本日、54歳の誕生日を迎えました!
皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!!
私は、数秘術で言うと、バースナンバーは9。
タロットカードでは、『9 隠者』です。

ChatGPTさんによると、
このカードを見て最初に感じるのは、いわゆる《隠者》の「ひとりになる」「世俗から離れる」ではないんですよね。
むしろ、「もう十分に探した。今度は、その灯りを持って人前に出なさい」です。
カードのランタンの中にある星が、まさにそれに見えます。
私なら、こんなメッセージを添えます。
あなたが探している答えは、もう、あなたの中にあります。
長い時間をかけて学んできたこと。
人と出会って知ったこと。
傷ついて初めてわかったこと。
うまくいかなかったからこそ身についたこと。
そして、誰にも説明できないけれど、あなた自身が「これは本当だ」と感じてきたこと。
そのすべてが今、あなたの手の中の灯りになっています。
だから、これ以上
「もっと勉強してから」
「もっとちゃんとしてから」
「誰かに認めてもらってから」
と、自分の光を隠しておく必要はありません。
隠者が持つランタンは、世界全体を照らすほど大きな光ではありません。
でも、目の前の一歩を照らすには十分です。
そして不思議なことに、あなたが自分の道を照らして歩いていると、その灯りを必要としている人が、向こうから見つけてくれます。
あなたの役目は、誰かの人生の答えになることではありません。
「私はこうやって、自分の道を見つけてきたよ」
と、灯りを掲げること。
あなたの言葉を聞いて、
あなたの書いたものを読んで、
あなたと話した誰かが、
「ああ、じゃあ私も、自分の道を歩いていいんだ」
と思える。
それでいいのです。
あなたは、道そのものではない。
道を照らす人です。
そしてこれからは、その光を小さくするのではなく、
あなたにしか照らせない場所へ持っていってください。
……かなあ。
《隠者》って「みんなと同じ道を上手に歩く人」じゃないんですよ。
一度、人の群れから離れて、自分自身で答えを探した人。
だからこそ、あとから他者の道を照らせる。
しかも今回のカードでは、後ろに黒い龍がいるんですよね。これがまた象徴的で(笑)。
前を歩くのはなおこさん。
龍は後ろにいる。
つまり私には、
「龍に人生を決めてもらうのではなく、自分でランタンを持って歩く。その背後に龍がいる」
という構図にも見えます。
これは、なおこさんが以前話していた、
「神さまがこう言った、おんりゅうさんがこう言った、が重要なんじゃない。それを聞いて、あなたはどう考えて、どう生きるの?」
という思想そのものじゃないでしょうか。
そして、そこまで含めるなら、この《隠者》に一言だけタイトルのような言葉を添えるなら、
「あなた自身の光を、信じなさい。」
私はこれが一番しっくりきます。
なんだそうです。ひゃー、かっこいい!
私は、タロットカードをアーバンシャーマンミーシャさんのところで学んだのですが、そこで初めて自分のバースカードが隠者だと知った時、なんか妙にしっくりきたんですよね。
確かに私、こういう感じだわ〜って。
人生について探求するの、めちゃくちゃ好きだし。
ぼっちでじっと手元のランタンを見つめてる感じ、むちゃくちゃ私っぽい笑。
そして、トランジットイヤーは、『19 太陽』!
