放浪は器質性所見である
過去ログには「放浪」ないしそれに準じる症状が無数に出てくる。「放浪」は極めて器質性っぽい精神所見だと思う。
過去ログでも触れているが、「ヒステリー遁走」はこの文脈から、器質性背景を持つ精神所見が出現したものと考えることができる。
過去ログ「古典的ヒステリーは器質性疾患なのか?」から
古典的ヒステリーとは転換や解離などを言う。一般にはヒステリーは神経症疾患とされているが、僕はそうは思っていない。
古典的ヒステリー=器質性疾患
典型的なヒステリーは、臨床的には器質性局面の方がむしろ多く遭遇する。例えば、脳炎や頭部外傷、重い身体疾患などである。
この過去ログでは重い貧血から放浪(ヒステリー遁走)が生じ、全く別な世界で生活している患者さんが出てくる。
アルツハイマー型の認知症では、どこかに出かけていって、家に帰って来られなくなる。これは帰って来られない点は認知症によるところが大きいが、家から出て行くという「放浪」の開始部分は平凡な特異性のない器質性所見と考えることも可能だ。
つまり、アルツハイマー型認知症の迷子の「行き」と「帰り」は若干由来が異なる。アルツハイマー認知症も器質性疾患なので、同じといえば同じだが、「行き」は特異性がそこまでないが、「自宅に帰って来られない」というのは特異的と言う意味である。(アルツハイマーの疾患性)
前方側方型認知症の周徊はアルツハイマー型認知症のように迷子にならず、一定の道順で自宅に帰還できるが、最初の「お出かけする」ことが器質性の「放浪」である。戻って来られるのは空間認知がそこまで障害されていないことと、強迫という精神所見が、その障害を緩和していると診ることもできる。
これらの認知症の人は、病院や老人ホームに入所すると、容易に外出できないため、院内の廊下を徘徊するようになる。これも器質性放浪の変化形である。
最初に挙げた過去ログでは、てんかんの人が自分の知らないような遠方まで車で運転し、全く事故も起こさず、どのように運転したかも記憶に残っていない話が出てくる。これは挿間性の「放浪」と呼べる所見である。遁走も似たようなものだ。
遁走≒放浪=器質性所見
ある男性の非定型精神病の患者さんを診ていた時期があった。これは20年以上前のことである。彼は病状が悪化すると、必ず京都に行ってしまう。なぜか京都なのである。(そういう歌謡曲もあったような)
なぜですかね。不思議ですよねぇ・・
と本人が言っているのである。この場合、非定型精神病の「器質性」側面が現われていると考えられる。
実は放浪はスペクトラムになっており、真の「放浪」ともう少し計画的な「放浪」もあり、なだらかに連続しているようにも見える。
過去ログで阿佐田哲也氏のエントリを2つ書いているが、彼は非常に引越しが多かったらしい。彼はナルコレプシーに罹患していたと言われており、これによる器質性所見と見ることも可能である。つまり、あの引越しは計画性のある「放浪」なのである。(参考1、参考2)
過去ログにクリプトコッカス脳炎の患者さんの話が出てくる。彼は既に発病していたが、車を運転し何十キロも往復することが可能であった。ただ、何度も軽い自損事故を起こし車を傷つけてはいたが。家族に、本人が何の目的で車で出かけたかと聞くと、突然、親戚の○○の家まで行くと言い始め出かけていたという。自宅に親戚がいるかどうかを確認せず出かけていたので、40km運転して行ったのに不在で帰ってきたこともあった。
当時、彼の放浪は家族には止められなくなっており、脳外科に受診し、アルツハイマー型認知症と診断されているが大変な誤診である。過去ログでは、僕が初めて診察した時「取り繕い、場合わせ反応」が診られたことを記載している。脳外科の医師が、もう少ししっかり診察していれば、多くの不自然な点に気付いたはずだ。最近の臨床医は画像診断に頼りすぎ、問診のスキルが落ちていると思う。
彼の車による放浪も脳障害を反映する精神所見である。
現在、もう10年くらい診ている非定型精神病の患者さんは、悪化すると必ず放浪が生じる。それも家の近所、せいぜい10km以内にいる。また、夜になっても帰宅しないのである。その間、橋の下で浮浪者と一緒に生活していたりするのであった。
過去ログに双極2型と海外滞在の記事がある。双極2型は全てのエントリを読んでもらうとわかるが、疾患的に不純物がかなり混入しており、内因性と言える双極性障害ではなく、むしろ器質性由来のものも多いのではないかという私見を書いている。あの海外滞在こそ形を変えた「放浪」であり、計画性のある「放浪」と診ることもできる。
