身体拘束 | kyupinの日記 気が向けば更新

精神科病院での身体拘束と裁判(補足)

 

 

隔離して更に身体拘束すると言う事例について、この機会なのでもう少し記載。

 

基本、身体拘束は患者さん本人の身体、生命に危険性がある時に許されている。つまり身体拘束をしないと周囲(特に医師、看護師)に危害が及ぶ時は、隔離だけで十分で、身体拘束する必要などないと言う考え方である。裁判になると、そう言う判断をされることがほとんどである。

 

実際のところ、隔離だけでは本人が死亡するとか大けがをするような精神症状は滅多にない。前回の記事で記載した何度も壁に頭をぶつけて脳挫傷を起こしかねないとか、重いジル・ド・ラ・トゥレット症候群などで自ら眼を突いて失明するような際は、身体拘束もやむを得ない。他に良い方法があるかもしれないが、容易に思いつかないからである。

 

本人が周囲に危害を及ぼしかねない重篤な病状で隔離だけ実施し、身体拘束しない場合、例えば看護者が食事を持って行ったり、隔離室の中を掃除したりする際に、体当たりされて肋骨や腕を骨折したり、あるいは急に殴られて眼窩底骨折などが起こりうる。(実際にこのようなことは起こっている)。

 

精神科病院にとって、そもそもそのレベルの患者さんを身体拘束することは職員が大怪我をするリスクがあるため、行いたくないことである。また隔離や身体拘束を行うと、何度も本人の様子を確認し、カルテへ記載しなくてはならない義務があるなど多くの業務が増える。

 

それでも身体拘束をするしかないと思われる時は、一度にまとまった人数の職員(特に男性職員)を隔離室に集め、集団で身体拘束するしかない。これはその日の出勤している職員の状況など条件が揃わないとできないことでもある。

 

そのようなことがあるため、僕の記憶の限り、隔離して更に身体拘束したことはない。もしかしたら昔にあったかもしれないが憶えていない。それは病院で身体拘束するだけのマンパワーが揃わないこともあるが、実際にその方法しかない状況が自分の病院ではまず起こらないこともある。措置入院を断るなど、このような重い人は最初から診ない方針なのである。これは僕が決めたことではなく、前の院長が大昔に決めた。そのため民間の精神科病院なのに男性職員が相対的に少ない。

 

このように、種々の制約及びリスクがあり、隔離+身体拘束は稀にしか行われない医療である。

 

隔離の際に、本人は死亡や大怪我のリスクがないが、周囲の看護者に死亡ないし大怪我のリスクがある場合、身体拘束しない場合、職場の労働環境が劇的に悪化する。

 

つまり、患者さん中心で人権を守れば守るほど、職場の安全性が脅かされるシーソーのような状況にある。

 

 

上の記事では、日本では労働力不足から、地方の病院で職員が足りなくなってきていると言う記載をしている。「あの精神科病院では職員が怪我をしやすい、病院は何も対処してくれない」などの話が地域の各病院の看護職員に共有されると、ますます働き手が不足すると言う事態になる。実は今風の働き方改革も無関係ではないのである。

 

前回の記事で、

 

ひとつ言えるのは、昨日まで非常に精神症状が悪く、その日の状態が一見良さそうな時、すぐに身体拘束を終了して良いのか?と言う専門性のある診たてである。それは精神保健指定医の判断だと思う。

 

と言う記載をしているが、身体拘束に多くの男性職員を要するような病状の患者さんの時、その瞬間良くなっているからと言って、速やかに身体拘束をやめた場合、数時間後、再び病状が悪化した際に身体拘束が出来ないリスクがある。それは職場に男性職員数などの条件が揃わないことがあるからである。

 

これはまだ僕が医師になった当時の話だが、看護職員を2人くらい撲殺したと言う、ちょっと信じられないレベルの患者さんが民間病院の保護室に隔離されていたらしい。食事も保護室の下にあるトレイ入れから入れて、誰も保護室に入ることなどできなかった。もちろん入浴などもさせられないし、室内の掃除もできない。薬を飲んでいたかどうかは不明である。もしかしたら食事に混ぜていたかもしれない。

 

この患者さんについてだが、とりわけ重かったからこのような話が出たわけではない。なぜ、このような超絶に重い患者さんを国公立の病院ではなく、民間病院が診なければならないのか?と言うことで話題になっていたのである。

 

この患者さんのその後の話だが、ある朝、室内で倒れていた。全く動く気配がないので、職員を多く集め恐る恐る室内に入ったところ、死亡していたと言う。

 

いずれにせよ、法律家は医療現場を知らなさ過ぎる。