今年に入ってからもたくさんの記事をアメトピに掲載していただいています。

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最近のアメトピ掲載記事

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娘の真顔のお金を稼がないと(どうなる)という質問

明け方に動けず夫に頼んだ弁当作り

スポーツで人気が変わる大学の現象

好きなことを好きなだけやった娘の今

納品書がついたままの枯れた花

ジャンボを日本語だと思っていた夫

スーパーのおせちが2倍以上の値段

お茶漬けのりで食べるお雑煮に挑戦

50歳をすぎて整理したい人間関係

 

ありがとうございます。

 

昨日の記事からの続きです。私の勤務大学の人類学者の分析によると、日本からアメリカに移住してきた人(敢えて移民とは呼ばず移住者とします)は、他の国からの移民とは異なるアイデンティティがあるということです。
 
その背景には日米関係の20世紀の歴史が強く影響しているわけですが、戦後 とりわけ80年代以降の日本からの移住者は「日系新1世(その子供は新2世)」と呼ばれ、戦前からの日系人とも異なるアイデンティティを形成しています。
 
私が1990年代にアメリカの大学院に入った頃、アメリカは「日本語ブーム」の第二波があり、各地で「日本語教師」の需要が高まっていました。そしてアメリカの高等教育機関(大学)でも「日本語が話せて夫が大学に勤めている」というだけで日本語教育者になれた時代がありました。

 

 

こうした教育界隈にいる人たちだけでなく、多くの日本人女性がアメリカで永住権や市民権を得たことにより「特権階級」のような意識を持てるようになり、その頃から日本人のアメリカ在住者は、他国からの移民とは異なり、自分の国(日本)に向けても「自分は成功者」だと誇示するようになっていきました。

 

これはすべての日本人のアメリカ在住者に当てはまるわけではなく、そういう傾向が強いというだけなのですが、研究者のデータからもその傾向は立証されています。そうした人たちが「アメリカに住んでいる=私や私の子供にはアドバンテージがある」と思うと自ずと「英語ができてアメリカに同化している自分(とその子供)は、アメリカにいても日本とのつながりを持ち続けている人よりも上位だ」という思考回路になることは理解できます。

 

ここ20年くらい アメリカの大学に入学してくる日系新2世の傾向としては「自分は家族の中で初めて(アメリカの)大学に入ったので、親に頼らず自分ですべてのことを調べがんばってきました」というような「苦労話」を書いている人が多かったのですが、最近ではこうした「使い古されたストーリー」は喜ばれないそうです。

 

となると数年前に自分の子供がアメリカの大学に入学した時「私は何もしなかったけど、自分で全部やりました」という親御さんの経験談は通用しなくなってきたということですよね(続く)。

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