先日、当ブログ内のカテゴリー等の再編成を行うという記事を上げ、取り組んでいるのですが…
これが想像していたより遥かに大変で。
5日間程度を予定していたものの
1ヶ月ほどかかりそう。
しばらくは記事UPは
2日に1本になりそうです。
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大神神社の例祭の一つに「大神祭」があります。こちらも大変古くより行われている大変重要なもの。現在も行われており、私自身もたびたび参列しております。◎「大神祭」
文献上に於いては、「延喜式」(延長五年・927年)十五 内蔵寮(くらりょう)の諸祭幣帛が列記される中に、「大神祭」が見えます。
また「同式」十三 中宮職には四月・十二月上卯日に奉る幣帛、「同式」四十三 春宮坊に於いても四月・十二月上卯日に奉る幣帛並びに使の記載があります。さらに「同式」四十五 左右近衛府では、諸祭に走馬を供する者を定めている中に、「大神祭」のことが書かれ、「同式」四十八 左右馬寮にも記載有り。
◎「大神祭」の起源
「延喜式」の各頁に記載以前、「三代実録」の貞観十八年(876年)四月八日乙卯条に、「大神祭 停(二)内裏濯仏(一)以行神事也」と見えます。これは「大神祭」が宮中の「濯仏会」というものに重なるので、仏事を停止させたというもの。既にこの時に「大神祭」は行われていたということに。
なお、「乙卯」の日に行われるというのは、紀の崇神天皇八年十二月乙卯に大田田根子をして三輪の神を祀らしめたとあるのに拠ったものであろうとしています。
大神神社の公式サイトでは、「大神祭」の起源をこの崇神天皇八年に求めています。この故事が後々に盛大な「大神祭」へと発展したという解釈であろうかと思います。
では具体的に盛大な祭となったのはいつなのか。これは壬申の乱に勝利し即位した天武天皇二年(673年)頃ではないかと考えます。ただし紀に直接的な記述は見えません。
壬申の乱の際、村屋神が神主に神憑り、大海人皇子軍の将軍の大伴吹負(オオトモノフケヒ)に「我が社の中を敵が来る。社の中ツ道を塞げ」と、神託があったと紀に見えます。
「村屋神」というのははっきりとはしないものの、大和国城下郡に鎮座する村屋坐彌冨都比賣神社の境内社である村屋神社がこの記述に該当。
村屋坐彌冨都比賣神社の社前を古代の官道である「中ツ道」が走ります。村屋神社の御祭神は経津主神と武甕槌神他。
本社の村屋坐彌冨都比賣神社の「彌冨都比賣神」とは、大物主神の妻である三穂津姫のこと。大神神社の別宮とも称されます。
これとは別に崇神天皇七年紀には伊香色雄(イカガシコオ)に命じて、村屋坐彌冨都比賣神に「韴霊(ふつのみたま)」を奉じたとあります。
史実、或いは史実に肉付けされて記紀編纂がなされていく過程で、大神神社への祭祀形作られたのではないでしょうか。
◎「大神祭」と「卯」
「西宮記」という書があります。源高明が古来からのあらゆる儀礼、慣例等、いわゆる「有職故実」を研究ししたためた書。
延喜以降のものが記されていることからかなり重宝されます。この分野の自身の遅れを常々杞憂しており、いずれこの書にお世話になる日が来るのであろうと思っているのですが…。
安和二年(969年)頃の成立とされるも、明確な年代は不明。
その「西宮記」の四月の条には「上卯 大神祭 有(二)三卯(一)用(レ)中 近衛府使立」とあり、十二月の条には「大神祭 内蔵寮使立 近衛府使不(レ)立」と記載。
内蔵寮から使が立ち、「上卯」を用い、「三卯」ある場合は「中卯」を当てるのが先例だったのでしょう。
「北山抄」(藤原公任、1012~1023年頃)や「本朝世紀」(藤原通憲、1150~1159年頃)にも同様の記述が見られます。
現在は毎年四月九日に催行。ちょうど私の誕生日前日ということもあり、「誕生祭」と兼ねてたびたび参列しています。
「延喜式神名帳」には、「大神大物主神社 名神大 月次 相嘗 新嘗」と記載されます。
「名神・大社」であり、「月次祭・相嘗祭・新嘗祭」に各々預かっていたことが窺えます。
「延喜式」四時祭の十一月相嘗祭七十七座の中に大神社一座が見え、幣物が記載されています。
「令集解(りょうのしゅうげ)」(貞観十年・868年以前に成立)には、「仲冬 上卯 相嘗祭 釈云 大神社 大神氏上祭」とあり、この頃には大神氏が祭祀の中心となっていました。
(*「仲」とは「仲冬」のことで、陰暦の十一月)
また「同式」臨時祭の祈雨八十五座の中にも大神社一座が見えます。
貞観十年(868年)六月廿八日の「太政官符」には、弘仁十二年(821年)正月四日に大和国に下した官符を引用して以下を記載。
即ち農業の為めに年稔を祈り、旱の為には雨を祈り、その他灾害(災害)を排除するに当たって、頻りに徴応を示した大和の神々の中にこの大神が入っていることは、これらの為めに尊信せられ篤い祭祀を受けていたことが示されているとしています。
今回はここまで。
「信仰と祭祀」を今回で終え、
次回は「社殿」へと移ります。
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