【シンプル】すぎて「受け取れない」の心理⑤ | キエコノ気づき

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2014年11月〜
自分に戻る過程での「気付き」を記したブログ

【シンプル】すぎて「受け取れない」の心理①
【シンプル】すぎて「受け取れない」の心理②
【シンプル】すぎて「受け取れない」の心理③
【シンプル】すぎて「受け取れない」の心理④

前回の続き

「サラとソロモン」という本を読んだ、つづき。
これで最後。


 


ただ

嫌な気分を手放して
いい気分になればいい


だけ。





お金もかからない。
しかも
今すぐできること。


 


そんな
シンプルなコト。





なのに
これがまあ
なかなかできない。




世の中にあふれる
「引き寄せの法則」の本。

体現してる
Happyさんのブログや動画。

長い間
読んで、観てるけれども
現実が変わって来ない。

それは
このシンプルなことが
シンプルにできていないからだ。






ーーーーー





何故
嫌な気分を手放すことが
できないのか?







嫌な気持ちになったコト
あの人への恨みつらみ。

子供の頃のあれこれ。
わかってもらえなかった
かわいそうな子供の自分とか

目の前で起きたコトに対する
心配、不安、ネガティブな反応。




諸々、諸々。

なぜ、手放すことができないのか?








それは。

持っていたいから。






「手放すことができない」

んじゃなくて

「持っていたい」




この違いがわかるだろうか?







そう。
嫌だ嫌だというけれど
やりたくてやってる

自分の意思で
やってる。




 

手放せなくて
嫌で……ホント辛い自分


ではなく

これの持っておきたいの
この悪趣味がイイ自分


なのだ。







自分の意思でやってる

と気が付いたら

自分の意思でやめるだけ。









ーーーーーー

 







何故
こんな悪趣味なモノを
持っておきたいのか。






それは。

誰もが持ってる
特別意識のせいらしい。



自分は人とは違って特別な存在だ
という意識があるから。

「みんなと同じ」じゃ
「普通」じゃいやなのだ。

「みんなと一緒にするな!」




そして

 

「自分は人とは違って特別な存在だ」
というコトを
なんとか証明しようとする。





ここで
ポジティブに証明する人は
個性を発揮して成功したりするだろう。


しかし、ネガティブな方向に行く場合

みんなみたいにできない私(は、みんなと違って特別)
みんなみたいにポジティブにできない私(は、みんなと違って特別)
子供の頃いじめられてた私は、みんなと違って特別)


そんな証明をしてしまう。

 

 

そして
それを手放すのは怖いのだ。

みんなに溶けて
自分がなくなってしまう
(エゴの死の)恐怖が
そもそも人間にはあるらしい。




絶望的なまでに
「普通」な自分
になりたくない。





ーーーーーーー




しかし
サラとソロモンを読むと

「万事良好」

流れこむのを止めさえしなければ
いつも変わることなく幸せの流れは
自分に向かって流れている。
その流れが(自分に)流れるままに任せているか
押しのけるかどちらかなのだ。



つまり
普通にしてれば幸せにしかならない。





でも。

抵抗する
それを押しのけようとする
受け取ろうとしない

これが
うまくいかないの原因だ。



要するに。

ただただ
なにも意図せずにリラックスして
(これはいわゆるソース(源)=ワンネスに繋がっている状態)

普通に

両手を広がて流れを受け取っていれば
ただただ自然に
幸せになるだけなのに



私はみんなと違う!
……と抵抗するものだから
(しかもネガティブな方向に)

困難な道になる。




ここでできるのは

「自分は特別だ」
「みんなと一緒にするな!」

抵抗するのをやめること。







「自分が特別だ」と証明したい
とき

自分の中にあるのは
「自分が特別でない」という前提だ。



それは必要ない。


みんな一つで。
みんな一緒で。
みんな特別。


そうは思えなくてもね。



そして、特別でも
特別でなくても
どっちでもいい。


圧倒的に
絶望的に
普通でいいと
いい意味で諦める。




そこに幸せの流れがある。



特別でも特別でなくとも
分け隔てなく
それは流れているし
誰にでも受け取れる。


神様?宇宙?は
そんなにケチではないらしい ウインク




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目の前の現実を
どうにかしたくなって
しまうコト。



これが一番厄介だ。




目の前の現実は

自分の意識の「結果」だ。

だから、今更
どうにかしようとしても
無駄なこと。

変えられるのは
今、ここの
自分の意識だけ。




しかし。
目の前の現実はあまりにリアルだ。

無反応でなんかいられない。
揺らされるし
ネガティブな反応をしてしまう。


もう、それは仕方ない。


でも。


そのしょっぱなの反応の
その次。

そこからどうするかだ。
そこに気づくこと。







目の前の現実から
その体験の感情から
自分の望みを知り
ナビとして使うだけ。


それををどうこうしようと
しない。
そう決めるだけ。





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この3つのことに気づいたら。


あとは

自分の意思で

 

嫌な気分を手放して
いい気分になること。





今まで、駄々こねて
やらなかっただけだ。

もう
やるかやらないかだけだ。




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同じことを
エイブラハムの「引き寄せの法則」の
本や動画でも書いてあるし、言ってる。

でも、わかってなかった!!!




……で、今



「サラとソロモン」を読んでから
もう一度動画を見返すと

質問者(自分)がみな
どこでつまずいているのか
アリアリとわかるから面白い。




みな、同じところでつまづいている。
私も!!

現実を
「どうにかこうにか」したく
なって
感情的に巻き込まれていく。


現実の条件・状況には
無反応でいるべきだよ〜と
エイブラハムが言っているのが

その断片ではよくわからなかったけど
「サラとソロモン」を読んだ今
ようやくわかるカンジ。



シンプルだけど
ホントわかってなかった。


現実どうこうするより
数倍簡単すぎて

ただ、見ないようにするだけ
フォーカスする方向を変えるだけの
そのこと。




そんなコトで
人生うまくいってたまるか!

……と
抵抗してた。



だって。
だって。
だって。


そんな、ここちいい気分でいることだけで
人生うまくいっちゃったら

今まで散々
現実、どうこうしようとして
苦労してきた自分が

お金だってすごくたくさんかけて
いろんなこと学んだ

自分が
馬鹿みたいじゃないか〜〜!!


シンプルすぎて
受け取れななかった〜!






ーーーーーー






今なら受け取れる。



さらにその上で
体験を楽しんでいる。
楽しんでいる。



現実逃避、歓迎!



つか、もともとしてたし(ネガティブ方向に)
するなら、ポジティブ方向に。





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「サラとソロモン」を読んでから
3週間。




2度目を読み終えた時

「サラとソロモン」は
私の人生を変えた一冊になるな
……と、思ったけれども

3週間後、すでにそうなっている。


私が今まで

何をしていたのか
どこに陥っていたのか
いかに、ネガティブ方向に
悪趣味を楽しんでいたのか
苦笑するとともに





一番大きかったのは

「自分を信じる」
という感覚がわかったこと。




私の本当の望みが

「自分を信じること」

だとわかったこと。





それさえ
あまりに
シンプルで

シンプルすぎて
受け取れなかったよ。



私は
私を信じたかった。



そのために
今まで一番問題だと思っていた
体験があったのだと
気が付いた。

それは
紛れもなくギフトだったのだ

と。










このタイミングで
サラとソロモンを読めて
本当によかった。


ありがとう。