最近、連日 アメトピに記事を掲載していただいています。
ありがとうございます。
一昨日 書いた記事を2つともアメトピで紹介していただきました。今日はこの記事で書いたマットレスが届く日です。
そこで娘の部屋をまたそうじしたのですが、とにかくものが多い...夫と同じで「コレクター癖」があるので小さいものをちょこちょこ買うんです。娘の部屋にはぬいぐるみが大量にあって2段ベッドの上部はぬいぐるみだらけでした。やっと段ボール1個分のぬいぐるみをドネーション(寄付)に持って行ったんですが、それでもまだ特大ダンボール1個分のぬいぐるみがあり日本に持っていきたいそうです。私も子供の頃、ぬいぐるみが好きだったし、部屋はいつもちらかっていたけど、娘よりはましだったんじゃないかな〜と思ってます。
我が家は「散らかった家」に住む運命にあるのかね〜...と3人でしみじみ語ってしまいました。散らかっているというより「ものが多い」んですよね。
最近「終活」という言葉をよく耳にしますが、私の両親は早くに亡くなったので、まったく終活なんてしませんでした。でも年老いてから家がゴミ屋敷のようになってしまう家に比べると、両親も亡くなる数年前まで現役で働いていたので家は片付いていた方だと思います。義実家は夫の祖父母が亡くなった時、それまで住んでいた家を処分して、今の家に移住したので、その時点でかなり断捨離はしたはずなんですよね。でもまだ義母が生きていた頃から家は、かなり家はゴミ屋敷状態になりつつあり、夫が帰国時に数回、業者を雇ってゴミを捨ててもらっていました。
その様子を見ていて思ったのが、人は年老いてくると「片付ける」とか「ものを捨てる」という行為ができなくなっていくのだということです。もともと片付けが苦手だったのかもしれませんが、最初に義実家を訪れた時には本当に驚きました。
それもあって義母が亡くなった時に私が真っ先にやったのが、義父の「生活支援」の確保でした。もう10年も前で、まだ80歳になる直前だった義父はクルマの運転もできたし、昭和生まれの男性にしては自分のことは自分でできるほうでした。でも義父がそうじをしているところは見たことがなかったし、ひとりになったらもっと家が汚れていくと思いました。役所に相談に行って社会福祉協議会を紹介してもらって、介護度がつかないうちから、自費で週に1回ヘルパーさんにおそうじと洗濯をお願いすることにしました。そのおかげで、今もなんとか人が住める状態を維持していますが、義父が使っていない空間(義母の部屋)などは本当に悲惨な状況になっていて、夫がものすごい勢いで片づけをしているのですが、片づけても片づけてもスッキリしないのが高齢者が住む家の性ですよね。
私は両親の遺品整理で本当に苦労をしたので、娘には同じ苦労をさせたくないとずっと思ってきました。でもだんだんと体力と気力が衰えていっているので、アメリカを去る時にはしっかりと断捨離して、新天地ではものを増やさないようにするつもりです。