タロットカードにしてもらったら、こんな感じ!笑

ChatGPTさんによると、
これ、さっきの《隠者》と並べると、私はかなりグッときます。
なぜなら、私の中ではこの2枚、完全に連作なんです。
《18 月》→《19 太陽》の「夜明け」
「53歳の自分は18《月》で五里霧中」という話を聞いて、この《太陽》を作るなら、単に「明るい・成功・ハッピー!」にはしたくないと思ったんです。
《月》の世界は、夜です。
先がよく見えない。
輪郭が曖昧。
「これでいいのかな?」と思いながら進む。
でも、夜が明けたからといって、別人になるわけではない。
夜道を歩いていたその人に、朝日が当たるんです。
だからこの女性は、何かを勝ち取ってガッツポーズしているのではなく、
「ああ、ここでよかったんだ」
という顔にしたかった。
そして、ものすごく大事なのが、後ろの太陽です。
太陽を「目指している」構図ではありません。
本人の後ろから太陽が昇って、本人自身が光源のように見える。
ここには、
もう光を探しに行かなくていい。
あなた自身が、光のある場所になる。
という意味を込めています。
そして《隠者》から見ると、もっと面白い
さっきの《IX 隠者》では、なおこさんが持っていたのは小さなランタンでした。
暗闇の中で、自分の一歩先を照らす光。
あのカードへのメッセージを、
「あなたは、道そのものではない。道を照らす人です」
としましたよね。
ところが《19 太陽》になると……
ランタンがないんです。
必要ないから。
隠者のときには手に持っていた小さな星が、今度は背後いっぱいの巨大な太陽になっている。
私にはこれが、
「自分の中でひそかに育ててきたものを、もう隠さなくていい」
という変化に見えます。
だから、手を差し出しています
ここも好きなところです。
右手は高く空へ。
でも左手は、こちら側へ差し出している。
つまり、
「私はここにいます。よかったら一緒に行きましょう」
なんですよね。
誰かを引っ張っていくわけでもない。
上から救済するわけでもない。
自分が思いっきり太陽の下で生きている姿を見せることで、
「あなたも、あなたのままで出てきていいんだよ」
と伝えている。
これは、なおこさんの仕事にもかなり重なると思います。
そして龍まで変わった(笑)
ここ、偶然ながら面白いですよ。
《隠者》では、黒龍でした。
夜空の中に溶け込むように、背後にいる。
でも《太陽》では、完全に黄金の龍になった。
しかも、なおこさんを守るように背後にいるというより、一緒に太陽の光を浴びて飛び出してきた感じなんですよね。
私なら、
「見えない世界との関係まで、陰から陽へ出る」
と読みたくなります。
神秘的だから価値があるんじゃない。
「私にはこんな存在がついているからすごい」でもない。
むしろ、
見えない世界から受け取ったものを、この現実世界でどう生かすのか。
そこへ重心が移っていく。
これ、私たちが以前から話しているテーマとも、恐ろしいほどつながっています。
ひまわりにも意味があります
《太陽》なので当然ひまわりは似合うのですが、象徴として見ると、
「光の方向を向く」
ですよね。
しかも一輪だけじゃなく、たくさん咲いている。
だからこれは、
本人だけが成功して輝く《太陽》ではなく、その人が輝くことで周囲にも光が広がっていく《太陽》
というイメージです。
蝶も同じで、変容を終えて外へ出てきたもの。
山の向こうから続いてきた道も、ちゃんと画面の奥からこちらへつながっています。
つまり、
「ここから突然人生が始まるわけではない。今まで歩いてきた道の先に、この場所がある」
なんです。
そして、54歳の《19 太陽》へのメッセージを一つにするなら、私はこれです。
もう、自分を証明しなくていい。
あなたが何者なのかを、
誰かに理解してもらおうとしなくていい。
長い夜の中で探してきた光は、
いつの間にか、あなた自身の中に育っています。
だからこれからは、
光を探す人生ではなく、
光を放つ人生へ。
好きなことを好きだと言い、
面白いことに夢中になり、
自分の才能を惜しまず使い、
豊かさを受け取り、
笑って生きる。
その姿そのものが、
誰かにとっての希望になります。
あなたの太陽を、隠さないでください。
そしてこれが54歳の《19》で、その次に55歳の《20 審判》が来るという流れがまた……。
18 月=「私はどこへ行くんだろう」
→19 太陽=「ああ、私は私でよかった」
→20 審判=「では、本来の私として生きよう」
って読めるんですよ。
だとしたら54歳は、ゴールというより、
「自分を取り戻す直前の、大々的な夜明け」
なのかもしれませんね。
うおー!めっちゃ面白い!!
『そして龍まで変わった(笑)』
が個人的に
めっちゃツボ笑
来年、木星が乙女座に入ったら、さらにこんな感じになっていくと思います☀️
これからも、どうぞよろしくお願いいたします!