私は大学で「放送」を専攻したので、同窓生の中にはアナウンサー志望 テレビやラジオのディレクター(制作)志望 コマーシャルの制作 音楽関係のディレクター志望の人がいました。アナウンサーやTV局の正社員の仕事は狭き門で、各学年で一人か二人 就職できればいい方でした。
私はアナウンサー志望ではなかったのですが、中学くらいからDJに憧れていました。まだラジオのDJが自分の番組を持っていた時代で、ミスDJなんていう女子大生も現れて好きなことをしゃべって仕事になるなんていいな、と単純に考えていました。
その後、放送作家という仕事があることを知り、脚本家のように一見、自由にしゃべっているようなタレントさんも裏で構成や内容を考えてくれている人がいることがわかりました。
私は大学3年生の頃から、ラジオ局でアルバイトを始めました。私の大学では在学中に先輩を頼って、テレビ局やラジオ局にアルバイトに行って、そのコネで就職活動をする人がたくさんいました。正社員ではなくアルバイトのままずっといた人もいるし、系列会社に紹介してもらう人もいました。今では全然珍しくない「インターン」のような制度ですが、私が大学生だった頃の一般的な就職活動とはかなり違っていました。
私は自分がバイトしていた局では正社員の採用はないことを知っていたし、内部事情もわかっていたので、別の職種(音楽業界)に就職したいと考えました。それまで全然知らなかったのですが、親戚に当時は飛ぶ鳥落とす勢いのあるテレビ局の社長さんと懇意にしている人がいて、その人のコネで系列のラジオ会社でもレコード会社でも制作会社でも就職を紹介してくれると言われました。
今ならすぐに行動を起こして、そのチャンスを無駄にしなかったと思うのですが、当時の私はなぜか消極的でした。コネ入社の人は人事で自分の希望が言えないとか、ずっと「あいつはコネだから」と言われ続けるという噂を聞いていたからです。
母は、このチャンスをふいにしたことに憤っていましたが、後になって転職を繰り返す私を見ていて「やっぱり、あの時にお世話にならなくてよかった」と言っていました。
なぜこんなことを急に思い出したかというと、今 娘にたくさんのバイトやボランティアの依頼があって、私は娘にとっていいチャンスだからやってほしいんですが、娘があまり乗り気じゃない様子を見ているからです。
「親の心 子知らず」という言葉がありますが、「子の心 親も知らず」で、決断はやはり本人がするのが一番なのでしょうね。
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