやすくとらえられるからです。役割がちがうのです。
生徒はあたかも直訳が本来の意味で、意訳はわかりやすくするために直訳を言い換えたものだと認識してしまいます。だから、テストで「文法を無視した意訳を書くと点数がもらえないのではないか」と、よけいな心配をしてしまうわけです(もし「文法どおりでないから減点した」という教師がいれば、そのひとは教師として三流です)。
それは文法を無視したために起こったものではなく、文法については意識して考えなくても英語が意味するところがよくつかめているゆえに起こってしまう現象です。いわばステップアップしたわけです。
直訳と意訳の差は、その学習者がどのレベルまで到達したか(あるいは、その学習者とってその英文はどれくらいのレベルかのどちらか)を明確に示します。
続きます。
