日本国憲法は第9条で次のように規定している。
第九条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
「国際紛争を解決する手段として」
「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」
を
「永久に放棄する」
としている。
高村氏が悔しがる「違憲」判断、自分勝手な解釈で合憲という防衛相
http://blog.ameba.jp/ucs/entry/srventrylist.do?entry_ym=201506
http://blog.ameba.jp/ucs/entry/srventrylist.do?entry_ym=201506
戦争(安保)法案を公明党と調整し、実質的にまとめてきた高村副総裁が、衆議院の憲法審査会で、自公推薦、民主党推薦、維新推薦の憲法学者3名とも安保法制案は「違憲」としたことに面目を潰されたというか、嘘は嘘だとはっきりと言われてしまった。
この違憲判断について、高村氏は「学者は9条の字面に拘泥している」と反論しているという。
この違憲判断について、高村氏は「学者は9条の字面に拘泥している」と反論しているという。
この反論も酷いものである。
憲法は法律の基本中の基本で、その字面を読んだら、いろいろな考え(解釈)が湧きあがってくるようでは困るのである。
字面通りに拘泥してもらわないとダメなものであるはずである。
ここまで来ると、この親父、何を血迷っているのかと言いたい。
安全保障関連法案をめぐり、衆院憲法審査会で憲法学者三人が憲法違反との見解を表明したことに対し、自民党の高村正彦副総裁は五日午前の役員連絡会で「憲法学者はどうしても(戦力不保持を定めた)憲法九条二項の字面に拘泥する」と反発した。
高村氏は法案に関する与党協議の座長を務めた。
谷垣禎一幹事長も記者会見で「憲法学者には自衛隊の存在は違憲と言う人が多い。われわれとは基本的な立論が異なる」と反論した。
また、中谷防衛相が、上記の「違憲」判断に関連して、また珍解釈を国会で披露したという。
政府が解釈した変更は「政府の裁量内」と述べたという。
これも本当に勝手な解釈である。
憲法と言うのは、権力つまり国に対して、国民の権利を守るために決められたものである。
だれが読んでも、解釈が同じであるべきものである。
その解釈変更を軽く「裁量内」と言われたら、例えば軽微な万引きも「裁量内」で許さるというようなものである。
生活の小沢氏が主張しているように、戦争法案を国民に課したいなら、正々堂々と国民投票でやればいいのである。
それが出来ないので、姑息に「解釈の裁量内」などという出鱈目なことを言うのである。
「解釈変更は政府裁量内」 防衛相、立憲主義を軽視
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2015060590140319.html
◆中谷元・防衛相の答弁要旨
(集団的自衛権の行使を認めた)昨年の閣議決定は、これまでの憲法九条をめぐる議論との整合性を考慮したものであり、行政府における憲法解釈として裁量の範囲内と考えており、違憲の指摘は当たらない。
これまでの憲法解釈の基本的な論理を維持したものであり、立憲主義を否定するものではない。
(東京新聞)
(東京新聞)
悔しがる読売新聞、地団駄踏んで学者達が出した「違憲」を批判
http://31634308.at.webry.info/201506/article_6.html
昨日、『負け惜しみの高村氏悔しがる「違憲」判断、勝手な解釈で合憲という防衛相』と書いた。
当然、自公が推薦した憲法学者にまで、「違憲」と言われ、滑稽を通り越して、自公にとっては悲劇の事態だ。
今は、いろいろ強がりを言っているが、ボクシングのボディブローのように、じわじわその効果が出て来る。
3人が3人とも「違憲」と言ったことに意味がある。
100%「違憲」と出た事実は決して消えないということだ。
この状態に政府、自公とも目論見が否定されたが、もう一つ悔しがっている機関がある。
この状態に政府、自公とも目論見が否定されたが、もう一つ悔しがっている機関がある。
それは読売新聞社である。
原発再稼働でも、他紙の主張と正反対な主張を行っているが、憲法においても、学者が違憲と言っているのに「違憲ではない」と主張する。
憲法学者に「首をかしげたくなる」と不平たらたらである。
政府がこんな失態を起こしたのは「人選ミス」と断じ、もっと緊張感を持って法案を通せと主張している。
