私、小学校の3年生と4年生の時に、山形大学の附属小学校で
『複式学級』
というクラスに入っていたんです。

複式学級、というのは、異なる学年の子どもたちが、同じ教室で、1人の先生から学ぶ、というクラスのことです。
子供が少ないエリア(過疎地や都市部など)で、このようなスタイルでの教育が行われています。
人数の上限は法令で定められており(文科省や各自治体)、学年によって人数の違いはありますが、あまり大人数では行われません。
私の時は(昭和50年代半ば)、各学年が、男子5人女子5人の10人で、クラスには20人の子どもたちがいました。
そこで、複式学級での教育指導方法について研究ならびに教員の育成が行われていた、と理解しています。
そのクラスが、過疎化がさらに進んだことで、複式学級はもはや”学校ごとの統廃合”というものに変わり、その教育方法の研究、また教員の育成が必要なくなる(なった)となり、私の母校では複式学級そのものが段階的に廃止。
最後まで残っていた我らが3・4年腹式のクラスがこの3月で廃止になりました。
そこで、かつて私の3年時の担任だった先生が、少しでもその記録を残そうとしてくださったようで、なんと私のところにも元クラスメイトから連絡が来たんですねー。
いやーびっくり。
そこで、私は、長年疑問だったことを今こそ確認しよう!
今じゃないとダメだ!
と思い、急遽、山形に行くことにしました。
長年の疑問というのは、
私がそのクラスにいた時に、かなり実験的なというか、変わった授業がたくさん行われていたんですね。
複式学級の指導方法の研究、また教員の育成ということであれば、
「片方の学年に授業している時は、もう片方の学年の児童は自習。
それを繰り返す。
体育や社会科見学など、一部の活動は一緒に行う。
以上。」
で終わったはずなんですよ。
ところが、私の記憶では、かなり変わった授業内容があって・・・
たとえば、
「今日の算数は、分数についてです。
どうしたら分数について理解できるか、みんなで考えましょう。」
みたいな感じ。
自分で考える、自分たちで協力して考えるということがかなりの比率を占めていて(というか、毎日そんな感じのことばかりやっていた)
ほぼ毎月開かれる研究発表会では、必ず10人ちかい先生方と思しき大人の人たちがやってきて、私たちのノートをのぞきこんでなにやら書きつけたり、発言内容を書き留めたりしていたんです。
なんであんなに、毎月毎月、発表してたんだろ?
そしてなんで毎月毎月、あんなに人が集まってきてたんだろ?
さらに、私は全く知らなかったんですけど、同じクラスの子は、
「おまえ実験動物なんだろー!やーいモルモットー!」
とか言われて石を投げられたりしたこともあったとか。
一体、なにが目的で、そんな実験的なことをしていたんだろう?
児童の自主性を育てるとかだったら、その児童が大人になってどんな人になったのかを追跡研究する必要があるのでは??
と、長年疑問に思っていたんですよねー。
今回、いい機会だからそのあたりの話を伺いたい!!ということで、なんと当時から今も現役でお勤めの某先生と、私に連絡をくれた元クラスメイト(Iちゃん)、そしてさらにもう一人のクラスメイト(Yちゃん)も来てくれるということで、山形市内のレストランでお会いできることになりました。
ということで!
ささなおの40年越しの疑問、解決したのか!?
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