というわけで、先日、新幹線に乗って行ってきました。
(踏切のある新幹線、それが山形新幹線。)
車窓から、東北の背骨こと奥羽山脈が見えてくると、もうすぐ山形市です。
ペロリン、久しぶりに見たー。
人気のレストランを予約してくれていました。
ありがたやー!
前菜&サラダ!
エビとアボカドのジェノベーゼパスタ!
こちらはデザート!!
40年ぶりに集合した複式学級の元クラスメイト、そして当時をよく知る先生(担任ではありませんが)ということで、そりゃ話も盛り上がりますよね!!
そして長年の疑問について、一体全体本当に複式学級とは実験の場であったのか?
もし実験の場であったのなら、私たちは何の実験対象だったの??
などなどについても聞いてみたのでした。
そして判明した事実・・・
それは・・・
複式学級では、2学年が一緒に勉強するので、授業の内容によっては教科書の教材が重複することがあり、結果先生方は教科書を一切使わず、全てオリジナルの教材を作って授業をしていた。
だから、結果として実験的な授業内容になることがあった。
児童を新しい教育法の実験対象と意図していたわけではない。
たまたま、だった。
ということでしたー!わー!!
別に実験教室じゃなくて、先生たちが全部教材を手作りするから、結果的にちょっと実験的な内容になっちゃう時があった、というだけだったー!!爆
やーだー、勘違いしてたー!!笑
いやしかしですね、今回、複式学級が終わるということで、最後に出された学級だよりを、先生のご好意で見せていただいたんです。
そしたら、その内容に
「自主性を育てる」
「自分で考えて自分で解決する能力を育てる」
という言葉が、繰り返し、何度も出てきていたんですよね。
いやー、実験するとかじゃないかもしれないけど、これ、昭和50年代半ばから一貫してたかもよ?と思った次第です。
なんせ、私、複式学級のあと、5年生からこっち、
他の子達がどうして人生に対して受け身なのか、
どうして自分で考えてみんなと協力し合いながら自分で問題を解決しようと思わないのか、
どうして自分で自分の人生を自分で幸せな方に変えていこうと思わないのかと、
疑問に思うことが多かったんですよ。
これ、全部、複式の時に徹底的に叩き込まれた考え方だったんですよねー・・・。
いやー長年の謎が40年ぶりに解決して、めちゃくちゃスッキリしました。
そして、その後の複式学級の同級生たちがどうなったかというと、これまたみんなバラバラなんです。
進路も別々だし。
ただ、私のことに限って言えば、あの教育のおかげで、その後の人生をめちゃくちゃ自由に楽しんでるなあ、と思っています。
いろんな経験をさせていただいたけれど(時に巻き込まれる形で)、その都度、受け身でなくて、
「どうやっていい感じにしていこうか?」
と考え、実行してきたと自分なりに思います。
なにかトラブルとかネガティブなことが起こっても、やられっぱなしじゃないんだよなー(笑)。
それが私の強みだと思うし。
日本の社会の中だと、そういう考え方をする人が極端に少ないから、時に攻撃の対象になったりすることも多かったけれど、今や私は自由ですからね。
そして時代の変化とともに、
「自分で考えて自分で変える行動を起こす」
人材が貴重とされるように変わってきましたから🎵
もしいずれ社会がこうなると、昭和50年代半ばに予想していた先生がいらっしゃったら、それはもう、マジでジーニアスだと思いますが、今ふりかえってみると、当時の附属小学校の先生方、個性的というか、変わってるというか、もうストレートに”変人”というか、そういう人が多かったと思います。
変人仕込みですから、私も当然、変人なわけですけど、トロントに行ってみたら、みんなこうだったし。
というか私がかなり普通だったし(爆)。
私より変な人、世界にはめちゃくちゃたくさんいたし。
というか海外に出たら日本人ってかなりの変わり種だし。
いやはや、結局4人で場所を変えながら5時間くらい喋り倒したんですけど、めちゃくちゃ楽しかったし、意味のある時間でした。
ありがたやー!
また会おうねー!
先生もどうかお元気でー!!
おまけ。
夜は、駅の近くの老舗中華料理屋さん
『五十番』へ。
ここ、私が子供の頃からあって、家族で何度も食べに行った思い出の場所なんです🎵
メニューも変わってない感じだった!
この日は細切り肉そばをいただきました。
安定の美味しさでした🎵