読売新聞社説:集団的自衛権 限定容認は憲法違反ではない
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20150605-OYT1T50136.html
昨年7月の政府見解で決着したはずの憲法問題が今、蒸し返されたことに違和感を覚える。
参考人の長谷部恭男早大教授は「従来の政府見解の基本的論理で説明がつかないし、法的安定性を大きく揺るがす」と述べた。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20150605-OYT1T50136.html
昨年7月の政府見解で決着したはずの憲法問題が今、蒸し返されたことに違和感を覚える。
参考人の長谷部恭男早大教授は「従来の政府見解の基本的論理で説明がつかないし、法的安定性を大きく揺るがす」と述べた。
首をかしげたくなる見解である。
看過できないのは、政府提出法案の内容を否定するような参考人を自民党が推薦し、混乱を招いたことだ。
看過できないのは、政府提出法案の内容を否定するような参考人を自民党が推薦し、混乱を招いたことだ。
参考人の見識や持論を事前に点検しておくのは当然で、明らかな人選ミスである。
法案審議は重要な局面を迎えている。
政府・与党は、もっと緊張感を持って国会に臨むべきだ。
読売新聞以外の他の新聞社はどうかと言うと、憲法学者の違憲見解を支持し、政府は矛盾していて、もうゴリ押しはしない方がいいと述べている。
その姿が、正常なマスコミの姿と思うのだが、読売新聞の主張は異様である。
昔の読売は、ここまで酷く無かった。
しかし、今や正常なマスコミとは言えない。
その原因が老害のせいとすれば、それを読む読者は不幸の極みであり、他の国民も大迷惑である。
朝日新聞社説:「違憲」法制―崩れゆく論議の土台 http://www.asahi.com/paper/editorial.html
およそ法たり得ないものが国会で論議されているという根本的な指摘に、政府と与党は耳を傾けるべきだ。
衆院憲法審査会で憲法学者3人がそろって「憲法違反」との見解を示した。ほかの多くの憲法学者や日本弁護士連合会も相次いで声明を出している。
内閣の提出した法案が、国会の場で次々と「違憲」の烙印(らくいん)を押されるのは異常事態と言うほかない。もはや論議の土台が崩れつつあるのではないか。
ところが、中谷防衛相ら政府側は「行政府による憲法解釈の裁量の範囲内」と言い切る。
根源的な問いかけを無視し、なにごともなかったかのように国会審議を続けるとしたら、法治国家の体をなさない。
集団的自衛権の行使は、憲法上「許されない」としてきた解釈を「許容される」へと逆転させる。
こんな解釈改憲を認めれば、憲法の規範性は損なわれ、憲法に対する国民の信頼は失われかねない。
安全保障関連法案がもつ根本的矛盾が改めて突きつけられたと言えよう。
小林節・慶応大名誉教授も「後方支援は日本の特殊概念で、戦場に後ろから参戦するだけだ」と語った。
関連法案の根幹をなす集団的自衛権と後方支援の2分野で、重大な違憲の疑義が示された。与野党は、憲法との関係について、集中審議を開くなど徹底的に議論すべきだ。
やはり憲法違反との疑いは免れない。
集団的自衛権の行使を可能にする安全保障法制である。
安倍内閣は憲法学者の指摘を重く受け止め、「違憲法案」を強引に成立させることがあってはならない。
長谷部氏ら三氏以外にも、全国の憲法学者二百人近くが法案に反対する声明を出している。
政府は法案撤回に応じるか、せめて今国会成立は断念すべきだ。
憲法学者の警告を無視し、国会での議論も尽くさず、「夏までに」という米国との約束を盾に、違憲法案の成立を急ぐべきではない。
信毎新聞社説:安保をただす 政府の法案 憲法違反の指摘は重い 06月06日(土)
http://www.shinmai.co.jp/news/20150606/KT150605ETI090007000.php
http://www.shinmai.co.jp/news/20150606/KT150605ETI090007000.php
そもそも今の憲法の下で許される法案なのか―。
政府が今国会で成立を目指す安全保障関連法案には根本的な疑問がある。
条文以前に問うべき点が専門家の指摘であらためて鮮明になった。
衆院の憲法審査会に参考人として招かれた憲法学者がそろって法案を「憲法違反」と明言している。
政府、与党は重く受け止めるべきだ。



