「おいしく食べる」を考える。 | ★「おいしく食べたい」と願うすべての方へ★

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私は「おいしね、うれしいね、ありがとう」を世界中の食卓を満たすことを目指しています。

このブログでは、度重なるダイエット・摂食障害・その他の病気・ストレスなどでおいしく食べられない人が、「おいしい!」とごはんを食べるために支援していきます。

●「おいしく食べる」を考える。

こんにちは。ラララ栄養士の岡本みどりです。

このあいだ、私にお仕事を教えてくれている方から、
「『おいしく食べる』って需要ないで。」と言われて
カッチーンときました。

でも、よくよく話してみると、
私の「おいしく食べる」をもう少し言語化してみる
必要があるのかなって思いました。

私の思う、
「おいしく食べる」って、
「おいしいものを食べる」ではありません。

マズくてもいいと言ってるんじゃないよ。

ただ、どんなにおいしいものを食べても、
心すさんでいるとき、
寂しくてたまらないとき、
何かにイライラしているとき、
自分を責めているとき…などに食べたら、
おいしいな!って味わえないんじゃないかなぁ。

つまりね、
同じものを食べたとしても、
そのときの心と体でおいしさが変ると思うのです。

で、「おいしいーーー!!」ニコニコって思うには、
(まあ、まずーーーーい!!でもいいんだけど、
とにかく「食べること」をしっかり味わうには)、
「自分と(目の前の)食べ物」が一緒にいる世界がいると思うねんな。

イヤ、待てよ。

別に、「おいしいーーー!!」って
言いたいわけじゃないんだよね。

食卓のシーンに現れてくる数々のことを、
取っ払いたいっていうのが願いですよね。

そうすれば自動的においしく食べられるもん。

たとえば、前に書いたことがあるけど、
私は父と一緒にレストランにいっても、
おいしいとも嬉しいとも感じませんでした。
→残念なことに、私の父はレストランでいちゃもんをつける天才だ

ひーやめてくれーって、
早く無事に終わりますようにって思っていました。

食べもののことなんか何もみてないのよね。
もう「お父さんの怒り」「怒られる私」についてしか
頭にないねん。

これだと、おいしく味わって食べることは難しいよね。

このときの私の願いは、
「おいしく食べたい」ではなくて、
「お父さんのこの怒りが静まってほしい」でした。

平和(心穏やか)にいきたいんだよーーーってかんじでね。

だから、私の思う「おいしく食べる」っていうのは、
いろんな理屈なしでさ、
あーだこーだ考え(ストレスや不安や恐怖など)なしでさ、
ただ目の前にある食べ物とストンと一緒にいることなのかな。

そしたら、「あーおいしい!」って一緒に食べている人と
(一人で食べているんだったら自分自身と)、笑えるやん?

うん、そんなかんじです。

今日はここまで。

みどり


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