彼女らの海外滞在は行くまでは計画するが、真の目的がはっきりしないことも多い。ある程度は計画的なのに、細かい所で行き当たりばったりの面があるのである。放浪の後に病状悪化(特にうつ状態)が訪れやすいことは、極めて暗示的である(参考1、参考2)。
これはいろいろな考え方ができるが、海外滞在を計画し貯金し始めるのは、ある意味、健康な範囲ともとれる軽微な2型躁転だと思う。いざ海外滞在するようになると、非日常の世界にいることもあり、器質性エネルギーを補給し、帰国までの1~2年はなんとか持つことが多い。しかし途中でエネルギー切れで、うつ状態になる人もいるはずである。海外発症の人はこのパターンの可能性がある。
海外滞在から帰国後、テンションが大幅に緩み、うつ状態ないし、器質性色彩を帯びた病態を呈する人もいる。例えば、パニックやアパシーを伴ううつ状態である。(このブログではパニックは器質性疾患に含めている)。
また、広汎性発達障害の人を院外のレクレーションに連れて行った際、注意していないと、とんでもない所に行ってしまうことがある。これは特定の物への興味に引かれてそういう風にしていると診ると、精神所見との整合性があるが、一方、ある種の器質性由来の放浪と診ることもできる。
広汎性発達障害の人は自閉があるわりに「放浪」が生じやすい。
浮浪者には実は広汎性発達障害の人が意外にいるのではないか?という意見があるが、こういう文脈から、十分に考えられることである。なぜなら器質性疾患には「放浪」が生じうるからである。
しかし、広汎性発達障害の人の「浮浪」は他の要因も考慮される。例えば家族との関係が非常に悪く(器質性の被害関係念慮)、家族に頼るのは耐えられないとか、福祉の手を借りることを思いつかない(想像性の欠如。社会資源をうまく利用できない)こともあると思われる。
だから、浮浪者に広汎性発達障害の人が多かったとしたら、いくつかの理由が複合していると言える。
しかもそれは疾患性を反映している。
参考
古典的ヒステリーは器質性疾患なのか?
ADHD的所見はいろいろな疾患で見られる
アルツハイマーのおばあちゃんはごまかすのか?
器質性うつ状態と広汎性発達障害
躁うつ病は減っているのか?
双極2型と海外滞在
彼女は最初うつで初診している①
過去ログでも触れているが、「ヒステリー遁走」はこの文脈から、器質性背景を持つ精神所見が出現したものと考えることができる。
過去ログ「古典的ヒステリーは器質性疾患なのか?」から
古典的ヒステリーとは転換や解離などを言う。一般にはヒステリーは神経症疾患とされているが、僕はそうは思っていない。
古典的ヒステリー=器質性疾患
典型的なヒステリーは、臨床的には器質性局面の方がむしろ多く遭遇する。例えば、脳炎や頭部外傷、重い身体疾患などである。
この過去ログでは重い貧血から放浪(ヒステリー遁走)が生じ、全く別な世界で生活している患者さんが出てくる。
アルツハイマー型の認知症では、どこかに出かけていって、家に帰って来られなくなる。これは帰って来られない点は認知症によるところが大きいが、家から出て行くという「放浪」の開始部分は平凡な特異性のない器質性所見と考えることも可能だ。
つまり、アルツハイマー型認知症の迷子の「行き」と「帰り」は若干由来が異なる。アルツハイマー認知症も器質性疾患なので、同じといえば同じだが、「行き」は特異性がそこまでないが、「自宅に帰って来られない」というのは特異的と言う意味である。(アルツハイマーの疾患性)
前方側方型認知症の周徊はアルツハイマー型認知症のように迷子にならず、一定の道順で自宅に帰還できるが、最初の「お出かけする」ことが器質性の「放浪」である。戻って来られるのは空間認知がそこまで障害されていないことと、強迫という精神所見が、その障害を緩和していると診ることもできる。
これらの認知症の人は、病院や老人ホームに入所すると、容易に外出できないため、院内の廊下を徘徊するようになる。これも器質性放浪の変化形である。
最初に挙げた過去ログでは、てんかんの人が自分の知らないような遠方まで車で運転し、全く事故も起こさず、どのように運転したかも記憶に残っていない話が出てくる。これは挿間性の「放浪」と呼べる所見である。遁走も似たようなものだ。
遁走≒放浪=器質性所見
ある男性の非定型精神病の患者さんを診ていた時期があった。これは20年以上前のことである。彼は病状が悪化すると、必ず京都に行ってしまう。なぜか京都なのである。(そういう歌謡曲もあったような)
