天日槍といい…
天目一箇神といい…
兵庫県内に多くの足跡を残しています。
それを悉く本書が紹介してくれているのですが、如何せん参拝できていないお社が多くてリンクを貼ることがほとんどできていません。
思えば参拝したのはわずか50社ほど。
うち記事にできているのは30社ほど。
但馬は別として…
播磨には大嫌いな大阪の都心部を通らんと行かれへんのですよ…
もしくは
大嫌いな高速道路を使って大阪都心部をスルーするか…。
観念してどっちかの選択をせぃ!
…ということですね。
■ 伊和大神ゆかりの地名、スカ・イワナシは金属と結びつく
天日槍は一旦さておき、「播磨国風土記」には「イワナシ」というものがたびたび登場することに着目をしています。
◎揖保郡「林田里」の条
━━林田里 本の名は談奈志(いはなし)なり。土は中の下なり。談奈志と称ふ(いふ)所以は、伊和大神、国占めましし時、御志(みしるし)を此処に植て(たて)たまふに、遂に楡(いはなし)に樹生ひき。故、名を談奈志と称ふ━━
「日本古典文学大系」は「イワナシ」という地名について、備前国磐梨郡石成郷(いわなしごう)を本貫とする石成氏(和気氏と同族)の居住地であるがゆえの名称としているとのこと。
◎讃容郡(さよのこほり)の条
━━鹿を放ちし山を鹿庭山(かにはやま)と号く(なづく)。山の四面(よも)に十二の谷あり。皆、鉄(まがね)を生す(いだす)。難波の豊前の朝庭(みかど)に始めて、進り(たてまつり)き。見顕しし人は別部(ワケベ)の犬、その孫等奉発り(たてまつり)初めき━━
「鹿庭山」とは今の「大撫山」のこと。ここに神場神社が鎮座し、古いたたら炉跡や鉄滓(かなくそ)が今も残るとのこと(第20回の記事に既出)。
谷川健一氏が着目するのは「別部の犬」。別部は和気氏であり、和気清麻呂を輩出したことでも知られる氏族。清麻呂の本姓は磐梨別公(イワナシワケノキミ)。垂仁天皇の子の鐸石別命(ヌテイシワケノミコト)を祖とします。「鐸」はもちろん銅鐸にまつわる神名でしょう。かつての磐梨県で、現在の岡山県和気郡和気町から銅鐸が出土。またかつての石生郷(いわなしごう)は和気町に北接。つまり揖保郡「石生郷林田里」と当地を含めて「イワナシ」の地であったことに。
「イワナシ」について吉野裕氏は、「岩アナシ」がつづまったものであろうとしています。
◎揖保郡伊勢野の条
━━伊勢野と名づくる所以は、此の野に人の家ある毎に、静安きことを得ず。ここに衣縫の猪手(いて)・漢人(あやひと)の刀良(とら)等が祖(おや)、此処に居らむとして、社を山本に立てて敬ひ祭りき。山の岑(みね)に在す(います)神は、伊和大神の御子、伊勢都比古命・伊勢都比売命なり。此より以後、家々静安くして、遂に里を成すことを得たり。即ち伊勢と号く(なづく)━━
「伊勢野」には先住の神が居て後来の人を妨害した。そこで百済からの帰化氏族の先祖は、その山の麓に神社を建てて奉斎した。それが「下伊勢」の梛神社(なぎじんじゃ)で祭神は伊勢明神。山の峯には伊和大神の子の伊勢都比古命・伊勢都比売命を祀ったので「伊勢」と名付けられたというもの。
記紀には登場せず、各国風土記等に登場する神。「伊勢」を冠する神名であることから、古代の重要な鍵を握る神と推されるも、実態はよく分かっていないのが現状。古来より多くの研究者により多説出されているも、いずれも定説とは成り得ていません。そもそも「伊勢都比古命」と「伊勢津彦命」を別神とみる説もあったりします。
多くの説と、ちょっとした自身の思量を加えたものを伊勢津彦神(神名記事)として上げています。
詳細はそちらに譲るとして…
谷川健一氏は独特な見解を示しています。「伊勢国風土記」に伊勢津彦命が、大風を起こし波を打ち上げ東方に去って行く…とあるのが、多度大社の一目連が暴風に乗って行動するという伝承と一致しているとみています。
上記の「下伊勢」の梛神社は、古くは伊勢神明と呼んだとされ、「播磨国風土記新考」(井上通泰著)は伊勢都比古命と天火明命を同一神とみなしているとのこと。「神祇志料」も伊勢神明は天照国照天火明命を祀るとしているとのこと。さらに火明命は五百木連(いおきのむらじ)の祖神であることから(「新撰姓氏録」等による)、貞観四年(862年)に揖保郡の人、伊福貞(イフキベノタダス)を本姓五百木連に復すとある「三代実録」の記事を引用し、火明命の末裔であることを強調していると。播磨の伊福部氏族の名が現れているとしています。
伊勢都比古命と天火明命を同一神とするのはいかがなものかとも思うのですが…。やはり宝賀寿男氏がいうように、伊勢都比古命の正体は饒速日命なのでしょうか。
◎餝磨郡(しかまのこほり)安師里(あなしのさと)の条
◎餝磨郡(しかまのこほり)安師里(あなしのさと)の条
━━安師里(あなしのさと) 土は中の中なり。 右、安師と称ふは、倭の穴无(あなし)の神の神戸(かんべ)に託き(つき)て仕え奉る。故、穴師と号く(なづく)━━
現在の姫路市飾磨区(しかまく)阿成植木(あなせうえき)。早川神社が鎮座し、祭神は兵主神(別名 大己貴命)。
「倭の穴无の神」とはもちろん、大和国城上郡の穴師坐兵主神社に鎮まる兵主神のこと。
その穴師坐兵主神社の神戸が当地にあって、「安師」(穴師)という地名になったという説話が記載されています。
*誤字・脱字・誤記等無きよう努めますが、もし発見されました際はご指摘頂けますとさいわいです。