なぜですかね。不思議ですよねぇ・・
と本人が言っているのである。この場合、非定型精神病の「器質性」側面が現われていると考えられる。
実は放浪はスペクトラムになっており、真の「放浪」ともう少し計画的な「放浪」もあり、なだらかに連続しているようにも見える。
過去ログで阿佐田哲也氏のエントリを2つ書いているが、彼は非常に引越しが多かったらしい。彼はナルコレプシーに罹患していたと言われており、これによる器質性所見と見ることも可能である。つまり、あの引越しは計画性のある「放浪」なのである。(参考1、参考2)
過去ログにクリプトコッカス脳炎の患者さんの話が出てくる。彼は既に発病していたが、車を運転し何十キロも往復することが可能であった。ただ、何度も軽い自損事故を起こし車を傷つけてはいたが。家族に、本人が何の目的で車で出かけたかと聞くと、突然、親戚の○○の家まで行くと言い始め出かけていたという。自宅に親戚がいるかどうかを確認せず出かけていたので、40km運転して行ったのに不在で帰ってきたこともあった。
当時、彼の放浪は家族には止められなくなっており、脳外科に受診し、アルツハイマー型認知症と診断されているが大変な誤診である。過去ログでは、僕が初めて診察した時「取り繕い、場合わせ反応」が診られたことを記載している。脳外科の医師が、もう少ししっかり診察していれば、多くの不自然な点に気付いたはずだ。最近の臨床医は画像診断に頼りすぎ、問診のスキルが落ちていると思う。
彼の車による放浪も脳障害を反映する精神所見である。
現在、もう10年くらい診ている非定型精神病の患者さんは、悪化すると必ず放浪が生じる。それも家の近所、せいぜい10km以内にいる。また、夜になっても帰宅しないのである。その間、橋の下で浮浪者と一緒に生活していたりするのであった。
過去ログに双極2型と海外滞在の記事がある。双極2型は全てのエントリを読んでもらうとわかるが、疾患的に不純物がかなり混入しており、内因性と言える双極性障害ではなく、むしろ器質性由来のものも多いのではないかという私見を書いている。あの海外滞在こそ形を変えた「放浪」であり、計画性のある「放浪」と診ることもできる。
彼女らの海外滞在は行くまでは計画するが、真の目的がはっきりしないことも多い。ある程度は計画的なのに、細かい所で行き当たりばったりの面があるのである。放浪の後に病状悪化(特にうつ状態)が訪れやすいことは、極めて暗示的である(参考1、参考2)。
これはいろいろな考え方ができるが、海外滞在を計画し貯金し始めるのは、ある意味、健康な範囲ともとれる軽微な2型躁転だと思う。いざ海外滞在するようになると、非日常の世界にいることもあり、器質性エネルギーを補給し、帰国までの1~2年はなんとか持つことが多い。しかし途中でエネルギー切れで、うつ状態になる人もいるはずである。海外発症の人はこのパターンの可能性がある。
海外滞在から帰国後、テンションが大幅に緩み、うつ状態ないし、器質性色彩を帯びた病態を呈する人もいる。例えば、パニックやアパシーを伴ううつ状態である。(このブログではパニックは器質性疾患に含めている)。
また、広汎性発達障害の人を院外のレクレーションに連れて行った際、注意していないと、とんでもない所に行ってしまうことがある。これは特定の物への興味に引かれてそういう風にしていると診ると、精神所見との整合性があるが、一方、ある種の器質性由来の放浪と診ることもできる。
広汎性発達障害の人は自閉があるわりに「放浪」が生じやすい。
浮浪者には実は広汎性発達障害の人が意外にいるのではないか?という意見があるが、こういう文脈から、十分に考えられることである。なぜなら器質性疾患には「放浪」が生じうるからである。
しかし、広汎性発達障害の人の「浮浪」は他の要因も考慮される。例えば家族との関係が非常に悪く(器質性の被害関係念慮)、家族に頼るのは耐えられないとか、福祉の手を借りることを思いつかない(想像性の欠如。社会資源をうまく利用できない)こともあると思われる。
だから、浮浪者に広汎性発達障害の人が多かったとしたら、いくつかの理由が複合していると言える。
しかもそれは疾患性を反映している。
参考
古典的ヒステリーは器質性疾患なのか?
ADHD的所見はいろいろな疾患で見られる
アルツハイマーのおばあちゃんはごまかすのか?
器質性うつ状態と広汎性発達障害
躁うつ病は減っているのか?
双極2型と海外滞在
彼女は最初うつで初診している①